まるで別人
「あっははは!そうなの!?」
母の笑い声を聞きながら、リノアはじっとアレンを観察する。
不本意ながら、アレンも混じってお茶をすることになったが、席についた瞬間から、リノアが抱いた違和感は膨らみ続けていた。というのも、アレンの様子がとにかくおかしい。
まず態度が違う。
『まっず!お前料理の才能ねえよ。材料の無駄』
それが今はこうである。
「リノアが作ったの?美味しいよ」
そんなはずはないと自分でも一枚食べてみる。いやに固く、口に入れた瞬間から苦味しか感じなかった。こいつは間違いなくお世辞を言っている。
だが、アレンがリノアにお世辞を言ったことなど、ただの一度もないのだ。異常としか言いようがない。
「1年で変わるものね。おばさんビックリしちゃったわ」
「そうですか?自分ではそれ程変わった気はしないんですけどね」
そんなわけあるか。目上の人の前でも舐めた態度を貫くのがアレンという人間だ。それがたった一年ほどで矯正される訳がない。
心の中で突っ込みを入れ、隣にいるルイスに小声で尋ねる。
「ねえ、これどういうことなの?」
「別に猫かぶってる訳じゃないよ。僕も向こうで会った時はびっくりした」
ルイスとグルになって悪ふざけをしているわけではないらしい。しかしリノアには、何かの冗談としか思えない。
ふと時計を確認した母が慌てて立ち上がった。
「あらもうこんな時間!晩ご飯の準備しなきゃ。リノアも手伝って!」
「何か手伝います?」
「いいのよ、長旅で疲れてるでしょ。二人はゆっくりしてて!」
そうですか、と申し訳なさそうにアレンは腰を下ろす。
やはり椅子に座る動作一つとっても違う。そして何だ、その申し訳なさそうな顔は。
お前はいつ気遣いのできる人間になったんだ!?
問い詰めたい気持ちを抑えて、リノアは食材を切ることに意識を集中させた。
晩御飯が出来上がる頃、父が帰ってきた。アレンの変化をかなり好意的に受け止めたようで、食事が始まってもずっと上機嫌で話している。
「ははは!学園は良いだろう?教養も筋肉も付く!」
「そ、そうですね。色々なことを学ばせてもらってます」
ばしばし肩を叩かれて、アレンは若干引き気味に笑顔を返す。
少し可哀想だが助けてやるような仲でもない。黙々と料理を口に運ぶ。それを見て何を思ったか、父がこちらに話題を振って来た。
「なんだリノア。せっかくアレン君が帰ってきたんだぞ。もっと喋ったらどうだ」
チッ、面倒だな。ずっと筋肉の話でもしてればいいのに。
「きっとアレン君が格好良くなっちゃったから、緊張してるんだわ。さっきもずーっとアレン君のこと見てて」
「ほう!リノアも女の子だったんだなぁ」
「そういう意味じゃないから!」
即座に否定してギッと父を睨みつけると、アレンと目が合う。アレンはくすりと困ったように笑って、目を細めた。
「......」
不覚にも思考が停止していた。顔に熱が集まって行くのを感じる。ばっと両親を見ると、あらあらと口に手を当ててにやついている。母とルイスは良いとして、おっさんがそれをやるのは気持ちが悪い。
見とれてない。断じて見とれてなどいない。
ごまかすように食事にがっつくと、もー、と母が注意する。
「女の子なんだから、もっとお上品に食べなさいっ」
リノアは聞こえないふりをした。
「まったく、全然言うこと聞かないんだから。ごめんなさいね、アレン君。この子全然変わってなくて」
「いえ、そのままのリノアが好きなんで、俺は全然気にしないです」
きゃーっと黄色い声があがる。
「でもねでもね、この子前より家事が上達したのよ。お裁縫は相変わらずだけど」
父はそれを聞いて急に真面目な顔になり、フォークを置いた。
「ふむ。リノアも多少成長したことだし、このまま婚約を続けても良いと思うんだが......アレン君、君の正直な気持ちを聞かせてほしい」
親同士が勝手に結んだ婚約だ。当然互いに不満があることは無神経な父も分かっている。結婚する気があるのかどうか、一度はっきりさせたかったのだろう。
アレンは姿勢を正し、真剣な表情で答える。
「もちろん、リノアのことは幸せにするつもりです」
心にもないことを。白けた顔のリノアとは対照的に、母は目じりを拭っている。
「良かったわねえ、リノア。結婚してから困らないように、もっと鍛えるからね」
「ありがとう、ありがとう!これで安心だ」
私達はただの腐れ縁だ。そこに恋愛的な感情は無い。
料理を練習したのは、別にアレンの為ではない。母と特に父が小うるさく言うからだ。
リノアは早々に食べ終えて席を立った。
「私、おなかいっぱいだからお風呂入って来る」
「そりゃそんだけ食えばな」
「やかましいわ。アレンも早く帰りなよ。一年ぶりなんだから」
夕食をうちで一緒に食べることは時々あったが、久しぶりに帰ってきてまでここで過ごすことはないだろう。
するとアレンが呼び止める。
「あ、待って。少し聞きたいことがあるんだけど」
「明日にして。誰かさんのせいで凄く疲れたから」
そう言い捨てて、リノアはリビングを出て行った。