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立ち聞き

 意外にも、リノアは教師に叱られなかった。むしろやればできるじゃないかと褒められたのだ。ただこれからは週1で放課後に補習をすると言い渡された。何故だ。怒っているならそう言えばいいのに。


 教室に戻ると、話したこともない女子生徒に囲まれた。

「ルイス君見てたよ!一人だけ勝ったなんてすごい!」

「ルイス君って強いんだね!見直しちゃった」

 4、5名の女子たちはそれぞれ授業で作ったというマフィンを渡してきた。女子生徒は剣術の代わりに裁縫や料理の授業を受けるらしい。ルイスにはそっちのほうが合っている気がする。


 恨めしそうな男子たちの目線から逃れて、貰った大量のマフィンを一旦ロッカーに入れる。

「モテモテだな」

「エドガー。正直困るよ。変に目立ちたくないのに」

「ははっ!あんな面白い試合しといて、それは嘘だろ~」

 それはそうなんだけども。あんな風になめられて負けるなんて我慢ならなかったのだ。


 はあ、まだ午前中だっていうのにくたびれた。次の授業は植物学か。

 荷物を持ってエドガーと教室を移動する。

「今日は別の通路から行こう。あの嫌味少年にまた絡まれそうだから」

「嫌味少年?あぁ、ユースのことか。名前覚えてなかったのかよ」

 エドガーはぷっと噴き出した。


「いつもあいつに怯えてたのに、いつの間にそんなに強くなったんだ?」

「別に、あんな奴大したことないって気づいただけ」

 リノアは笑ってごまかした。自分は虐めなどへでもないが、ルイスは違う。ビクビク生活する様子が容易に想像できた。しかも授業がエドガーと違うこともあるため、いつも助けてもらえるわけではない。

 ルイスが学園に戻ってもまた虐められないように、何か対策しないといけないな。


 急にエドガーが足を止めた。

「何?」

「しっ、あれってアレン先輩じゃないか?」

「え?」


 確かに前方にいるのはアレンだ。友人らしき男子3人と階段下で立ち話をしているようだ。

「怪しいな。この辺は空き教室とか資料室で、普段人が通らないんだ。秘密の話をするにはもってこいだと思わないか?」

 エドガーは好奇心丸出しで聞き耳を立てている。もう少しためらいとかは無いのか。抵抗を覚えつつも、アレンのことを知るためだと言い訳して、リノアも死角となる壁のかげに隠れた。



「ここんとこ何やってたんだよ?全然姿を見ないから、病気にでもなったんじゃないかって心配してたんだぜ」

「色々やることがあったもので。ご心配をおかけしました」

「そうかよ、ならいい。呼び出された理由は分かるか?」

「いやー、それがさっぱり」


 ピリピリした空気が伝わってくる。どう考えても友人と談笑なんて状況ではないが、アレンは場違いな態度を崩さない。


「お前に金を貸したよな。覚えてるか」

「今すぐ返せってことですか?俺は金額すら覚えてないんですけど」

「......俺は平民みたいにがめつくないんでね。今すぐとは言わない。だけどな、貸してからどれくらい経った?お前に返す気がないんだったらこっちも黙っていられねえ」

「もちろん返しますよ。ただ俺は貧しい平民です。だから真面目に働いて、少しずつ返します」


「またまたぁ。嘘つくんじゃねえよアレン」

 違う声だ。ダン!と壁を蹴るような音が聞こえた。

「知ってんだぜ。お前先輩以外にもあちこちで借金作ってたらしいじゃねえか。とても返しきれる額じゃねえ。なのに今もしれっと学園でお勉強していられるのは何でだ?」

「あちこちに頭を下げて返済を待ってもらってるんだよ。卒業後のことを思うと頭が痛い」

「返したんだろぉ!?どこからそんな金が湧いて出て来たんだよ!」


 彼らは初めからアレンの言葉が嘘だと決めてかかっているようだ。アレンはため息をついて言った。

「はぁ、もういい。面倒くさい。先輩、はっきり言うと俺は金を返す気が無いです。書面に残ってないものまで返していられませんよ」

 エドガーは目を丸くしているが、リノアは驚かなかった。

 まあ、大人しく従うわけがないよね。


「秘密も話すつもりがないんだな」

「秘密なんてないですって。大方、楽に大金を稼げる方法があるとでも思ってるんでしょうけど、そんなものないので真面目に働いてください。あ、貴族の先輩には無茶でしたね」

 相手の怒りがこちらまで伝わってくる。そんなに煽ってどうするつもりなのか。囲まれて袋叩きにされるのが目に見えている。リノアがどう助けに入ろうかと考えをめぐらす中、アレンの一言で空気が変わった。


「これを見てください」

「......写真?こいつらは」

「先輩と仲良しの女性たちです。これを先輩の婚約者さんに見せたらどうなるでしょうか。確か彼女の方が家格が上でしたっけ。婚約破棄になったらお家への資金援助もパーですね」

 彼はもう何も言えなくなっていた。残りの同級生たちも静かになり、一人が逃げ出すと後を追うように散り散りになっていった。


「もうこれきり、会うことがないといいですね。先輩」


 力のない足取りで最後の一人が去っていく。突然、こちらを向いたエドガーが慌てた様子で言う。

「こっちに来る。隠れないと」

 リノアとエドガーは咄嗟にそばの資料室に隠れた。


「行ったか?」

「多分」

 こわばった体から力が抜ける。エドガーは興奮した様子で言う。

「まさか先輩に借金があったなんてな。しかもあんな悪そうな奴らとつるんでるなんて」

 ロッドはアレンが悩みを抱えていたようだったと言っていた。それは借金のことだったのか?本人はまだ返済していないと言っているが、それにしては余裕過ぎる。たぶん嘘だ。一体どうやってお金を用意したのだろう。


 真面目に労働するアレンを想像していると、授業の開始を知らせる鐘が鳴った。

「うわっ!?まずい遅刻!」

「走れ走れ!」

 慎重に部屋を出て、二人は大急ぎで教室へ向かった。

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