落下
「手を放さないで」
そう言われたものの、手が汗で滑る。宙に出たが、体重を感じない。水の中にいるみたいに、ゆっくり落ちていくのが分かる。鳥の様に滑空しているのだろう。
「あなたがラン? 俺の夢の中の人じゃなかったっけ?」
そう尋ねた。少女は俺をぶら下げたまま言った。
「私がランよ。もう忘れちゃった?」
少し寂しそうな様子で彼女は続けた。
「あんたが行方不明になって大体一年。里が急に騒がしくなったの。これまで三日に一人くらいだった犠牲者が一日おきに出るようになってしまって。前例のない病気も蔓延してるらしいし。里の人の話を聞いてたら、捕食者の数が増えたとか、死霊石を使いすぎたせいだとか。なんとかしなきゃとは思ってたんだけど、捕食者には術が効かないし、死霊石が原因なら、結局私じゃ役に立たなくて。そこで、ちょうどあんたが来る前に来たっていうガーネット、その人があんたを連れてこいって。やっぱりあの人相当変人ね。あんたのことを竜の子って呼んでたわよ。あと鍵がどうのこうのとか」
ラン……ガーネット……少しぼやけたイメージだが記憶に残っている。自然と言葉が出た。
「リンは……?」
「……リンは今、その病気っていうのに罹っていて元気ではないわね。重体ってわけでもないけど。いつ悪化するか分からないから急がないとダメかも」
驚いて、手を放してしまった。急速に体が重くなっていく。勢いそのまま地面に激突した。
「いっ……痛い」
ああ……血が出てる。というか足と腕がぐしゃぐしゃに潰れている。頭から落ちなかったのが不幸中の幸いか。でも、動かそうとしてもグチュグチュと音が鳴るだけだ。この音、聞いたことがある。
記憶の靄が消えていく。ああそうだ。俺は一回死んでたんだっけ。それで、いろいろあって里のみんなを助けている途中だったんだ。リンを助けようとしてて……。早く立ち上がらないと。リンに会いたい。腕に力をこめると、自然に元の形に戻っていく。まだ竜の力というものが残っているのか? いや、そういえば鍵そのものを飲み込んだんだった。
ゆっくり立ち上がり、垂れる血を拭い、ランに手を振った。
他の人は気にも留めずに歩いている中、正面からただ一人真っすぐ歩いてくる。スーツを着た長髪の男が。
「すごい派手に落ちてきましたね。念のためID確認してもいいでしょうか?」
ID? あああったなその設定。俺が戸惑っているのに気づくと、男の笑顔が消えた。
「じろじろ見てんじゃねえよクズが。細切れにしてやろうか」




