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「クリスマスパニック!」

 …………。

 まともに授業が受けられん。これも全て山口のせいのだ、きっとそうだ。

 あと、おそらくだが椎崎。あいつもだ。あの手紙、おそらく奴が書いたに違いない。

 …………25日か。

 俺は途端に冷静になる。

 25日、それが意味するのはもちろんかの有名なクリスマスその日だ。

 そう、非常に大切な1年に1度のビッグイベントなのだ。

 それなのに出会ってからまだ1年も経っていない俺をわざわざクリスマスに誘うか?

 最悪、釣りという可能性もある。

 これでノコノコと誘われたからきたよ、的な感じで会いに行ったら、ホントに来やがった、だのマジで来るとかキモい、等言われる可能性もあるかもしれない。

 いや、誘ってきたのは山口と椎崎(椎崎は確定要素がまだない)だ。あいつらに限ってそんなトンデモムーブをかますとは思えない。

 だったらまさか、本気か? 本気で言ってんのかあいつらは。

 ………う〜む、嬉しいはずなのに、いざこうやって誘われるとなるとすごい複雑な心情だ。

 しかもほぼ同時に2人から誘われた。

 始めて誘われたのが、同時に2人からだ。こういうのは1人からだろ、普通は。

 いやいやいや、贅沢を言うんじゃない男山田。誘われただけでもありがたいと思え。

 それにこんなチャンスきっと…………。


 なんて脳内会話をして、気づけば授業は終わっていた。



 一体、一体どうすれば……。

 なんだかんだ言って楽しみにしていた25日、クリスマスの日。

 その日はあっという間に訪れた。

 現在時刻、午前10時。

 クリスマスのくせして雪なんかが降る気配は一切なく、代わりに太陽が空一面を照らしていた。

 まったくロマンの欠片もないな。

 気付いたら訪れていた冬休み初日。

 う〜ん、どうなるのやら。

 今日の俺の予定は至ってシンプル。

 そう、至ってシンプルだ。大事なことなのでもう1度言わせて欲しい。

 至ってシンプ………ルではない。

 そう、シンプルではないのだ。

 あの手紙だのをもらった次の日、またその次の日と一方的に手紙で用件を伝えられ、よくよく考えればこの状況はダブルブッキングなのでは、と気づいたのだ。

 だが、問題はここからだ。

 それに気付いた時にどっちかの誘いを断ればよかったものを、俺は断らなかった。

 なぜかって?

 断ろうにも断れなかったのだ。

 せっかくの大切なクリスマスの日にわざわざ俺を呼んでくれた2人に、やっぱ無理だ、なんて言える程の勇気が俺にはなかったのである。

 じゃあどうすれば……。

 そこで、俺は考えた。

 手紙で何日にもわたってちまちま伝えられた内容を簡潔にまとめると、それは午後5時に商店街にあるでかい木の下に来て欲しいとのことだ。

 そして、山口からは家に来てとしか言われていない。

 これが意味することはつまり、ダブルブッキングは理論的には可能だということだ。

 …………。自分で言っていて非常に情けないと思う。

 だが、人生でもうないかもしれない大チャンス、逃すわけにはいかん!



