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猫姫  作者: 四季道理
15/47

サド王子 3



 ふんふふふんふふん。



 鼻歌交じりにいっそスキップでもしそうな勢いで郊外に向かう青年は―サドゥール・ド・ブルーディア。


 御年18歳になる、紛れもなく国王と王妃がきちんと交わって出来た正当なる王位第一継承者である。


 その国王も王妃も、泣いてる娘には手をさしのべ、鳴いてる小鳥には耳を澄ませる、慈悲深く、上品な精神の宿る至極まっとうな人間である。


 あの二人からどうしてこんな欠陥品もとい人外魔境が生まれたのか未だに運命のいたずらとは恐ろしいものである。


 その王子の世話を頼まれているのは可哀想なルディである。

 ルディ以外の人間は3日持たなかった。


 ある者は、どこを間違ったのか王子を襲いかけ、城をたたき出された。

 ある者は、半泣きになりながら城を逃げ出した。

 ある者は、起こしに行ったら城から姿も形も無くなっていた…と。


 まあ、そういう話題に事欠かず、唯一、ルディが抜擢されたのであった。ちなみに年は25歳である。


「王子っ、顔くらい隠してください」


 その変に悪目立ちする髪は、いかにも攫ってくださいと言わんばかりである。


 何で夜なのにキラキラと見えるかが不思議である。


「ケチ」


 部屋から忘れず持ってきていたフードを渡し羽織らせる。


「どこがケチですか。どこぞの令嬢に手を出して、恨みを買ってる人が言う台詞ですか」


「逆恨みだろ」


 しれっと言い切るこの図太い神経。


 どうみても、まっとうな恨みだと思います。


 力強く恨みに同意して、ルディは無言でフードを王子の頭の上にのせた。






 闇市は予想に反して賑わっていた。

 昼間の市に比べ、ムッとするほどの人ごみではないがそれでも歩けばすれ違いざまに人にぶつかりそうになるくらいには混んでいる。


「すごいな」


 きらきらと輝いた瞳であたりを見回す王子。


「ほら、アレなんか父上に良さそうだぞ」

 

 イキガエルの干物。

 真っ黒になった哀れな姿で軒先につるされ、ひらひらと風にあおられている。


「やめてください。イキガエルはもっとも毒が強いんですよ。神経性で矢毒にも使われるくらいなんですから」


「じゃ、アレはどうかな。母上に」


 棍棒ですか。


「最近、元気のなくなってきた父上の代わりに」


 そうなのですか?

 肩でもたたくのか・・・いや。

 よくよく眺めれば棒の周りに丸いものが埋まっている。

 まるで、まるで・・・。


 思わず卑猥なものを想像しかけて、想像をストップさせた。


「何だ。ルディ、顔が真っ赤だぞ」


「何でもありません」


「おい、おやじ。これをくれ」

「へい」

 王子は適当に懐から金を出し、店子に金を渡しては、怪しげなものを買っていく。「喜んでくださるかなー」


「ああついでに・・・親父。ヨランゼのムチはどこに売ってるか知ってるか」


「この一つ向こうの通りにあるぜ」


「ありがたい。じゃな」


 またムチですか。


 ・・・。


「なんだよ。ルディ。変な目で見て。ヨランゼのムチはすごいらしいぞ。痛みはあっても傷は残らない。最高のムチだ」


 どこから仕入れるんですか・・・怪しげな情報は。


 ルディの冷たい視線に気づかず、すぐに目当てのヨランゼのムチを入手し、ほくほく顔の王子がふと顔を上げた。


「あそこ、人が多いな」


 指さした先には確かに他の場所に比べると人が集まっていた。

 中央を眺めているようだが。


「覗いていこうぜ」

「王子っ」


 静止するが聞いてはいない。

 さっさと人混みをかき分けて、円の中心に向かってく。


「何だ?」


 王子の目に映ったのは・・・鉄の檻。

 魔封じの呪文が刻まれている。

 そして天井から伸びるチェーン。

 つるされるのは、一人・・・いや・・・「魔物?」

 

 両手首を縛られ、かろうじて立てる長さに吊されているそれ。

 つややかな漆黒の髪が真っ白な背中を覆う。

 遠目には少女のように見えたが、よくよく目をこらせば違和感が伴う。

 誰に着させられたのか知らないが、紺色の不可思議な服を着ていた。


 あまりにもその手は白すぎた。

 あまりにもその耳は大きすぎた。

 服の下から覗くのは一本のしなる縄・・・いや尻尾?


