果て
私には何もありませんでした。物理的にも、精神的にも、未来にも、過去にも。
ただ辛い今が嫌いでした。
再び目が開いたとき、驚きました。なくなったはずの体がありました。当然心もありました。生きていこうと思えました。しかし、体は思うように動きません。まるで別の魂が体の中に入っているかのようでした。手から腕から肩、首、顔面、目の動きまで別の者が操っていました。目に映るものは真っ白で、感触を感じません。熱も、音も、痛みも……。この体で生きていく意味を感じませんでした。折角手に入れた体は私のものではなかったのです。二度目の人生で私は最初に絶望に沈みました。
ある日、転機が訪れました。痛みでした。その痛みは私が全てを失う直前に似ていました。違うのはこれから起きたことです。私は自らの意思で目を開けることができました。目の前でユラユラ揺れる炎を見て、私は自分のことを思い出しました。脳がなかったので、『思い出す』ではなく『魂が覚えていた』というのでしょうか。
私は記憶が戻ってくるのを感じました。
私はかつて工場で使う素材を集める仕事をしていました。ほとんど強制のようなものです。
生まれたときから原料を粉々にして鍵の原形を作り出すのが私たちの役目でした。この作業は辛いものです。私たちは常に空腹でした。だから食事を絶やしてはなりません。これは人を含めた生命に共通する点でしたが、私たちは食べるほどに空腹になっていくのです。我慢が日常でした。欲望に負けて食べてはならないものを食べてしまった仲間もいました。こんなことを何度も繰り返した果てに、私は決心しました。私は残った数体の仲間と反乱を起こしたのです。止める者を吹き飛ばし国中を走り回りました。一晩探し回って、代表者を見つけました。そして代表者と話しました。数時間話し合った後、代表者は泣いていました。話し合う前は冷酷非道な人に見えていたので意外でした。
約束の通り、最終的に私たちは満足を得られる予定でした。喜ぶ仲間と共に代表者の部屋から出たところです。炎が見えました。奥には人間の女性が。彼女は私たちが動かなくなるまで何度も燃やしました。代表者の部屋のドアは開きませんでした。私は絶望しました。最後は灰すら無くなり、何もありません。
そんな思い出に浸っていたら目の動きが鈍るのを感じました。視界が白くなっていきます。体が別の者に操られていきます。しかしこのときは炎の温度と木が燃える音が聞こえていました。複雑な感情でしたが、やや嬉しかったです。いずれ体が言うことを聞く日が来るかもしれないという希望が浮かんできたのですから。
それ以来、少しずつ感覚を取り戻す時間が増えてきました。感覚が戻っては消え、戻っては消え……。本当に少しずつではありますが、感覚が戻ってきていました。ですが、最後に鋭い痛みを味わってから感覚が完全に消えました。また何もない状態になったのです。私は再び絶望しました。
一年? 二年? 五年ほど経ったでしょうか。感覚がないのでわかりませんが、そのくらいです。
突然目が見えるようになりました。目の前に人間の女性がいました。不思議な女性でした。魔法みたいなことをするのですから。私は手を引っ張られて建物から跳び、滑空した後、落ちました。男が怒鳴ってきて、私の中にいる別の者が倒しました。ここで気付きました。私の体は人間になっていたのです。人間の意識の中に私が入りこんだのかもしれません。
私の中の者が倒した男の後ろに誰かいました。初めはだれか分かりませんでしたが、炎を見て思い出しました。私たちを殺したあの、人間の女だと!




