読み専が振り返る2022年なろうハイファンタジージャンル 〜おすすめ作品の紹介と寸評もあるよ!〜
私が『小説家になろう』で作品を読み漁るようになっておよそ4年。そろそろ古参風を吹かせても良いのではないかと思ったので、今日は『小説家になろう』の一大ジャンルたるハイファンタジージャンルの1年間を振り返りつつ、今年印象に残った作品タイトルも挙げていこうと思う。
あくまで一読者の視点での振り返りであり、いわゆる『なろうテンプレ』を盛りまくってそうな作品、筆が早く多作な作家さんの作品は避けて通っている手前、かなり偏った見方になっている点はご容赦いただきたい。なお本エッセイで言及するハイファンタジージャンルは、ハイファンタジージャンルから隔離された異世界転生/転移ファンタジージャンルも含むものとする。
この1年を振り返るにあたって、まず最初に触れるべき話題。それはやはり『小説家になろう』におけるトップジャンルからの転落であろう。
総合ランキングを毎日眺めている方ならお分かりいただけるであろうが、2020年までは総合ランキングと言えば、まずハイファンタジージャンルの作品が最多であり、次いで異世界恋愛ジャンルの作品。大きく差が開いてローファンタジーや現実恋愛ジャンル、最後にその他のいわゆる過疎ジャンルというような内訳であった。しかし、2021年で風向きが大きく変わり、主に短編を中心に異世界恋愛ジャンルの作品が増え、その反動でハイファンタジージャンルの作品が減っていった。
そして迎えた今年。完全に異世界恋愛ジャンルが上位を独占するようになり、ハイファンタジージャンルはローファンタジーや現実恋愛と同じ第二グループに追いやられてしまったのである。
特に象徴的だったのが、総合年間ランキングのトップ作品。去年は『魔術師クノンは見えている』というハイファンタジー作品が高い人気を博して1位に君臨。2位も『大ハズレだと追放された転生重騎士はゲーム知識で無双する』というハイファンタジーだった。去年以前も同様にトップと言えばハイファンタジージャンルの作品であった。しかし今年は現時点で1位どころか2位までも異世界恋愛ジャンルの作品にその座を奪われているのである。
3位につけている『天才魔術師を弟に持つと人生はこうなる』は、5月に彗星のごとくランキングをかけあがった期待のハイファンタジー作品ではあったが、途中で更新が途絶えてしまい伸び悩んだという事情がある。もし更新を続けていたら1位は死守できたかもしれないが……。個人的にも、なろうハイファンタジージャンルに新しい風を呼び込むような逸品であると感じていただけに更新停止は非常に残念に思っている。
そしてハイファンタジージャンルの転落に伴い、ハイファンタジーランキングの読み手か減っているという話もTwitterを中心に一時話題になった。明らかにジャンル別ランキングのボーダーが下がっているのだ。去年までは100位に入ろうとすれば1日で最低70ポイントを稼ぐ必要があったのだが、今では40ポイント台で事足りる日さえある。
極端な人は、その事実を根拠に『小説家になろう』におけるハイファンタジージャンルは衰退局面を迎えたなどと解釈するかもしれない。
しかし私のように作品を紹介して推すような読者にとっては、ランキングに打ち上げやすい環境になりつつあるとポジティブに捉えることもできる。つまり、各々の好みに刺さる作品が打ち上がることで多様な作品がランキングに顔を出す機会が拡大しているかもしれないのだ。
実際、ハイファンタジージャンル年間1位の『天才魔術師を弟に持つと人生はこうなる』は連載開始の3月から2ヶ月近くはブクマ2桁で推移していたが、5月の頭に『スコ速』のコメント欄で匿名のスコッパーが紹介したことで、読者が増え一気にランキング1位になった経緯がある。
また、今年の10月にハイファンタジーランキング1位に打ち上がり、4半期も1位の『魔女と傭兵』は、たびたび『5ちゃんねる』や『スコ速』で話題になっていた作品だ。今回の打ち上げに関しては『スコ速』由来であるが、連載開始の去年6月以降何度も紹介されながら今頃になってようやく上位まで打ち上がった点はやや不可解であった。しかし、今年は読者個人の力で打ち上げやすい環境になったとの見立てを援用すれば、その現象もうまく説明できそうである。