 午前1時。

 嫌なほど快晴だった空が、なんだか暗くなり始めている。これが地獄へのカウントダウンじゃなきゃいいんだが。

 などと考えながら、俺は山口の家に向かう。

 山口からは、俺が聞きたくないと思うほど自分の家がどこにあるのかの説明を受けている。

 そのせいで山口の家がどこにあるのかははっきりと分かる。

 まぁ、実際に来るのは初めてだが。

 左手に見えるアパートの角を左に曲がり、その先にある3軒先が山口の家。

 1……2……3。

 これか。山口の家。

 それは、ごく普通の一軒家だった。

 小さな中庭に、2階建てと思われる家の外観。そして色。

 その全てが本当にありふれた家の一つということを物語っていた。

 きっと、外観は普通でも中はすごい個性的な家だぞ。きっと。

 インターホンを押す。

 それと同時に、地味に耳に響くあのピンポーン、という音が外からでも微かに聞こえてくる。

 それからしばらくして、ガチャと扉が開く。

「いらっしゃい、入って」

「おう、邪魔するぞ」

 山口が扉を開け、俺はさも当然かのように玄関に入る。

 やばい、緊張してきた。冷静になるんだ、俺。いくら女子と話したことがないからといっても、今の、今のあの感じは絶対ダメだ! 心の中の俺もそれはいけないと叫んでいる。

 そうだ、しっかりいつも通りでいくぞ。俺。

 山口の家の中は、別にそこまでやばいわけではなく、むしろ清潔感のある綺麗な家だった。

 花瓶にさしてあるこの花は………すいれんだな。

 壁には絵が飾ってあるぞ。油絵のひまわりだ。

 このクローゼット、靴がすごい入ってる。全部高そうだな。

 見応えだらけの廊下を抜け、リビングに案内される。

「そこに座ってて」

「おう」

 ……こたつだ。あったけぇ。

 見渡せば、台所、棚、でかいTV、高そうなカーテン、絵、木彫りのクマ……木彫りのクマ!?

 なんでこんなオシャレそうな家に木彫りのクマ野郎がいるんだよ。

 思わず2度見しちまった。

 くそっ、あの魚をかじってるクマの表情がなんとなくむかつく。

 ……といっても表情らしきものはないけど。

「今日は来てくれて嬉しい。ありがとう、お兄ちゃん」

 と、それと同時にでかいケーキがこたつのテーブル部分の上に置かれる。

 でっっか。

 普通のケーキ2つ分くらいあるぞ、これ。

 ケーキのデザインは一般に売っているいちごケーキで、唯一違うのはケーキの上部にサンタの砂糖菓子が乗っていることくらいだ。

「はい、フォーク」

「ん? ああ、ありがとう」

 山口からフォークが手渡される。

 …………。

 数秒、沈黙が流れ。

 山口がフォークでケーキをすくう。

 そして

「はい、あーん」

 えっ。山口がすくったケーキをフォークにのっけて、俺に差し出す。

 まじか。これって、あの超有名なあれじゃないですか。うそだろ。まじかよ。

 山口がまだかまだかと俺の瞳を見つめる。

 まじかよ。本気で言ってんのか。

 ………まじで、まじで言ってんのか!?

