朝の散歩も、たまにはいい
前書きです。特に何か書くことはござません。
随分とまた、寒くなってきたな。
珍しく朝早くから起き、散歩をしながら俺はふと、そんな事を思った。
気づけば10月。単純計算すれば、今年はあと2ヶ月だ。暑っ苦しかった夏もようやく過ぎ、今度は逆にどんどんと寒くなっていく。
たまったもんじゃねーな。この温度差。
昨日は26度。じゃあ明日もどうせ暑いなぁ。とか思っていたら、なんと今日の天気は15度と。
天気予報なんていちいち見るのダルいし、見なくてもどうせ大丈夫だろ。と思った矢先、これだ。
長ズボンを履いてるのは不幸中の幸いってやつだが、如何せん着ている服は半袖Tシャツだ。風が吹いたら寒いったらありゃしない。
ちくしょう。やられたな。
自分の情報確認不足を呪いながら、俺は1歩1歩歩いていく。
朝の日を浴びながらオレンジ色に輝く空。その光を家や道路が反射して、これまた幻想的に街を染め上げている。
夕方の空とは、また一味違うな。
いつもなら車通りの多いこの道も、朝早くでは車の1台どころか人1人も歩いていない。
知らない街に迷い込んだ気分になるな。てか寒っ。
ビューと風が吹く。木々が微かに揺れ、冷たい空気が肌を撫でる。
やっぱ帰ろうかな。流石に寒いし………。
だが、家に帰るまではまた来た道を戻らなければいけない。意外と長いこの道。もうここまで来てしまったのだ、という考えも頭の隅にはある。そこで、俺は天秤に賭けることにした。片方を帰宅、もう片方を朝の散歩から得られる特別感。結果は勿論、後者であった。
折角だから、という気持ちが、俺の寒いという感情を上回ったのだ。
適当に道を歩く。普段はあまり通らない住宅街の道だ。登校するにも、遊びに行くのにも使わない、まさに初見の道。
こう考えたら、俺って知らない事多いのかもな。
家を出てすぐにある住宅街の道。だが、俺は普段通らないという理由でこの道を知らない。
これがあの、観光地に住んでる人ほど身近な観光場所に行ったことがない、って現象か。まぁ、今回は少しというか、相当スケールが違うんだけどな。
「おはようございます」
都会人の不思議をその身で実感し、感慨に浸っていると、俺は挨拶をされた。
「おう、おはよう………ってやべ、いつもの調子で返しちまった」
「ふふ、なかなか面白い方ですね」
「面白いより、カッコイイといって貰いたいだけどなぁ」
挨拶をしてきたのは1人の少女だった。ちょうど俺の右側にある公園にいて、公道と公園の境目にある柵に手を置き、楽しそうにほほ笑む少女。身長は小さめ。超暖かい、が売り文句のもこもこのジャケットを羽織り、これまた超がつくほど純粋そうな目をしていた。
どこぞの中二病とはまた違う意味でいい目をしてるな、この子。
「てか、こんな朝一番から何してるんだ?」
「よく聞いてくれました!」
パンッ、と手を叩き、にっこりスマイル。そして少女は俺に手招きをする。こっち来いってことか。
俺は柵を飛び越え、少女の後を追いかける。
サクサクと踏むたびに乾いた音のする落ち葉の音色を聞きながら、俺は周りを見渡す。
今日は幻想的なのばっかだな。
そう思える程、園内は綺麗な景色だった。
程よく朱に染まった木々に紛れ、所々茶色に枯れた葉っぱを付けた木が織り成す、見事なコントラスト。そして、その木々の隙間から覗く柔らかな光。
美しい。その一言しか出ないほど、本当に綺麗な景色だ。
「こっちですよ〜、はやく〜」
「ああ、悪いな」
少女の声かけで我に返り、俺は手招きする少女の方へと歩いて行く。
ベンチに座り、スケッチブックを膝元に置く少女。
これはこれで絵になるな。タイトル、秋の紅葉に紛れる少女、なんてな。
「なにあごに手を当てて、うん、いい事考えちゃったわ俺、みたいな顔してるんですか」
「考えているんじゃない。俺は感じたんだ」
「何をですか?」
「秋の素晴らしさだ」
「秋の素晴らしさ。共感です」
共感して優しくほほ笑む少女。一体この少女に何人のガキが恋をしたんだろうか。恐るべき破壊力だぞ、ある意味な。
「それで、なんでここまで呼んだんだ?」
「そうでした! 私が呼んだんでした」
話を逸らしたのは私じゃないのに、とむすっとした表情で少女は付け足す。しっかりと頬を膨らませてもいた。表情豊かだな、こいつ。
少女はスケッチブックを開き、数ぺージほどパラパラとめくる。
「ちらっ」
俺は擬音を口にして、少女のスケッチブックを覗く。うおっ、すげぇ綺麗な鉛筆画だ。プロ顔負けだな。
「覗き見するなら、そんな堂々としないでください」
「ちっ、バレたか」
「バレバレです」
少女はもう1ページ捲る。捲った先にあった絵。それは……
「この絵、この公園か?」
「はい、そうです」
この公園を描いた鉛筆画だった。さっき俺が見た景色とほとんど同じ絵。木が何本も並び、木の下には落ち葉が広がっている。木の際など、色の濃い部分はしっかりと濃く描き、ゆらゆらと地面に落ちゆく落ち葉は薄く描いている。黒色だけの絵ではない。鉛筆で出せる色、その全てを巧みに使った鉛筆画。