 残念なことに顔が見えない。


「顔を見せろー」


 怒声が背後から飛び交った。

 緑色の帽子をかぶった小さい男が手もみしながら、それに近づく。


「はいはい。この子は新作ですよー」


 あごをもちあげて、皆に見せるように顔を上げさせる。


 それはかすかに抵抗したように見えたが、すぐに抗うのをやめてされるがままにさせた。

 しかし肝心の顔はよく分からなかった。

 目を閉じているせいだ。


「目を開けろっ、この魔物め」

 あごのあたりに、バチと軽く火花が散った。

「うっ」

 ごく弱い雷魔法である。

 

 その瞬間、ソレの目が開いた。

 髪と同じくらい深く大きい漆黒の瞳。


 そして王子のものと交差した。


 ほんのわずかな時であった。 


「さあ、100ディアからいかがでしょう」

 100ディアでこの国の兵士1年分くらいの給料である。


「110」

「150」


「300!」


「人買いの競りですね」

 ようやく隣に立てたルディがその様子を眺めながらささやいた。

「人ではないものも取り扱うとは本当だったのですね。可哀想に。あの魔物。まだ幼い娘のようでは」


「500!」


 どこかで聞いた声であった。

 ルディが、あれ?と思うのも不思議ではない。王子が手を挙げていた。


「王子。何を参加されてるんですか!?」


「700」


「アレがほしくなった」


「何をおっしゃってるんですか。魔物ですよ」


「魔物だってかまわない。もう決めた。俺のものにする」


「またわがままを」


「700、700でいいですか」


 手を挙げているのはでっぷりと太った男である。

 可愛いものを侍らせるのが大好きだという商人のガフェだと気づいた。

 侍らせるといってもただ侍らせるのではない。

 あんなことやこんなこと(想像してください)を美女にさせると聞いているが。

 

「1100」

 真っ黒なローブの男。

 手がしわしわである。

 見るからにうさんくさい。

 魔術師かなにかであろう。


「1500」とはガフェ。


「2000」


 再び声を上げたのは王子であった。

  

「王子っ」

 

 商人を見ると悔しげな表情をしている。

 この場では、現金だけがものを言う。

 商人は手持ちが少なかったのだろう。


「はいっ、いいですね。2000。決まりです」


 指を指されて、王子は素早く檻に近づく。

 無造作に懐から、小袋を出して小男に渡した。

「数えろ」

 小男は袋から金貨を取り出して数える。

 100ディア金貨20枚。

「確かに」

 小男はソレの金具を外して、王子に手渡した。

 先ほどの雷撃で弱っているらしく、あまり抵抗しないソレ。

 王子はひょいと肩に担ぎ上げて歩き出す。

 

 競りは次もあるようで、小男がテントの中に消えた。


「本当にその魔物を連れ帰るのですか」


「当たり前だろう。向こう1年の俺様のへそくりを使い果たしたんだぞ」


 へそくりを王子が貯めるなと言いたいのを押さえ。


「大騒ぎになりますよ」


 王子は肩に担ぎ上げたソレをもう一度眺めて「そうだな・・・」とつぶやいた。


 近くで眺めてもほれぼれするほどの一体化した耳、手、そして尻尾である。

 なるほどさわり心地の良さそうである。


 王子は無駄に優しい手つきで・・・それがなぜかいやらしく覚えるのだが、それらを撫でて最後にソレの背中を抱え直した。


「じゃあ、袋にでも入れて運ぶか」




 王子・・・それではただの人攫いです。


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