 あーいや、ダメだ。動揺するな、俺。ここは冷静に対応をするのだ。

 大丈夫、俺はこう見えても授業中にちょうどこのシチュエーションのシミュレーションをしている。

 もしも俺にモテ期が来た時用に考えていた、あのシミュレーションがある。

 大丈夫、動揺するな。そう、心拍数を下げるんだ。下げろ、下げろ………。

 女子と2人きりでこの展開、謎の背徳感だね。

 そうだな、最高だぜ。

 自覚すると、一気に心臓が早鐘を打ち始める。

 なんで、んなことを考えちまったんだよ! やべぇ、やべぇよこれ。やべぇよ。

「お兄ちゃん」

 山口が俺に話しかける。

「あっ、はゴッ!」

 口を開いた瞬間、山口が俺の口にフォークを入れる。

 痛え! でも幸せの痛みだ、これは。

 口いっぱいに広がるケーキの味を堪能する。

 すごい甘い。いちごが酸っぱい。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん? どした?」

 ケーキを堪能しているあの短い期間で、なんとか平常心を取り戻し、俺は会話に応じる。

「今日、クリスマスだね」

「おう、そうだな。まぁ、雪は降ってないが」

 会話をしながらケーキを1口。うん、やはり糖分というのは大切だな。

「雪よりも、こうやって話してる方が私は好き」

「俺も、こうやって平和に話してる方が好きだな」

 また一口。うん、おいしい。

「……ねぇ、お兄ちゃん。私のこと、好き?」

 ………この質問に対する最適解を俺は知っている。

 大丈夫、焦るな。

「男ってのは、多くは語らない」

 もう一口。うん、完璧な返しだ。

「そう。………そういえば……」



 その後、巨大なケーキをつつきながら山口とたくさん雑談をした。

 意外と楽しかった。

「もうそろそろ帰るよ」

 時刻は午後4時。もうそろそろ家を出ないといけない時間だ。

「今日はありがとな。楽しかったよ」

 俺は立ち上がり、礼を言う。

 そして、もちろん忘れてはいけないのは、今日はクリスマスだという事実だ。

 ということは、だ。プレゼントなどを渡すのは必須条件というもの。その為俺はあるものを買っておいたのだ。

 上着の左ポケットに入っている四角い箱。よし、ちゃんとあるな。

 俺はそれを取り出し、山口に渡す。

 山口はそれを見つめる。

「それ、俺からのクリスマスプレゼント。綺麗な音楽を奏でてくれるぞ」

 山口は今気づいたのか、箱の側面にあるゼンマイを回す。

 そして、2回転したところで手を離す。

 すると、別にかろやかではないが、優しい音楽が鳴り始める。

 そう、俺がプレゼントしたのは、オルゴール。

 悩みに悩んだ末、オルゴールを渡そうと決めたのだ。

「んじゃ、今日はありがとな」

 改めて礼を言い、玄関に向かう………ところで俺は聞きたかったことを思い出す。

「そういやあのケーキ、手作りか?」

「………そう。なんで分かったの?」

「う〜ん。なんとなく、だな」

 山口が嬉しそうな顔をする。

 俺は靴を履き

「すごい美味かったよ。んじゃ、またな」

「あっ、う、うん。また」

 俺は山口の家を出る。

 次は木の下に行きゃいいんだよな。

 ……よし、これは合法。罪悪感なんてない。ない、ないぞ! そんなもの、そんなものはない! 俺に罪悪感などない!

 ……………すいません、やっぱあります。



 もう空は真っ暗だな。

 時刻、午後4時50分。

 今いる場所が商店街の入口。

 とりあえず、セーフだな。

 ………そんなことないかもしれん!

 俺は商店街を走る。

 そうだった、思い出した。こういう場合、女子はとんでもなく早い時間から待ってる可能性があるんだった! しまったな、これは。やっちまった。

 クリスマスということでいつもよりも人が多い商店街を通り。クリスマスということで飾り付けなど、手の込んだことをしている店の数々を抜け。

 あった。あのでかい木。

 今回はクリスマス仕様でただの木ではなく、クリスマスツリーに変身していた。

 その木の下に椎崎らしき姿は………あった。

 良かった、あった。

 ………じゃねぇ! じゃねぇだろ! 早く行けよ! 俺!