そうそう、今年は競合サイト『ハーメルン』で連載を開始した作品をなろうに転載して上位に打ち上がるケースが目立つ。たぶん例年『ハーメルン』からの転載作品は一定あったはずだが、総合ランキング上位(個人的には50位圏内を上位と見做している)に進出した作品は記憶に無い。
『バスタード・ソードマン』がその代表といったところだが、他に『TS衛生兵さんの成り上がり』や『イマドキのサバサバ冒険者』といった作品もハーメルン組である。私が読んだのは『バスタード・ソードマン』『TS衛生兵さんの成り上がり』の2作だが、前者はおっさん転生者によるスローライフモノ、後者はTS転生者によるガチな異世界戦記モノであり、なろうのランキングの傾向とは大きく異なる。まだ読んでいないが『イマドキのサバサバ冒険者』もレビューを見る限りは同様の特性を備えていそうである。
特に『TS衛生兵さんの成り上がり』はとあるスコッパーコミュニティの年間投票でも1位を獲得する勢いなので、まだ読んでいない人はこの機会にぜひ読んでみてほしい。
なお、ここまで書いていて恐縮だが『TS衛生兵さんの成り上がり』は異世界転生ファンタジーであるが分類はローファンタジーであった。どうして……。
その他、ハイファンタジージャンルの今年連載開始のランキング作品では『ルチルクォーツの戴冠』『やり直し公女の魔導革命 〜処刑された悪役令嬢は滅びる家門を立てなおす〜 遠慮?自重?そんなことより魔導具です!』『太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る』あたりは気に入っていて、更新を楽しみにしている。中でも『太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る』はこれが初めての投稿とは思えないレベルだ。書籍化も決まったと聞いたがそれも納得である。『天才魔術師を弟に持つと人生はこうなる』の作者もそうだが、今年初めてなろうに投稿したいわゆる新人は、例年になくレベルが高いかもしれない。もちろん残りの2作品もこれに劣らず面白い作品であり、かつ個性が光る良作である。
(全くの余談だが『岩壁のルォ』も良作だと思うけど、2022年発表の新作ではなく、以前の作品の再構成版と認識しているから上では挙げていない)
以上のように、今年も多様な良作に巡り会えたりはしたもののハイファンタジージャンルが初めて沈んだ年として記憶に残りそうである。
一方、長らくハイファンタジージャンルから隔離されて沈んでいた『転生/転移ファンタジー』は復調してきているように思う。というのも、去年まではとにかく「追放ザマァ」な現地モノ主人公が強くて、総合ランキングの上位に食い込むほどの作品はなかなか見かけなかったのに対して、今年はすでに上で名を挙げたハーメルン組の作品ほか上位に進出している作品が多いように感じたのだ。
念のため確認してみたところ、去年連載開始と今年連載開始の総合ポイント上位50作だと去年は10作品、今年は14作品であった。
また、今年は異世界恋愛ジャンル回避組の作品も目立つので(上位50作中5作品)、その割を食って純然たる現地モノハイファンタジーが減ったことも、異世界転生転移ファンタジーが復調しつつある印象を強めた要因かもしれない。
加えて、私が書いている作品紹介エッセイにて今年取り上げた当該ジャンルの3作『名代辻そば異世界店』『不遇皇子は天才錬金術師~皇帝なんて柄じゃないので弟妹を可愛がりたい~』『転生少年の錬金術師道』は、紹介後いずれも総合ランキング上位に食い込んでおり、特に前者2作は書籍化も決まっているし、『剣と魔法と学歴社会 〜前世ガリ勉だった俺は今世では風任せに生きる〜』『竜亡き星のルシェ・ネル』『魔剣技師バッカスの雑務譚~神剣を目指す転生者の喰って呑んで造って過ごすスローライフ気味な日々の物語~』『転生難民少女は市民権を0から目指して働きます!』などランキングから見つけた良作も多く、去年と比較して明らかに多くの良作と出会えたと感じていることも、復調と判断した一因になっている。
こういった訳であるから、ハイファンタジージャンルが異世界恋愛ジャンルに押し負けている現状はそれほど悲観的には見ていない。何なら来年もきっと私を夢中にさせてくれる沢山の作品に出会えるに違いないと期待に胸を膨らませているほどだ。
