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霊凍庫  作者: 弐鈴
野生を忘れた街から出て
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 灰色で冷たい道路が蜘蛛の巣のように伸び、その隙間を埋めるようにビルが立ち並ぶ。人の居住地は拡大し続け、今や人はどこにもいる。はるか昔に大きな戦争があった東側を除いて、北に産業A、西に産業B、南に産業C、といった具合に、中心都市をぐるりと囲むように産業が割り振られた。そう生まれたときに教えられた。


***


 久しぶりの休暇に西側へ観光に行くことにした。列車に乗って指定の駅へ向かう。これから列車を乗り換え続け、五時間ほど経てば予約している宿に着く。いくつトンネルを通ったか分からない。光が入って消えて……それを繰り返すうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。


 夢の中で椅子に座り、知らない男女と机を挟んで会話していた。話の内容は分からない。彼らの感情も読み取れない。それでも夢の中の俺は笑顔だった。

 「まもなく16番駅に到着いたします。ご乗車ありがとうございました」

 車内に響くアナウンスで目が覚めた。夢から覚めるとどこか寂しい。アナウンスが響く車内はがらんとしていて、数人しかいない。


 16番駅。この国の端にある駅だ。最新の駅で、大きな森の真ん中にある。『最高の自然がここにある』というキャッチフレーズに惹かれた。駅の出口に旅行者が集まっているようだ。いくつか人影が見えた。

 「こんにちは。公認16番駅宿泊施設、NM旅館へようこそ。職員のWと申します。ご予約を確認するため身分証明の提示をよろしくお願いします」

 宿の職員だろう。

 「お願いします」

 左腕に付けた端末を差し出した。国にいる者なら誰でも端末や身分証だけで本人の証明ができる。

 「ID確認。ID:N8246HV。ノイズなし。ご協力いただきありがとうございます」


  ***


 「お客様全員の確認が終了いたしました。ご協力いただきありがとうございました。この度はNM旅館をご予約いただき誠にありがとうございます。お客様が心からくつろげるよう努めてまいります。よろしくお願いいたします」

 そう言うとWは歩き出した。旅行者たちはそれについて行く。見た目が個性的な観光客が多い。普段住んでいる所では見ないような人ばかりだ。旅行者の中にいた比較的一般的な女性が話しかけてきた。

 「す……すみません。こんにちは。よかったら、今回の旅行私と回りませんか? ちょっと一人は寂しくて……」

 一人で来た理由が気になるものの、了承した。

 「ありがとうございます! うれしいです! リンっていいます。よろしくお願いしますね!」

 彼は笑顔のまま前方に手を出した。

 「握手ですよ」

 「ああ……」

 ここらで名前が2文字以上の人は珍しい。多くは記号を与えられ、読み方も決められている。しかし彼女はちょっと離れた場所から来たのだろうか。笑顔は無邪気で明るく、生まれて初めて言葉にできない何かを感じた。俺はリンと握手した。


 想像していたとおり緑が一面に広がっている。太陽の白い光が陰影のある森林を作っていた。橋の下を流れる青々とした川が綺麗だ。普段はなんとなく重い肺が今は軽い。これだけでも満足感がある。

 橋を越え、道を進む。道幅が広くなったところで旅館に到着した。

 「お待たせしました。こちらがNW旅館となります。御用の方は受付までお願いいたします。それでは皆様、旅をお楽しみください」

 案内はここまでみたいだ。ほぼ全ての客は旅館の中に入っていく。ああ、この客たちの感じ、どこかで見たことがあると思ったら、工場だ、前しか見てない。


 「すいません! まだ名前聞いてませんでした!」

 受付の前でさっきのリンという人に呼び止められた。

 「俺はSと言います」

 「Sさん。不思議な名前ですね。さっきは突然だったけど、ありがとうございます。なんか他の人たち怖くって」

 確かに。

 「Sでいいですよ。ここらじゃみんな似たような名前ですから」

 「いいんですか! では、早速ですが、外に行きましょう、S!」

 リンは跳ねるように外へ向かう。このときはまだ元気な人だなあくらいにしか思っていなかった。


 「この服、とってもカッコいいです!」

 「…………」

 「S、これは何です!? 宝石みたいで綺麗です!」

 「…………」

 「ここ、面白いものがたくさんありますね!」

 「…………」

 しかし、元気すぎた。てっきり自然の中でゆっくり散歩でもして過ごすのかと思っていた。彼女は自然よりも人工物に注目して興奮していた。はじめのうちは軽く説明していたが、面倒になった。そもそも、こんなものたちはどこでも見られる。


  ***


 そんなこんなですっかり夕方になってしまった。帰り道、明日は一人でゆっくり過ごそうと決めた。ふと視界をずらすと、リンの姿が見えなくなった。さっきまで隣で歩いていたのに。夕方特有の軽い熱気をまとった風が頬に吹き付け、気味の悪い感じがした。自然と足が震えた。何の前触れもなく震えるので、怖くなってしまった。一度冷静になるために足を手で押さえ、目を瞑って深呼吸した。再び目を開いたとき、夕日の陽は消えかけ、知らない道にいた。木々の奥で、人影が走るのが見えた。不安になった俺はそれを追った。

 「リンさん……?」

 影は森へ入り、奥へ奥へと進んでいく。ここから先は何も見えない……闇だ。そのせいで影も見失ってしまった。一歩進んで、枝を踏んでしまった。枝はパチンと音を立てて千切れた。次の瞬間、闇の中で、腕が跳ね飛び、全身が崩れていく。何が起こっているのか分からないまま、意識は消えていった。こういうのを、わけも分からずに死んだ、と言うのだろうか。

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