 走る速度を上げ、椎崎の元に直行する。

「よう、椎崎。待たせたな」

 あたたかそうなもこもこコートに身を包んだ椎崎が、こちらに振り向く。

 俺と目が合う。その時一瞬、椎崎の目が嬉しさで輝いたような気がした。

「よ、よう! やっと来たか! よく私が手紙を出したと分かったな!」

 あんな手紙に個性ありすぎる奴はお前くらいしか知らんからな。

「正直、1枚目の時点で分かってた」

「なにっ、う〜む。今度からはもう少し工夫してみるとするか」

 何をどう工夫するつもりなんだ、こいつは一体。

「そいや、ツリー、綺麗だな」

 俺は会話が途切れて気まずい雰囲気になってしまう前に次の話題を出す。

「ん? ああ、そうだな。我が魔力によく反応している」

 あれはただの電飾であり、お前の魔力に反応しているのではなく、電気に反応しているんだぞ。

 てか公共の場でも相変わらずだな、こいつは。

「ま、下手すりゃほんとに魔法が使える日がくるかもな」

「ん? 何か言ったか?」

「いやなにも」

 危ね、つい本音が声になって出てしまっていた。以後気をつけないと。

「……………」

 結局、お互いに黙ってなんか気まずい雰囲気になる。

 とりあえず、木でも見て眺めてます風にしてよう。

 にしても綺麗だな、この木。靴下といつ見ても謎な球体、サンタの人形。

 って、あのサンタの人形、あれじゃあ首吊りじゃねーか。なに聖なる夜に1人のおっちゃんを殺そうとしてんだ。罰が当たるぞ。

「な、なぁ山田」

「はいよ、どうした?」

 やっぱ椎崎相手だと何も動揺しないな。俺。

「今日、クリスマスだろ? だから、これを貴様にやる。大切にするのだぞ」

 そう言って俺に渡してきたのは………これは、手袋だ。しかもすごいあったかそうなやつだ。

 赤と白のもこもこした手袋。ありがたい。寒かったんだ。

「ありがとな、ちょっとつけてみる」

 右手、左手と順番につけ、うおっ、あったけえ。

「すごいあったかいぞ、これ」

「ふふっ、実は私とお揃いなのだ」

 椎崎が両手につけた手袋を見せてくる。

 椎崎の手袋は俺のと違い、青と白色だった。

「お前、これで俺の魔力を吸うとか言うなよな」

「うっ、よ、よく私の考えが分かったな、山田よ」

 嘘だろ。マジで、んなこと考えてやがったのか。

「本当にそんなこと思ってたのか、抜け目ない奴だな、お前」

 一応褒めておく。

「お前それは褒めてるのか?」

「褒めてるよ。すごい褒めてる」

「そうか、それは、嬉しい」

 言って、椎崎が首に巻いていたマフラーを少し上げる。

 ごめんな、椎崎。さっきの嘘だ。ホントは、やっぱお前は変わらないなって思った。

 と、ちょうどいいので、俺もあるものを渡すことにする。

 今度は上着の右ポケット。長方形の箱が……あった。

 俺はそれを取り出し、椎崎に渡す。

「ほらよ、タロットカード。お前なら使いこなせるよ………多分」

 いつも通っているプラモ屋の玩具コーナーにちょこんと置いてあったタロットカード。しかもこれ、玩具コーナーにあったくせして案外本格的なやつだ。

 それを見て、椎崎は嬉しそうにする。

「随分といいやつじゃないか。感謝するぞ、山田。こいつは大切に使わせてもらう」

「ああ、じゃないと、夜急にカードが襲ってくるぞ」

 俺は冗談めかして言う。

「えっ、お、おい、流石に嘘だよな。えっ、な、なにか言ってくれよ。えっ、ちょっ、な、なぁ!」

 椎崎が俺の肩を揺すってくる。なるほど、椎崎はオカルトに弱い。

「まぁ、カードに選ばれたんだ。せいぜい頑張れよ」

「えっ、ほ、本当に言ってるのか」

「うん」

「嘘だよな、流石に」

「いいえ」

「………………助けてくれ! 山田! 私は死にたくないぞ!」

 椎崎ががっつり俺の服を掴んで揺すってくる。

 うおっ、やめろ! 脳がシェイクされる!

 その後、少しの間椎崎と揉めた。



「まぁ、大丈夫だから。安心しろ」

「本当なのか? 嘘じゃないよな?」

 椎崎が上目遣いで俺を見つめてくる。しかも半泣き。

 まずい、なんかまた心拍数が上がってきた。

「嘘じゃないよ。本当だって」

「そ、そうか。なら、いい」

 椎崎がその言葉を聞いて胸をなでおろす。

 マジで怖かったのか? こいつ。おいおい、俺達はもう高1なんだぞ。しかも2学期終わってるし。

 と、考えていると商店街内に放送が入る。

『時刻、午後6時になりました。午後6時になりました』

 その放送を聞いて、椎崎が慌てる。

「しまった! 帰らないと!」

 急な慌てように俺はどうしても理由が気になって質問する。

「6時半から見たい番組があるのだ! 私はどうしてもそれを生で見たい!」

「あ〜、なるほどな」

 俺にもその気持ち、分かるぞ。

 ライブはアーカイブよりもなるべく生配信で見たい。すごい椎崎に共感出来る。こんなん初めてだ。

「じゃ、じゃあ私は帰るぞ。今日はありがとな、山田。気をつけて帰れよー!」

 言いながら椎崎は走って帰っていく。

 なんて嵐のような奴だ。急に呼んだ………訳ではないが急に帰りやがった。

 あいつも大変だな。

 …………帰るか、俺も。

 山口の手作りケーキを堪能し、椎崎からもらった手袋をして、俺は帰路につく。

 いいクリスマスだったな。今年は。

あぶねぇ、クリスマスがもう少しで終わるとこだったぜ。(投稿時刻、25日の22時ジャスト)

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