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その後のこと

 花弁が青空に舞う。小さな教会の前に立つ男女は頬を染めてはにかんだ。美しいウエディングドレス姿のナナに参列者の男性は見とれ、女性は憧れの目を向ける。


「何で僕もここにいるんだ?」

 半ばぼうっとしていたリノアはエルシャの声で我に返った。

「一応表向きは新郎の友人だし?」

 正確には新郎のふりをしていた姉の友人だが、面倒なのでそういうことになっている。


 あの後リノアは大事を取って数日治療院で過ごした。その間に聞いた話では、爆発の犯人たちは逃亡したらしい。あの狐耳の少年も、死体が見つかっていない。一番の問題だった復元された古代魔術については、意外だがその場に置いて偽アレンは姿を消したらしい。その結果、居合わせた生徒の力で守り切ったという美談にされている。


 そしてリノア達はエルシャの腕の完治を待って帰省したのだ。さすが王都というか、腕を包帯でぐるぐる巻きにされていたのに五日でそれが取れたことには驚いた。

 父と母は入れ替わったことについてさほど怒らなかった。それよりも息子の結婚が嬉しいのだろう。


「リノア!」

 少し離れたところで涙ぐむ両親を見ていると、ナナが小走りでこちらに来る。彼女が転ばないよう手を取って支えた。

「おめでとうナナ。すごく綺麗」

「ありがとう。私今すごく幸せだわ。理想の男性って実は身近にいるのかもしれないわね」

 そう言ってちらりとアレンに目を向けたナナに、苦笑いで首を振る。

「私は結婚しないから。婚約破棄は保留になってるけど」

 どちらの親も、これを逃したら一生独身だと思っているのだろう。困ったことだ。


「じゃあどこかで働くの?あっ、私と同じ勤め先を紹介しようか?」

 ナナは親戚の紹介で、隣町で事務の仕事をするらしい。ルイスは家で家事をして支えるそうだ。

「ううん。色々考えたんだけど、学園に通おうかと思ってるの。多分そっちの方が性に合ってるから」


 学べるだけ学んで、卒業したらどこかで働くつもりだ。学園に通っていたとなれば、十分な給料の仕事も見つかるだろう。向こうを見ると、置き去りにされたルイスとエドガーが話している。突然自主退学を決めたわけだが、エドガーは心から親友を祝福していた。


「みんな!旅商人が来てるわ!」

 町の入口の方から走ってきた少女が声をあげる。こんな田舎町では、流行の品を持ってくる商人は心待ちにされる存在なのだ。少女の後に続いて来た幌馬車が教会の脇に停まる。若い女性たちはわっとそれに集まった。降りて来た恰幅のいい男性がよく通る声で言う。


「おやっ結婚式ですか。こんな素敵な日にお会いできるとは、いやはや嬉しいことです」

「ルイス!何か記念に買いましょうよ。小説の新刊もあるかもしれないわ!」

 ナナが華やいだ声で手招きする。そのとき女性たちの中から悲鳴のような声があがった。

「あっ?」

 テーブルに肘をついて居眠りしていたアレンがぱちりと目を開けた。


 女性たちの目は、馬車から降りて来たもう一人の男にくぎ付けになっていた。顔はよく見えないが、女性たちの反応を見る限り、容姿のいい若い男性だろう。

「リノアも行きましょう!」

「えっ私は別に――」

 リノアとルイスの手をとって、ナナはぐいぐい引っ張る。近づくと、男性がこの辺りではまず見ないほど端正な容姿をしていると気づいた。輝くような金髪で、緑色の目をしている。彼はナナとルイスに微笑み、祝いの言葉をかける。


「あっあの!お名前を――」

 そのとき強引に割って入って来た女性とぶつかり、リノアは体勢を崩す。その手が取られ前に引っ張られた。

「大丈夫ですか、お嬢さん」

「どうもありがとう......」

 正面から見るその穏やかな瞳には、不思議と見覚えがあった。

 見たことも無い人なのにどうして。


 違和感の正体を突き止めようと怪訝な表情でじっと目の前の男性を見る。すると思わずといった様子で男性は笑った。

「そんなに見つめないでください」

「え?あっ、ごめんなさい」

 急に恥ずかしくなって、掴まれたままの手を引こうとする。その前にぐいと肩を掴まれ後ろに引き寄せられた。


「お前!」

 余裕の表情で笑う男性とアレンを交互に見る。美形が二人いることで女性たちは色めき立った。

「なに、知り合い?」

 アレンは苛ついた様子で肯定する。

「ああ?あー、そうだよ。前にこいつの女を取った仲だ。つうわけで俺はこいつと話があるから」

 最悪な関係じゃないか。殴り合いとかにならないよね?

 男性の肩を抱いて離れていくアレンを、リノアはドン引きした目で見送った。


****


 教会から離れたアレンは、路地の壁にもたれかかって立つ。男は一転して丁寧な口調を変えた。

「よくそんな態度を取れるな。俺は君の恩人なのに。君の借金の総額を教えてあげようか?」

「うるせえな。嫌味言うために来たのかよ」

「まさか。近くまで来たから挨拶しようと思っただけさ」

「あっそ。じゃあ帰れ。すぐ帰れ」

 分かりやすい態度のアレンに、ふうんと含みを持たせた笑みを向ける。


「彼女が取られないか心配してるのか?いやー、一目ぼれして迫ってきたら困るなー」

 アレンは他の女性たちのように、頬を赤らめて必死に言葉を投げかけるリノアを一瞬想像し、頭を振った。

「んなわけねえだろ馬鹿か。とにかく、余計な事せず国に帰れ」

「はいはい」


 教会に戻る道すがら、ふと思い出したように余計なことを言う。

「ああそうそう。リノアは俺のことを生命力削ってまで助けてくれたんだけど、君はそういう経験ある?」

「はぁ?」

 詰め寄ろうとするアレンを、現れたリノアが止める。心配して様子を見に来たのだ。

「こら!まったくもう、すぐカッとなるんだから」

 不満げなアレンの背を押しやって先に行かせる。

「すみません。あんなんでもそれほど悪い人じゃないので、許してあげてください」

「いえ、こちらこそすみません」


 少し迷って、リノアの背に呼びかける。

「リノアさん」

「はい?」

「......助かりました。ありがとう」

 静かな声で言われた感謝を、リノアは微笑んで受け取った。そして一歩近づいて小声で言う。

「......変なことを言うようですけど、”守ってくれてありがとう”」


 はっとして顔を上げると、リノアはもう先に行って、叱りながらアレンの隣を歩いている。それを見て細く息を吐き、力ない笑みを漏らした。

「......あぁ本当に。今回の任務は割に合わない」

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