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強引

 今日はとても天気がいい。こんな日は何もせずのんびりと日光浴するのもいいだろう。リノアは木々の葉の隙間から差し込む光を見上げ、目を細めた。

「おい!聞いているのか!」

「うるさ......」

 耳を突き抜けた怒鳴り声に顔をしかめる。何でこんな目に遭っているのだろう。リノアを囲むように立っている3人は先程知り合ったばかりの関係だ。廊下で囲まれ、なんだか分からないうちに人気のない所へ連れてこられた。逃げても良かったのだが、最近目立つことばかりしているので平穏に解決したかった。


「何も用が無いなら僕行っていい?多分友達が探してると思うから」

 突然いなくなってエドガーは困惑しているだろう。リノアの言葉を受けて彼らは目を見合わせる。こちらが全く怯えた様子が無いので勢いをそがれているのだろう。だが易々と帰す気はないらしい。脇を通り抜けようとするのを阻まれ、リノアはため息をつく。


「なんて態度だ。やはりお前は身の程をわきまえるべきだ!」

「平民の分際で、馬鹿にするのも大概にしろ!」

「少しは悪びれたらどうだ!」


「平民の、ってことは、あなた達は貴族?」

 尋ねると見て分からないのかと返される。

 分からないよ同じ制服なんだから。

「悪びれるってのはどういう意味?僕、君たちに何かした?」

「剣術の試合だ!忘れるな!手を抜いてもらったくせにあんな勝ち方をして恥ずかしくないのか」


 うーんと考える。手を抜いてもらった覚えはない。狡いやり方をしたのは認めるけれど、価値は勝ちだ。それを蒸し返して何の意味があるのだろう。あの時負けた人の友達が、やり返しに来たのか?

「つまり――逆恨みってこと?」

 口に出すと、目の前の男子の顔はみるみる怒りで赤く染まった。


「お前、この状況が分かっていないようだな。俺たちは魔術を使えるんだぞ。今度は水をかぶるだけじゃ済まない」

「水をかぶる......もしかして、中庭で水落としてきたのってあなた達?」

 てっきりユース達の仕業かと。


「せっかく魔術が使えるのに、こんなくだらないことに使うの?」

「くだらないだと?」

「うん。しょうもない虐めじゃなくて、もっと魔術でしかできない凄いことをやればいいのに。水かけるだけなんて、バケツがあれば僕にだってまねできるよ」

「ぺらぺらと減らず口を――」

 しかしばしゃっという音と共にその言葉は中断された。全員何が起こったのか分からず、ぽかんとする。ぺったりと張り付いた男子生徒の髪から、ぽたぽたと水のしずくが芝生に落ちた。


