変化のきっかけ
寮での夕食を綺麗に平らげ、部屋に戻ろうとしていたときだ。階段を下りてきたロッドとばったり会った。一人だけのようだ。
「先輩!」
思わず駆け寄ると、おどけた口調でからかわれる。
「ん?どうした義弟君。そんなに俺に会えて嬉しいのかい?」
「嬉しいです。会いたかったので」
ロッドは思いがけないストレートな言葉に面食らう。
「お、おう。ありがとう?俺に何か用事でもあった?」
「はい。ちょっと聞きたいことがあって。アレン先輩には知られたくないんです」
「アレンのこと?分かった。今からでも構わないけど、どうする?」
「なら、お願いします」
「オーケー、じゃあ8時に部屋に来てくれ。25号室ね」
とんとん拍子に話がまとまり、ロッドが去った後もリノアはしばらくその場に突っ立っていた。
時間までに入浴を済ませると、先輩の部屋へ向かう。
「ロッド先輩、ルイスです」
ノックしてそう言うと、やや間があってドアが開いた。
「どうぞ入って~」
「失礼します」
相部屋ってこんな感じなのか。
間取りは同じだが、二人分の物があるとやや狭く感じる。
昨日アレンが手伝って片づけたのかな。きっちりしてる。
ふと目を止めた本棚は、本のサイズと表紙の色ごとにグラデーションになるよう並べられている。ロッドがズボラだとしたら、アレンがこれを?
うーんと眉間をもむ。
ロッドはその辺に座ってとベッドを指し、自分は近くの机から引っ張ってきた椅子に腰掛けた。
「し、失礼します」
「あはは!そんな緊張しなくていいよ」
ロッドは笑って足を組むと、本題に入った。
「で、アレンのことだっけ?まあ聞きたいことはだいたい予想がつくよ。お姉さんの結婚相手になるやつだし、素行は気になるよな。」
「その通りです。お尋ねしたいのは、一年のときのアレン先輩のことなんです。素行が悪かったって、本当なんですか?」
「あぁ、確かにね。色々な女子と付き合ってたよ。同時に10人とか」
「ははは......」
街でも5人と付き合ってバレたことがあったな。上手いこと丸くおさめてたけど。あれは一種の才能だろう。
「ほとんどがそういう女遊びだったけど、ギャンブルにもハマってたとか。あ、これは本当か知らないよ?そういう噂があったってだけ」
「本当なんじゃないですかね。あの人ならあり得ますし。夜中抜け出してたっていうのは本当ですか?」
「それは本当。というか居ないことの方が多かったかな。噂じゃ女子寮の方に泊まってたとか、外で夜遊びしてたとか」
同室なのにあまり詳しくは知らないんだ。
噂のことを本人に確かめたりしなかったのかと尋ねると、苦笑いをして頭をかいた。
「実は、今みたいに仲良くなったのは最近なんだ。それまでは深く関わらなかったし、向こうも俺に興味がなかったと思う」
「すると、アレン先輩がああなった原因は知らないんですね」
「ああ。力になれなくて悪いね......そうだ、変わった時期なら大体分かるよ」
「えっ、いつですか」
リノアは身を乗り出して食いついた。
「2年に上がるちょっと前だ。その頃アレンはいつも機嫌が悪くて、ため息をつくことも多かった気がする。一度、何かあったのか聞いてみたんだけど、気にするな大丈夫だって言ってた。それで......ある日珍しく、日が出ているうちに帰ってきたんだ。悩み事は解決したみたいだった。それと急に整理整頓するようになって。どうしたんだって聞いたら、物が散らばっていると気になるだろって」
「それまで気にしてなかったのに?」
「そう。思えば最初に変だなって思ったのはその時だよ。それから段々と今みたいに付き合いやすくなったんだ」
たった一日で人格変わるような何かが起こるのか?
うーんと考え込んでいると、突然ロッドがリノアを机の下に押し込んだ。
「やばっ隠れて!」
押し込まれてすぐ部屋に人が入って来た。アレンが風呂から戻ってきたのだ。ロッドは努めて平静を装って尋ねる。
「な、なんだ今日は早いんだな」
「そうか?同じくらいだろ。......誰かここに来てた?」
「へ!?いや、ずっと俺一人だけど」
下手な嘘を聞いて、アレンは笑う。
「別に隠さなくてもいいだろ。女子でも呼んでたのか」
少し考えた後に言う。
「――まだこの部屋にいる?」
バレてる!?
リノアは体を縮こめてなんとか気配を消そうとする。今は死角になっているが、回り込まれれば丸見えだ。
「本当に誰もいないって。それより、ルッカがお前に用があったみたいだぞ。急ぎかもしれないし聞きに行ってみたらどうだ?」
「......分かった。そうする」
全く信じてなさそうな声色だったが、隠れているのがリノアだとバレなきゃそれでいいのだ。アレンが部屋を出て行ってから数秒後、二人は同時に息を吐き出した。
「さ、今のうちに部屋に戻りな。あぁ本当にびっくりした」
「色々教えてくださってありがとうございました」
ドアを少し開け、廊下に誰もいないのを確認してからこそこそと自室に戻った。