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猫姫  作者: 四季道理
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サド王子 5



 少女は、ルディたちにオーギ・コトと名乗った。

 だます様子はない。

 本当の名前なのだろう。


「誰か何か言ったか?」


 ふと何かが聞こえたのか、王子が眉根を寄せた。

 しかし、ルディも少女も何も言っていない。

 

 王子の様子を見ると、何を聞いているのか耳を澄ましているようである。

 王子は少女の顔を見て、「これは面白いな」と唇の端をあげた。

 

 しつこいようだが、ルディの耳には何の音も届いていない。


 “何”を聞いているのです?


 やがて王子は薄く笑った。


「お前は人ではないな」


 ルディの脳裏には???が並んでいる。

 少女の方も同様らしく「はぁ」と小首を傾げている。


「王族に影響を与えるなど・・・高位の魔物でもまれだというのに」


 くつくつとのどを鳴らす王子。

 

 あの・・・王子。その笑い方は、悪人のようですよ。

 青い瞳の奥に、ちょっと悪巧みとか入り交じっちゃってますよ。

 

「何を言われているのか理解できないといった顔だな。まあいい」


 王子は寝台の横にあった引き出しから、何かを取り出した。

 ジャラリ・・・という音。

 もしかして・・・首輪につなぐアレですか。

 それは、どう猛な獣を扱うときに使う。

 そりゃ、王子が趣味でそういうことをするのは知ってますけど。


 見た目幼気いたいけな自称人間の少女にそれはあんまりでは・・・。


「ルディ。コレはこの部屋で飼うぞ」


 ずいと差し出された手に握られていたのは、想像どおり鉄鎖。


「王子。それはいろいろまずいのでは」


「何とかしろ」


 何とかしろ、って。


 いろいろまずいんですよ。

 いろいろって知ってますか?一つじゃなくて複数なんですよ。


 次期国王候補の部屋に少女がいることもまずいし。

 その少女が魔物かどうかわからないってこともまずい。

 さらには・・・この格好で。


 ちらりと横目で少女を見るが。


 寝台の上に座る見かけは清楚な少女。

 だが、今、王子の着せたらしい服は体に似合わず、ぶかぶかで・・・シャツの裾から白い足が覗いており。足だけならまだしも・・・まだふくらみのない胸元に吸い寄せられるように目がいってしまう。

 極めつけは、少女の体格に似つかわしいまでのごつい黒い首輪。


 王子の「飼う」という言葉に反応したのか、少女は王子から目を反らしルディを見た。


 ああ、闇のような瞳・・・吸い込まれそう。

 ルディは自分をまっとうな人間だと自負していたが、少女を見てしまうと胸の奥がもやもやとする。


 ぐあっ。

 鼻血が。


 思わず両手で鼻を押さえる。


 落ち着け自分。

 コレは魔物だ。

 魔物。


 そんなルディの様子に、王子は冷ややかな目線を送る。

「俺様を鬼畜とか呼ばわる割に、お前だとて同類ではないか」


 ちっがーーーーう!!


 断じて、王子と同類にはなりたくない。

 

 これは気の迷いだ。


 赤くなったり、青くなったりとひとしきり王子という名の煩悩と戦った後、敗戦者のようにルディは肩を落とした。


「せ、せめて部屋を与えましょう」


「昨日のような檻を部屋に運び込んでも構わない」


 王子は譲る気はないようだった。

 わかってます。わかってるんですけどね・・・王子の性格は。


 さらに、悪い噂を広める材料を与えてどうするんですか。


「グリュエル侯爵がまた何事か謀を企まれるかもしれませんよ」


 王子の叔父にあたる男である。

 王子が失脚すれば、次の国王候補は侯爵の息子である。


「コレを放置する方が危険だと思うがな」


 王子は一度は渡した鎖をルディの手からとりあげて、少女に近づいた。

 その上に覆い被さりながら言いつのる。


「おとなしくしていれば悪いようにはしない」


 どこからどう聞いていても、娘をたぶらかしている悪い男の台詞である。


 少女は逃げるか、もしくは抗うか・・・と思いや、王子を見上げているだけだ。

 この少女は、バカなのか?


 だが、先ほど王子を言い当てたときに煌めいていたのは、紛れもなく知性の輝きであった。


 その少女の首輪に、王子は無情にもカチャと鎖をつないだ。

 もう一方の端を寝台の近くの金具につなぐ。

 

『しばしその姿を消せ』


 呪文とともに、その金具の上を王子の手のひらがかすめると金具にあったはずの継ぎ目が消えた。


「王族の呪文を解くことができるのは、それを上回る力を持つ者だけだ」


 王子が少女に説明するように言葉を足した。

 つまり、鎖を外そうとしても外せないと言うこと。


 少女はうろたえた様子もなく鎖を見て、王子を見た。


「なぜ、ワタシをここに留める?この世界で、魔物は人に害なすものであろう」


 少女の問いには答えず「ルディ。侍女を一人、コレに付けろ」とルディに命じてくる。


「はあ・・・この部屋に入れるのですかね」


「俺様が不在の間だけでいい。コレも世話をしなければならないだろう」


 受け入れることをためらうことの多い要求である。


 王子がいるときは少女の世話は王子がなされるってことですかね。

 それに、そもそも王子の世話って怪しいことこの上ないし。


 さらには王子の悪癖を知りつつも側室でもいいと、王子に近づく機会を狙う侍女は多いので。

 これを機会に侍女長に裏金を渡そうとする貴族も増えると容易に想像できますし。

 

 そんなルディの気苦労など意に介した様子もなく。


「服も適当なのを見繕ってやれ」


「はあ」


 そして王子は少女に向き直った。「よく聞け」


 腕を伸ばして鎖をつかみあげる。

 少女が引きずられて首輪ごと体を持ち上げられる。のどが詰まったのだろう「けほ」と咳を漏らした。



「この俺様がお前を買った。そして、ここで飼うと決めた。この顔をよく覚えておくがいい。これがお前の飼い主の顔だ」



 そう高らかに宣言した。

 その姿は物語に出てくるような英雄とはほど遠いもので。


 


 ・・・だから。王子。それは本当の悪党ですって・・・。



 

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