サド王子 4
とりあえず、こっそり二人で城に帰った。
王子はズタ袋に入れた魔物と一緒に自分の部屋へと戻っていく。
中からそれを引き出しながら、「あー、部屋に魔封じの首輪があったかなー」とかつぶやいている。
まあ魔封じの首輪をしておけば、魔物がこの王子に害をなすことはないだろう。
明日から誰が魔物の世話をするかはさておき・・・とりあえず今日は王子に任せよう。
(魔物を平気で王子のそばに置いて去っていく。このあたりから、王子に対する信心が欠けているのだがルディは気づかない)
「じゃ、王子。おやすみなさい」
王子からの回答はなかった。
いそいそと魔物と一緒に部屋へ引きこもっていく姿が、ルディの目にしたその日、王子の最後の姿となった。
…。
…そして、明けて次の日。
「ルディっ!」
どこか切羽詰まったような王子の声に、思わず目を覚ました。
ルディ!?
王子か!
ルディは着るものもとりあえず、上着だけ羽織ると急いで王子の部屋へと向かった。
「王子っ」ノックもそこそこに勢いよく扉を開く。「どうされたの」・・・ですか?
思わず言葉を飲み込んでしまう。
なぜなら王子の寝台の上。
寝るときは裸の王子と・・・一人の美少女。
少女はきょとんとした顔で、王子とルディの顔を交互に見ている。
丹念に洗われた柔らかい麻のシャツにつややかな漆黒の髪が映える。
そのシャツは王子のものである。
少女らしい柔らかなふくらみが服の上からも確認できる。
ルディは年甲斐もなくそこから目をそらし、あげた視線の先で、吸い込まれそうなほど深く闇色の瞳に魅入ってしまう。
少女のかすかに染まった頬。
その桜色の唇に思わず、顔が赤らんだ。
これは誰だ?
さすがに夜伽の女性くらい、ルディでも把握する。
それは王子の安全の確保のためでもあり、同時に女性の安全の確保のためでもあった。
あの後、いつのまに連れ込んだのか・・・。
いや・・・しかし・・・どこかで見たような顔。
「魔物が化けた」
あの王子がどこか呆然とした顔で、それでも苦笑いしながら少女を見下ろす。
どう見てもいつもの相手とは一回りも年の違う少女に遠慮したのだろうか、シーツを腰に巻き床に降り立った。
「まさか」
魔物が人に化けるなど、聞いたことはあるが見たことはない。
思わず否定してしまう。
「ほら、首輪をしているだろう」
言われてみれば、真っ黒な首輪が少女の首元を飾っている。
中央に刻まれた漆黒に輝くブガシィルは、魔封じの石とも呼ばれるもので、大きくなるほどその力が強くなる。
石の大きさに比例して高額となるその石は、今、少女の第3の瞳のように爛々と輝いていた。
「昨日の魔物だ」
「しかし・・・」
迷う。
これは少女である。
それもただの少女ではない。
どこか儚い・・・守りたくなってしまうような・・・。
「言葉が通じないらしい。ということで、だ。とりあえず、神官の誰かをごまかして、通訳用のピアスを掻っ払ってこい」
通訳用のピアスは、右に言葉を解する魔法が。左に言葉を翻訳する魔法がかけられている。
それを装着すれば、たいていの言語は解することが出来るのだが。
だまして・・・掻っ払う。
王子なのですから、命じれば良いのです・・・。
王族なのに・・・なぜ・・・神官をごまかして・・・モノを盗んでこなければならないのか・・・その理不尽さに涙が出てきた。
間違っている。
しかし、素直にお願いしても聞いてもらえないことはルディにも分かっていた。
「わたくしの部屋に、以前、隣国のイエディムとの国交を開いたときの通訳ピアスがございます。それを持ってきます。少しおまちください」
「わかった」
少し堅い言葉で王子が回答して、もう一度魔物を見つめる。
少女の姿をした魔物は、窓の外を眺めていたが、何を思ったか首輪に触れている。
外すところのない首輪を首を傾げながら、さわり続けており、少なくとも今すぐに害するというものでもなさそうだ。
ルディは急いで自室に戻って、引き出しの奥に片付けていたピアスを取り出す。
紅石が埋まっているそれ。
実はルディはイエディム語は話せるので、装着はしていなかった。
王子の部屋に戻って王子に渡した。
「それを押さえておけ」
「は?」
王子があごでしゃくる。
つまりそれは。
「俺様がそれに直々にピアスをつけてやる。だが暴れられては困る」
「はあ」
つまり手足を押さえておけってことですか。
無駄に刃向かわれそうなシチュエーションをなぜわたくしめに命じるのか理解に苦しみます。
いくら少女の姿をしていても、「魔物ですよ」。
いつ手足から爪を出してひっかかれぬとも限らない。
「大丈夫だ」
絶対に根拠のない自信である。
だが、逆らっても無駄だと分かっていたルディは「ごめんなさい」とつぶやいて少女に近づいた。
驚きに目を見開く少女の手を素早く寝台に押さえつける。
「王子。足は無理だから適当に避けてください」
「なんだ。その無能な従いっぷり」
