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猫姫  作者: 四季道理
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捕まって縛られました 4



「水を」と言ってから、数日が過ぎた。

 村の中にある建屋の一つに閉じ込められたままのワタシとネネ。


 食べ物は与えられるが、固いパンと水だけだった。

  

「古都。腫れが引いてきたね」


 ネネがワタシのほおにそっと手を当てている。

 冷たくて心地よい。


「ネネの手、気持ちいいね」


「本当?」


 ネネはうれしそうだ。

 うーんっ。可愛い。

 思わずネネをぎゅーっとしてしまう。

 ネネは折れそうなくらい細くて小さいが、男の子らしくしっかりした骨格をしていた。

 少し固いがその分存分に抱けるので満足。


 一緒に閉じ込められたのは申し訳ないが、こういう存在が心のオアシスなのだろう。


「あーかわいいっ」


 思わず本音が漏れる。


「古都もかわいい」


 ネネも小さい体で抱き返してくれる。


 だめだ。こういう反応されると手放せなくなってしまう。

 いずれはきちんとした親を見つけて離れなくてはいけない存在。

 だから、甘やかすのも甘やかされるのもいけないと思うのだが、外の様子はわからないし、暇だし、可愛いし、ついくっつきたくなってしまう。

 

「魔物め。いたいけな子供をたぶらかすな。その子供がどうしてもお前といたいというから仕方なく一緒に入れてやっているのだ。間違っても生気をすうなどしたら、すぐに殺してやる」

 

 扉の外から低いうなるような声が。

 ダルボアだ。

 ワタシが逃げないように見張っている。


 だが、その声は初日に比べると少し穏やかになっているように感じた。


「ダルボアさん。子供たち回復してきたかな」


「最初に比べると、ずいぶんましになった」


「そうか」


 良かった。

 たぶん、あれで良かったのだ。

 歴史を勉強しておいて良かった。


「なぜわかった」


 ふと声音が変わる。


「医者なのか」


「違う。知っていただけ。運が良かった」


 薬が無ければ治らない病はたくさんある。

 アレは薬では治らない病だったというだけ。

 それだけ。

 

 それでも救えない命は救えないのだが・・・。


「そうか・・・だが・・・」


 扉に挟まれた向こう側でダルボアさんがごにょごにょと言っていたがなんと言ったかまでは聞こえなかった。

 




 そう。それでも救えない命は救えない。



  

 扉の外がバタバタとしはじめたのは次の日の夕方。

「オーリーがっ!」

 人が駆けていく音が聞こえる。

 ざっと土を踏みしめる音が聞こえてきて、扉の前で止まった。


「ダルボア・・・退くのだ」

「しかしっ」


 自分の息子か娘が助かったからなのか、あのダルボアさんが問答をしている。

 変わるものだ。


「あの魔物も言っていたであろう。所詮、我らは試すしかないのだ。これがあの魔物の呪いではないと思いたいが、誰も証明できないのだ」

「ただの病だ」

「ただの病がなぜ水で治る。理解できぬ」


 そっちの突っ込みか。


 ああいえばこういう。こういうの何というのだったか・・・ああ、屁理屈だ。

 ワタシは頭を抱えた。理解できない事象をすべて魔物のせいにするのは止めてくれと言いたい。魔物だって迷惑だ。

 

「はぁ」

 思わず漏れたため息にネネの表情が曇る。

「古都?」

「ネネ。いい子だから、誰が来てもおとなしくして。ワタシは、何をされても別に痛くもかゆくもないのだから」

 完璧に嘘である。

 刺されても、焼かれても・・・もちろん痛いに決まっている。

 刺される、ってあれか・・・時代劇によく見るような刀で・・・ゾッ。

 思わず背筋を冷たいものが伝う。ああ、いやいや。想像してはいけない。


 押し問答が繰り返されていたが、やがてダルボアさんがあきらめたのか扉がゆっくりと開いていく。

 長くろうそくの炎だけで過ごしていた部屋の中が、夕暮れに照らされてオレンジ色に染まる。

「村長さん」

「魔物よ。おぬしの言っていたとおりとなった」

 二人の男を連れた村長が厳粛な声でワタシにそう告げた。

「子供の命は明後日まで持つまい。一刻も早くこの災いが去らねば、我らはおぬしを殺す。我らは本気だ。災いの目はつぶさねばならぬ」


 ワタシは答えなかった。

 それは一方的な言い分だった。

 頷くことなどできない。

 だが、逃げることもできない。


 明日の朝が、リミットかな。


 村長の言葉から漂う自分の終わりの時刻に、ワタシは了承するかのごとく目を閉じた。





 村長さんたちが立ち去っていった。

 今日のところは脅しに来ただけのようだ。


「逃げれるかな」


 ワタシは格子を見るが、ワタシの体がアレを通る気がしない。


「無理に決まってるだろう」


 自分の考えの浅はかさに自嘲気味に突っ込んだ。

 あそこから出たところで、外には人がいるのは必至。

 最後の砦を逃がすつもりもないだろう。


「できるのは、明日の朝を待つだけ・・・か」


「古都?」 


 服の裾をつかんでこちらを見つめるネネに、ワタシは笑い返す。


「ネネを育ててくれる人を見つけないとね」


「いやだ」


 ふるふると首を横に振る。「離れたくない」


「ネネ」


 この状況で育ててくれる人などいるだろうか。

 だがネネはこんなにも可愛いのだ。きっと誰かはうんと言ってくれるだろう。


「古都のせいではないのに。なぜヤツらはなんでもかんでも古都に押しつけるの」


 それは。


「理解できないから」


 ワタシの言葉に、ネネがはっとしたように体を強ばらせた。

 ワタシは軽く思いを振り落とすかのように首を横に振った。

 思っても考えても詮無いこと。


「この話はもういい。ネネのことを頼む人を考えよう」


「古都」


 ワタシはネネを抱き寄せて、髪の毛にほおずりした。


 この柔らかな感触とも明日でおさらばか・・・残念だな。


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