本当にこんな化け物みたい絵が上手い奴、現実に存在したんだな。俺は密かに感動した。
「実は、私の絵のモデルになって欲しいんです」
「無理だ、悪いな」
絵のモデルは辛い。どこかのエッセイ本で読んだぞ。この手のモデルは何時間も同じ体勢をキープしないといけないから、キープするのに疲労が溜まるし、なによりモデル側の人間はとんでもなく暇でつまらないって。
俺は回れ右をし、そそくさと帰る。
「あっ! まっ、待ってください!」
「俺はやらないぞ」
「そこをなんとか!」
「じゃあな」
「そんなー!」
がやがや騒ぐ少女はおいておき、俺は帰る。そう、俺は帰るのだ。
…………もう帰るのか。
よくよく思い返せば数分前まで、折角だしもう少し散歩するかぁ、と思い散歩を再開したばかり。それだというのに、早々に気持ちを切り替えて帰るというのは、いささかどうなのだろうか。
………………。
「はぁ」
俺は少女の元に戻る。
「もしかして……」
「そのもしかしてだ」
少女がキラキラッと目を輝かせ、うずくまったと思うと
「やった〜!」
両手を上げ、一目で分かる大胆な喜び方をした。
本当、表情豊かだな。
「あと何分だ?」
「もう少しです」
「さっきもそれ聞いたんだが」
「本当にあともう少しです」
結局、結果として俺は少女の描く絵のモデルをすることにした。モデルといっても、ただこの公園を歩いている風にポーズをとっているだけだ。
どうやらこの少女、俺がさっき見たこの公園の絵に、歩いている人を付け加えたかったそうだ。そのモデルかつ犠牲者が、この俺というわけだ。う〜ん、偶然。
木を歩きながら眺めている風のポーズをし始め、数分。そろそろ疲れてきた。というか、寒い。さっきから風が吹くたび体が震えてたまらないのだ。
あ〜あ、やっぱやるとか言わなきゃ良かった。
「もう少しで終わりそうか?」
「はい。もう少しで終わりそうです」
「さっきもそう言ってなかったか?」
「言いました」
「…………こりゃ、まだ当分終わらんな」
はぁ、とため息をつく。純粋すぎるのか、それとも天然なのか、はたまた、ただのアホな女の子なのか。とりあえず、最後の選択肢が正解とだけは言って欲しくない。
集中して描き続ける少女。適当な言葉をかけてみたが、全くの無反応。完全にゾーン突入だ。この状態になると、もう外からは何も聞こえない。
ゾーンに入るような出来事なかっただろ。てか、ついさっきまで俺と雑談しながら絵描いてただろお前。何故に急にゾーン入った………というか入れたんだ。
「ガキって、何考えてるか分かんねぇな」
「出来ました!」
「………! ああ、なんだ。完成したのか」
「はい!」
俺は歩いている歩行者のポーズを解除し、少女の元に行く。
「どうですか?」
少女が少々緊張した声音で聞いてくる。ちゃっかり上目遣い。
「う〜ん」
俺はスケッチブックを手に取り、吟味する。
美しい紅葉。そこに付け加えられたの1人の少年。道を歩きながら木を眺めるその姿は、とても楽しそうに見えた。
俺はスケッチブックを少女に返し、評価を告げる。
「すげーいい絵だ」
「ふっふっふ。やっぱりそうですか。そう思いますか。私、絵が上手いですからね」
「調子に乗るな」
「うっ、お兄ちゃんに意地悪された……うわ〜ん」
「お、おいやめろ! 嘘泣きするんじゃない!」
周りに人がいたら、あっアカン、ってなってたけど、良かったぜ、今日は朝早いってこともあって周りに人がいない。
近所の人から嫌な目では見られないな。ふぅ、一安心。
「あの子、泣いてるわよ」
「何してるのかしら、あの隣にいる人」
「きっとあの人が泣かせたのよ」
そんな会話をするおばさん二人組が俺達の横を通り過ぎる。くそっ! オレンジ色の服で紅葉に隠れやがって。姑息な……!
少女がにっこりほほ笑む。このガキふざけやがって………!
「俺は帰る」
「えっ、もう帰るんですか?」
「そうだ、帰る。もう帰る。もう一度言うぞ、俺は帰る」
回れ右し、今度こそ帰路に着く。あんなガキ、もう一生構ってやらん。
「あっ、あのっ!」
「……なんだ」
渋々俺は振り向く。ベンチから立ち上がり、俺の方をしっかりと真っ直ぐ見る少女。両手で胸元にスケッチブックを抱き、躊躇うような仕草を見せる。そして……
「また、私とお話して欲しい………ですっ!」
「………公園で会えたら、その時な」
俺は適当に手を振り、少女と別れる。
紅葉の綺麗な公園。はらはらと風に煽られ、落ちゆく落ち葉たちが、その景色をより幻想的に染め上げていた。
日も上がってきた。今日という日が、始まろうとしている。
あ〜あ。もう一生関わるのやめようと思ってたのに。やられたな。
そんな希望に満ちた景色を見たはずの俺は、自分の弱さに嘆き、落ち込みながら1日の始まりを迎えるのだった。
後書きです。まさか半年放置すると、続きが出ないかも……なんて表示が出るとは………。全く知らなかったです。