ぶちぶち言いながら自分も寝台の上に乗って少女の上に馬乗りになる。
ああ・・・怪しい光景(涙)。
いかんせん少女が、見た目可憐な美少女なので・・・まるで襲っているかのような光景である。
半裸の男にのしかかられ・・・寝間着のわたくしに両手首を押さえられ。
驚いたらしい少女がバタバタと足を動かすが、男二人にかかっては屁でもない。
いやいやと左右に首を振る。
「おとなしくしろ」
王子が少女のあごを捕まえ、ささやく。
かすかに少女が震えている。
だが意外なことに泣いてはいなかった。
囁かれて、まっすぐに王子を見返した。
多くの女性が陥るように、王子の顔に魅入ってるようでもない。
どこか無機質な視線。
王子があごを動かして、手にしていたピアスの留め具を外し、無理矢理に耳元に近づける。
「これで俺様の言葉がわかるようになる」
ピアスのするどいとがった部分を耳たぶに当てて、一気にそこを貫く。「あっ」と、少女がかすかに声をあげた。
鋭い切っ先は、容易に柔らかい皮膚を切り裂くが、痛みがあったのかもしれない。
王子が耳たぶから手を離すと、かすかにその指先が紅くなっていた。
それを見て、王子が少女の耳元に唇を近づけた。「かわいいな」
王子。それは・・・年端もいかぬ少女を襲うただの変態のようです・・・(泣)
「やぁっ」
少女が顔を背けた表紙に、その耳朶がかすかに朱に染まっているのが見えた。
その色が恥ずかしさではなく、血であると気づいたのは、その耳朶を王子の唇が覆った時だった。
「王子っ!だめです!」
だが、その静止の声はすでに遅く。
王子の口元が耳朶を軽く口に含んだ。
「んっ」少女が声を堪えている。
敏感な耳元を他人に舐められるということは今まで少女は体験したことはなかったのだろう。
その感触に耐える少女の表情はあどけないのに、どこか艶めいており・・・。
ああ・・・他人の見たくもない閨を覗いてしまったような気分だ。
ルディは天を仰いだ。
血を舐め取って、王子は少女から顔をあげた。唇がかすかに赤くなっている。
「消毒だ」
のうのうと言ってのける図太い神経。
きっと縄並です。
「・・・魔物の血を摂取するのは危険です」
王子はルディの言葉を聞き流し、もう一方の耳にも同じようにピアスをつけた。
今度はあまり血は出なかったらしい。
軽く指先についた血を舌で舐った。
「これくらい平気だ」
王族は、時には人には毒と呼ばれるほどの魔物の血に驚くほど耐性がある。
それゆえの油断。
「しかし」
「・・・あなた方は・・・誰ですか」
その二人の会話を遮った声。
その声は、鈴の音のほどに可憐で。
その声は、声の質ほどには震えていなかった。
紛れもなく、二人が魔物と呼んでいた少女であった。
「ここは・・・どこですか?」
ルディは一瞬息を呑む。
魔物であるが・・・先ほどまでのやりとりで自分たちに牙をむいたわけではない。
かすかに息を止め。
「ここはブルーディアでございます」
「ブルーディア」
まるで見知らぬ国の名をするように、少女は繰り返した。
「こちらはサドゥール・ド・ブルーディア様です」
その名にも少女は驚く様子を見せない。
「わたくしはこの方の部下のルディアーノと申します。以後お見知りおきを」
「ブルーディア・・・という国」
きらりと知性の輝きが少女の瞳に宿る。
そして、傍らの王子を見た。
「こういう展開の場合、貴方は王子ということですか」
その言葉に、ルディの驚きは隠せず、珍しくかすかに王子の目も驚きが宿った。
ルディは少女が発した言葉を肯定も否定もしなかった。
「昨日の夜、売られていたというのは覚えていらっしゃいますか」
「覚えている」
かすかに嘆息。
「貴女は何者ですか」
「ニホンジンだ」
?
「人間なのか」
王子がぞんざいな口調で言った。
「たぶん・・・」
少女は自信なさげに応える。
人であれば、あの耳や手はどう説明するつもりなのか。
「一人なのか」
魔物でも、少女の幼い外観からすれば、まだ親や親類がいてもおかしくはない。
群れからはぐれたところを、昨日の闇市の売り物として攫われたのか・・・。
「違う」
「親か?」
少女はかすかに首を横に振った。もう一度「違う」。そして、ため息。
「誰と一緒だった?」
・・・。
ふと何かを思い出したのか、男二人に押さえつけられたこの状況下で、少女はじっと王子の瞳を見返した。
誘うような色はそこにはなく。
おびえる気配もなく。
見知った顔が王子の影にいないか探しているような表情であった。
そして、こうした状況下であるのに、ルディは王子の顔に左右されない少女に感心した。
それは王子も同じであったかもしれない。
「知っているのは、ネネだけ・・・・・・」
やがて、かすかに漏らされた名前。
その愛おしむような響きに、他人に気をやることのない王子の瞳が、珍しく昏く煌めいたことのに気づいたのはルディだけであっただろう。