突然の来訪
青空の下、洗濯物を干していたリノアはくうぅ、と伸びをする。
あー、気持ちいい。風も心地良いし、昼寝したくなるなぁ。
このごろ雨が続いていたこともあり、久しぶりの晴れに浮き立った気持ちになっていたが、それは午後の来訪者によって急降下することとなる。
コン、コンとノックが聞こえ、リノアは玄関に向かった。
「はーい。どなたですーーわっ!?」
何者かにタックルされ、よろめく。
強盗!?
咄嗟に花瓶に手を伸ばしたが、聞こえた情けない声に肩の力を抜いた。
「ただいまー、姉ちゃん」
「びっくりした。ルイスか」
ルイスは双子の弟である。数ヶ月前に王都の学園に入学している。
「学校はどうしたの?まさか退学!?」
「違うよ!一時帰宅の申請したの!」
「なんだ良かった。せっかく父さんが高い入学費払ってくれたんだし」
頑張ってるんだね、と言うとルイスは何やら浮かない顔をした。
「ちょうどクッキー焼いてたの。お茶でも飲みながら、学校のこと教えてよ」
「うん......」
オーブンを開けると、焼けた小麦の匂いが部屋に充満した。皿に移してテーブルの上に置く。
「さあ、召し上がれ」
それを見てルイスは目を丸くした。
「凄いよ姉ちゃん!焦げがだいぶ減ってる!」
凄いのハードルが低い気がするが、以前のリノアを知っている者にとって、これは本当に凄いことなのだ。以前が100%黒焦げとしたら、今日のクッキーは70%くらい。当然ながらほぼ焦げた味しかしないが、リノアはふふんと胸を張った。
「ルイスが勉強してる間、私も練習したんだよ」
「もしかして、好きな人ができたの?」
「いや全然」
なんだー、とルイスは肩を落とす。リノアはポットにお湯を注ぎながら、それで?と尋ねる。
「何があったの?」
「んー......訓練がきつくてさ。なんか僕ばっかりペナルティ受けるし」
「初めのうちはそういうものでしょ。みんな通る道だよ」
「そうなのかなぁ」
正直、ルイスの体格では訓練について行くことは難しいだろう。同年代の女子にも負けそうだ。それに加えて、ルイスの性格が問題だ。
「はあ、学校辞めたい。先輩怖いし、先生も鬼みたいだし、みんなガサツだし......」
ああ、この気弱さよ。
「僕もうやだよ!騎士になんかなりたくない!」
リノアは泣き言を言うルイスの頭を撫でて、静かに言い聞かせる。
「騎士が高給取りなのは知っているでしょう?騎士になれば、父さんと母さんに楽させてやれるんだよ」
「でも......」
「女の子にもモテるよ」
この言葉でやる気を出すと思ったが、反対にルイスは顔を青くした。
「いやだ!都会の女の子怖いよ!なんかギラギラしてて怖い!」
女の子にもビビるのか......。
しかし入学前は都会の女子との出会いを喜んでいたはずだが。向こうで一体何があったのやら。
「ルイスが夢を諦めたら、父さんが悲しむなぁ」
「僕の夢じゃないもん!騎士になるのは父さんの夢じゃん!」
くっ!ちょっと賢くなったな。
優しく宥めるだけでは無理と判断したリノアは、手法を変える。
「その歳でもんとか言うんじゃない!」
怒鳴られてルイスはびくりとし、縮こまってしまう。
「絶対に騎士になれって言ってるわけじゃないの。でも今のままじゃどこも雇ってくれないよ。だから学園で勉強して、知識でも筋肉でも、なんでも良いから力をつけなさい」
「......そうすれば、学校辞めても良い?」
「もちろん。やるだけやったなら仕方ないって、父さんも許してくれるよ」
ここで言う、やるだけやったとは卒業まで頑張るという意味だが、あえて言うことでもない。リノアがすべきことは、うまいこと丸め込んで王都へ送り返すことだ。
「そういや、学校にあ・い・つ・もいるでしょ?頼ったら良いじゃない」
するとルイスは何か思い出したような顔をした。
「言い忘れてたんだけど――」
「ただいまー!今そこで会ってねー。あ、ルイス帰ってきてる?」
「母さん、思ったこと一度に言わないでってば」
リノアは呆れながら玄関へ向かう。どうせご近所さんと会って、お茶する流れになったのだろう。
しかしそこにいたのは、予想外の人物だった。
「アレン」
呆然と名前を呟くと、彼は微笑んで言う。
「リノア。久しぶり」
明るい茶髪に、見慣れた軽薄そうな顔のこの男は、婚約者のアレンだ。
こいつも帰ってきてたのか......。