「な、なにが」

 続けて残りの二人にも水が降って来た。

「お前がやったのか!?」

「違う違う!僕、魔術使えないし!」

 確かに無事なのはリノアだけで、状況的にはリノアがやったように見えるがそんなことはありえない。


 戸惑う一同の所へ、誰かが走って来る。

「いた!やっと見つけたぞ!」

 それは先日中庭で出会った男子生徒だった。走ってきた彼は息を切らせつつリノアの肩を掴んだ。

「はー、はー、ちょっと待て息が」


 落ち着いた彼はまず周囲の状況に怪訝な顔をした。

「何、君たち。その歳で水遊び?」

「そんなわけないだろ!」

「分かってる。冗談に決まってるだろ」


 リノアは彼らが何者なのか教えた。

「この人たちはこの間の水かけ犯」

「こいつらが?よくもやってくれたな!」

 ばっしゃあと倍の水圧で彼らは芝生に倒れこんだ。そんな彼らを興味なさそうに一瞥してリノアの腕を引く。


「君を探していたんだ。一緒に来い」

「僕を?」

 ぐいぐい引っ張られてリノアはその場を後にする。渡り廊下まで戻ってくると、リノアを探すエドガーを見つけた。


「いた!どこ行ってたんだよルイス」

「ちょっと絡まれてて。この通り無事だから安心して」

「えぇ?絡まれたって誰に。ていうかその人は?」

「僕は魔術科一年のエルシャだ。君の友人を少し借りるよ」

「あ、ああ。どうぞ?」


 状況が呑み込めないままエドガーは了承し、リノアはまたどこかに引っ張られていく。

「えーと、エルシャ?とりあえずありがとう。ちゃんとお礼言ってなかったんだけど、あのとき荷物集めてくれて助かったよ」

 散り散りになっていたものがきっちり回収されていただけでなく、折れ曲がったり濡れた紙まで元通りになっていた。後でそれに気づき、きちんとお礼を言いたかったのだ。


「それは僕がやったんじゃない」

「え?でも他に誰が」

「君だろ」

 当然といった顔で言われ、困惑する。


「君と別れた後考えたんだ。もしかしたら君は、後天的に魔術の才に目覚めたタイプじゃないかってね」

「勘違いだと思うけど。というか僕をどこに連れて行くつもり?」

「魔術科の実験室」

「そんな科あったっけ」


 科は3つだけだと思っていたが。

「ほとんどの奴には関係ないからな。特に平民は魔術が使えないやつばかりだし、知らなくてもおかしくない」

 ここだ、と言って押し込まれた教室には先客がいた。


「ああ駄目だ!また薬効が消えてしまった」


 長髪の青年が何だか知らないが嘆いている。実験台の上には火にかけられた小鍋と液体の入ったビーカー、試験管、それから色とりどりの果物などがあった。ふと死んだような彼の目がこちらを見る。


「その子は?」

「クラスメイトになるかもしれない奴です」

「ほう。ようこそ魔術科へ」

「この人の勘違いですから、信じないでください」


 苦笑いで否定して、リノアはどこにいたものかと部屋の端に行く。エルシャは一旦実験室を出ていく。

 何をするんだろう。

 長髪の青年が疲れの見える顔で笑う。


「大変だねー。強引に連れてこられたんでしょ?」

「えっと、先輩ですよね?あの人に勘違いだって言ってくれませんか。僕が言っても無駄みたいなので」

「まあまあ、付き合ってあげて。見てて面白いし」

 魔術師ってみんなこんな感じなの?


「僕、次の授業があるんですよ。遅刻したらペナルティがあるんです」

「それなら大丈夫。エルシャがちゃんと説明するだろうから」

 彼が言ったところでなんだというのか。どういうことか分かっていないリノアに、青年がうつらうつらしながら言う。


「魔術科は特別待遇だからね。巻き込まれた生徒に、ペナルティは......っは!危ない危ない」

 鍋に頭を突っ込みそうになった青年は、頭を振って椅子に座り直した。ペナルティは無いと言いたかったのだろう。


 エルシャは分厚い本を抱えて戻って来た。

「初歩の魔術だ。何でも良いからやってみろ」

「いや無理」

「はあ?書いてある通りにやればいいだろ」

 何が難しいんだという顔をしているが、こちとら魔術初挑戦だ。無茶を言わないでほしい。


 とりあえず目を通してみる。第一段階の体内にある魔力を感じるという部分からさっぱり分からない。

「無いものは感じれないんだけど」

「あの時、魔術を使ったのは間違いなく君だ。無いはずはない。もっと集中しろ」

「えー」

 違うんだけどなぁと言い返しながら、渋々従う。


「火よ灯れ」

 何も起きない。

「水よ潤せ」

 全く何も起こらない。埃一つ動かなかった。


「どうしてだ?僕が間違ってるなんてそんなはず......」

 エルシャは眉を寄せて考え込む。


「いやまだだ。他にも試したい」

「もう帰りたいんだけど」

「駄目だ。僕が納得するまで付き合え」

 横暴だ。


 面倒に思ったとき、ぞろぞろと足音が聞こえて入口の方を見る。

「王立魔術団の方々だ。学園の図書館を使いに来たんだろう」

「えっ何で学園に」

「最近、古代魔術の研究をしているらしい。学園には持ち出し禁止の貴重な研究資料もあるから、わざわざ足を運んでるんだ」

「へぇ......」


 足音が遠ざかっていく。

「さあ、続きだ。片っ端から試してみよう」

 小難しそうな魔術書が広げられ、リノアは顔をしかめた。軽く読んでみるが、全く理解できない。どう考えても初心者向けではない。間違っても魔術経験ゼロの人間が気軽に試せるものではなかった。


「中庭で君が使ったのは複合魔術だった。簡単な魔術より複雑な方が逆に使いやすいのかもしれない」

「そんなわけあるか」

 頭が良すぎると逆に馬鹿になるのかもしれないな、とリノアは失礼なことを考えた。


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