特に最初に述べた通り、個人が「良い」と感じて推した作品は例年よりもランキングに打ち上げやすくなっていると思うので、「なろうを変えたい」とか「ランキングがひどい!」と不満を漏らしている人にこそ、「今がチャンスだから、レビューを書いたり、外部サイトで作品を紹介したり、作品紹介エッセイを書いて推しまくれ!」とアドバイスを送りたい。
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【おまけ:本エッセイで列挙した今年発表のファンタジー寸評】
『天才魔術師を弟に持つと人生はこうなる』
今年のハイファンジャンルを代表する作品。半年以上更新がなく書籍化の報告もないので動向が気になる。主人公TUEEEの系譜だが、世界観に作者の独創性が出ていて良い。物語の魅力に不可欠な各要素が高いレベルでまとまっていると感じた。
『バスタード・ソードマン』
おっさん主人公の系譜で、珍しく本気でスローライフしているところが良い。当然冒険要素が薄めなので、そこで好みは分かれるかもしれない。登場するキャラがことごとく濃いのも良い。
『TS衛生兵さんの成り上がり』
ガチの戦記もので序盤からガンガン人が死んでいく。戦場の理不尽さをよく描いている。主人公がその本領を発揮するまで時間がかかるので、最初はストレス展開が続く。主人公の置かれる立場もどんどん変わっていくので読んでいて飽きない。
『ルチルクォーツの戴冠』
とある事故のせいである日突然平民から皇太子になり、悪戦苦闘する戦記もの。主人公は知恵で自分の立場を築いていくところ、それを支える老練な、あるいは才能豊かな家臣たちの言動が時に熱く、時に重厚に描かれている。「イケオジが出てくるファンタジーは良作である」と誰かが言っていたが、これはまさにその法則の正しさを証明する作品と言える。
『やり直し公女の魔導革命』
サブタイトル省略。序盤は異世界トラック並みにテンプレ化した断罪シーン、逆行転生から始まる。日本で生きた時の記憶をうまく使ってハッピーエンドを目指すスタイル。魔道具師としての成り上がりや法廷バトルなど引き出しの多いストーリー展開が魅力。
『太っちょ貴族は迷宮でワルツを踊る』
食べることにしか生きがいを感じなかった貴族の三男が、仲間たちとの出会いを通じてダンジョン探索に生きがいを見つけていく成長物語。タイトルと冒頭のみだとただのだらしないデブ貴族をイメージしてしまうが、実際は生真面目で、熱い気持ちと刺突剣の並々ならぬ才能を宿している点も良い。
『剣と魔法と学歴社会』
主人公の悪ノリについていけるかで好みが分かれる。なろうの代表作『賢者の孫』的な学園ドラマが展開されるが、こちらは主人公に対する周囲の評価もマイルドになっているので、あちらの作品が苦手な人にもお薦めできる。
『竜亡き星のルシェ・ネル』
なろうを代表する戦記モノ『亡びの国の征服者』の作者さんの新作。いわるゆ本格ファンタジーというやつだろうか。異世界に召喚された主人公が言葉を覚えるところから始まり、少しずつ適応していくストーリー。根強い人気を誇る名作『最果てのパラディン』のような雰囲気がある。
『魔剣技師バッカスの雑務譚』
サブタイトルは省略。先に紹介した『バスタード・ソードマン』とコンセプトは似ている。書籍化の実績のある書き手さんであるだけに、完成度は高い。独自用語も多くオリジナリティ溢れる世界も見所。最近書籍化も決まった。
『転生難民少女は市民権を0から目指して働きます!』
年末近くになって投稿された個人的に今1番注目している作品。転生後に難民からのハードモードスタート。チートなし。周りからの信頼を勝ち取り少しずつ自分の生きる場所を築き上げていく物語。周囲の優しさや主人公の頑張る様子が読んでいて微笑ましい。
『名代辻そば異世界店』、『不遇皇子は天才錬金術師』、『転生少年の錬金術師道』は作品紹介エッセイでガッツリ評価しているので、割愛。
今回寸評付きで紹介した作品と、私が不定期に連載している作品紹介エッセイ『掘る、そして読む』のリンクも後書きの後に貼ってあるので、気になる作品があれば気軽に訪問してほしい。