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予想外の提案

その日の晩、リノアはベッドの端に腰掛けて考え込んでいた。指輪の細工をぼんやりと眺めながら思う。

 やっぱり変だよね、今になって返しに来るなんて。


 もしかして、指輪について聞くために帰ってきたとか?いや、そんな訳ないか。

 馬鹿馬鹿しい考えだと、すぐに思い直す。


 そのとき、ドアが控えめにノックされた。

「ルイス?どうしたの」

「姉ちゃーん!」


 ほとんど突入するように入ってきたルイスは勢いのままリノアに抱きついた。お前はイノシシか。

「わっ!?ちょっとどうしたの?」

 ルイスはぐすっと鼻声で訴える。


「僕、やっぱり学校行きたくない。あんな辛い生活に戻りたくない!」

 一度帰ってきたことで、我慢の糸がぷつりと切れてしまったようだ。

「何言ってるの。頑張るって約束したでしょう?」

「そうだけど、もう嫌だ。戻りたくない」


 ルイスの声色に、本気を感じ取ったリノアは頭を抱えたくなった。

 これは愚痴聞いてれば立ち直る感じじゃないな。変なところで頑固だからなぁ。


「......あと数日くらい、休暇を延ばせないの?ゆっくり休めばまた行きたくなるんじゃない?」

「そんなこと許してもらえないよ。......でも姉ちゃんが協力してくれるなら、休めるかも」

「どういうこと?」


 ルイスは考えを口に出そうか迷った様子を見せ、おどおどと上目づかいに言う。


「その......怒んないで欲しいんだけど」

「何?怒らないから言ってみて」

「姉ちゃんが......僕のふりして学校に行ってくれない?」

「は?」

 それは全く思ってもみないことだった。


「僕は姉ちゃんのふりするから、姉ちゃんは次、休暇申請できるまで代わりに学校に行ってほしいんだ」

「そんなの上手くいく訳ーー」

 いや?案外いけるんじゃないか?なにしろ同じ顔だ。声も似ている。


「......しばらく休んだら、絶対学校に戻るって約束して」

 ルイスはぱっと顔を明るくして、何度も頷く。

「うん!約束する!」


 本当かな。若干不安になるものの、ひとまず信じる。この無茶な提案を受け入れたのは、ルイスを心配してのことであるが、加えて一つの思惑があった。

 学校に行けば、アレンの変化の原因が分かるかもしれない。


「そうと決まれば、支度しないと。ルイス、最低限知っておかないといけないことを教えて」

「う、うん!ええと、寮の部屋はーー」

 思い切りの良さがリノアの長所だ。てきぱきと荷物をまとめながら、ルイスの情報を頭に叩き込んでいった。



 出立は早朝だ。この馬車を逃すと、到着が明日になってしまう。

「ふわあ、眠い」

 ルイスを起こしに行かないと、と考えて必要がないことを思い出す。


 そうだった。私がルイスなんだった。

 身支度をしながらふと思う。自分は男装することに抵抗がないが、ルイスはどうなのかと。

 スカート......似合いそうだからいいか。上手く私を演じてくれると期待しよう。


 きゅっと髪を結び、鏡の前でくるりと回転する。完璧にルイスだ。見た目だけなら。

 一階に降りると母が朝食を用意してくれていた。内心どきどきしながらルイスの席につく。


「お、おはよう」

「おはよう。あら?自分で起きたの?」

「うん。早起きできるようになったんだ」

 ぎこちない笑顔で話しているが、母は特に疑っていないようだった。ありがたいけども、親としてそれで良いのか。


 起きたばかりで食欲がないが、無理に詰め込んで食べ終えた。


 玄関前で、母はお弁当を渡して言う。

「いつでも帰ってきて良いからね。気をつけて行くのよ」

「うん。またすぐ来るよ。行ってきます」

 手を振って家を後にした。待ち合わせ場所へ急いで向かう。走りながら朝の澄んだ空気を吸い込んだ。町はまだ動き出しておらず、通りには誰の姿もなかった。


 門の前に一台の馬車が停まっている。

「おはようございます」

「おお、ルイス。おはよう。ほれ乗りなさい、すぐ出発するぞ」


 アレンの方が一足早かったようだ。挨拶をして向かい合わせに座り、トランクを隣に下ろす。

 暇つぶしに持ってきた本を開いたリノアは、ちらっとアレンの方を見る。


 バレてはいないよね。堂々としてれば大丈夫なはず。


「どうした?」

「いや、退屈じゃないのかなって......」

「そりゃ暇だけど。馬車の中で文字見てると酔うだろ」


 はあ、と曖昧な返事を返す。リノアには分からない感覚だ。それよりも本を読むアレンが想像できず、笑いそうになってしまった。

 昼までは読書に集中できていたが、一度お昼ご飯を食べて休憩を挟むと、引き続き読もうという気は失せてしまった。ちらりとアレンを見ると、腕を組んで眠っている。


 私も昼寝するか。

 夜遅くまで起きていたこともあり、眠りに落ちるまでさほど時間はかからなかった。


 目を覚ますと、車内は暗くなっていた。

「う、くあぁ」


 伸びをして凝り固まった体をほぐす。アレンは先に起きていた。リノアが目を覚ましたことに気づき、外の景色から目をこちらへ向ける。


「おはよう」

「おはよう、ございます」

 危ない。いつもの調子で喋りそうになった。


「もうすぐ学園に着く」

「え」

 そんなに寝てしまったのか。


 外を見ようとして、カーテンが半分閉められていることに気づく。状況的に閉めたのはアレンだ。気遣われたと理解して、微妙な表情になりつつ開けて外を見る。


 暗闇でシルエットくらいしか分からないが、とても大きな建物が見えた。あんなに立派なのか。

 ぽかんとしているとアレンが言う。

「学生証出しといて」

「あっはい!」


 大きな鉄の門の横に受付らしきものがあった。馬車を降りて御者のお爺さんに礼を言う。お爺さんは王都で一晩宿を取って、明日の朝町に帰るようだ。もう少し行き来が楽になればいいものだが、田舎だから仕方ない。

 トランクを手に、受付へ行く。


「一時帰宅から戻りました。門を開けてください」

 リノアはアレンの真似をして学生証を見せる。

 おじさんは学生証と手元の書類を見比べて、何やら書き込んだ。

「じゃ今から開けるから、隙間から入って」

 隙間?


 首を捻っていると、ゆっくりと大きな門が開いて行く。そのまま全開になるかと思ったが、少し開いたところで止まってしまった。

 入ってーとおじさんの声がする。隙間ってこういうことか。なんだか残念な感じだ。


 ぽつぽつと街灯の灯る道を進んでいく。学園の地図をルイスに書いてもらったが、こう暗いと寮がどの方向かさっぱり分からない。黙ってアレンについて行く。


 静かだった。自分の息づかいと足音しか聞こえない。来るときもこうだったのだろうか。話好きなルイスは気まずかったことだろう。

「ルイス」

 不意にアレンが口を開いた。


「えあ、はい!」

 驚いて変な返事になってしまったが、アレンは気にしていない様子で続ける。

「これからは困ったこととか、分からないことがあったら俺を頼ってくれていい」


「ありがとう、ございます。そうさせてもらいます」

 ルイスは学園でアレンに頼ることはなかったのだろうか。個人的感情を抜きにすれば、今のアレンはいい先輩だろうに。

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