相部屋の人
学園の東側にある3階建ての建物が、リノアが一か月暮らすことになる寮だ。
しかし遠かった......。体力には自信のあるリノアも流石に疲れた。明日の朝、きちんと起きられるか心配だ。
中に入ると眼鏡をかけた男性に出迎えられた。寮母だろうか。男性だけれど。カウンターの向こうに座っている彼は、何やら記録していたらしい。一旦中断してリノアたちの方を向く。
「おかえりなさい。一時帰宅をしていた子達ですね?」
「はい。ただいま戻りました」
「た、ただいま戻りました」
リノアはぺこりと頭を下げる。寮母は先輩の真似をするリノアを見て微笑んだ。雰囲気が柔らかくて優しそうな人だ。
「晩御飯はもう食べました?今日はみんな大好きなビーフシチューですから、まだなら急いだ方がいいですよ」
「分かりました。ありがとうございます」
にこやかに手を振る彼と別れて、荷物を置きに一旦自室へ向かう。
39、40......と部屋番号を順に追って行く。目的の44号室はここだ。
自分の部屋なのだから遠慮する必要はないのだが、なんとなく勝手に人の部屋に侵入している気分になる。
「失礼しまーす」
小声でそう言って中へ入る。ルイスらしい部屋で、きれいに並べられた小物や小さな鉢に入った観葉植物など、居心地よい空間にしようという気配りが見えた。
よいしょと荷物を下ろして廊下に出ると、ちょうどアレンが階段を降りてきたところだった。
「えっと、夕飯ご一緒していいですか?」
「もちろん。ははっ、そんな丁寧に喋らなくてもいいのに」
ついて行った先の木製のドアを押し開けると、そこは非常に賑やかな空間だった。
「お前課題やった?」
「数学の?あれ難しくね?」
「昨日図書館行ったらさぁ、バカップルがいちゃついてたんだけどどう思う?」
「え?妬ましいって話?」
それぞれ好きな席で食事をしながら、会話を楽しんでいる。
この中にはルイスの友人もいるかもしれない。見破られないか不安だ。名前と特徴を聞いているとはいえ、違和感なく話せる気がしなかった。
入って左手の端で食事を受け取って、適当な席に着く。
ほかほかと湯気を立てるビーフシチューが食欲を刺激する。
「いただきます」
「いただきます」
アレンが食事の挨拶をするのを初めて聞いた気がする。誘っておいてなんだが、どう会話をしたものか。ルイスになりきるならば、ずっと無言が正しいのか?すると誰かに声をかけられた。
「よっ!アレン!今帰ってきたのか?」
「ああ、まだ荷解きもしてない。一つ聞くけど、お前部屋でパーティでもしたの?俺のスペースまで酷いありさまだった」
「あーえっと......片付けようとは、思ったんだけど」
「しょうがないから手伝ってやるよ。どのみち今のままじゃベッドが使えそうにないし」
「ごめんごめん!貸しでいいから」
あははーとまったく反省していなさそうな顔で笑う。彼はアレンと相部屋の生徒か。
ところで、と彼はリノアの方を見る。
「この子は?1年生だよね」
初対面なのか。リノアはスプーンを一旦おいて体を向ける。
「初めまして。ルイスといいます」
「初めまして。俺はロッド。こいつのルームメイトな。それで君、こいつの知り合いってことで合ってる?一緒にいるところ初めて見たんだけど。頼むから恋人だなんて言わないでくれよ」
やはりルイスは学園でアレンと関わりが薄かったようだ。まあ昔虐められていたことがあるし、避けるのも分かる。そして聞き間違いだろうか。妙な単語が出たが。
「恋人?」
「気を悪くしたならごめんね。でもアレンならあり得るんじゃないかと思って。こいつ前は遊びまくってたし、今度は男かぁって――」
「婚約者の弟」
ぺらぺらと喋るロッドにそれ以上言わせまいと、アレンがルイスとの関係を答えた。ロッドは数秒ぽかんとしてその言葉を理解すると、テーブルに身を乗り出した。
「は?え、おまっ婚約者なんていたのかよ!?いつから!?」
「子供のとき」
「はあぁ!?」
いつの間にか周囲が静かになっていた気がして、周りを見ると、話しながらもチラチラこちらを見て、あからさまに聞き耳を立てていた。
注目されるのは困るんだけど。
「婚約者がいんのに女子取っ替え引っ替えしてたってことかよ!うらやま、じゃなくて最低だな」
「今はもうやってないだろ」
アレンはばつが悪そうに言う。リノアは目の前で浮気を暴露されたわけだが、驚きはしなかった。まあ都会でもやるだろうなと思うだけだ。
「ごちそうさまでした」
席を立つと、アレンに呼び止められる。
「ルイス、リノアには――」
リノアはにっこり笑って言う。
「はい。姉にはきちんと報告しておきますね」
「あーあ、愛想つかされるな」
ロッドは笑い混じりに言ってアレンの肩を叩いた。