第1話 月は出ているか
「こちら宇宙船、……とにかく宇宙船。地上の、……お前ら、どうぞ?」
「こちら、名無し基地の『お前ら』より、感度良好。そちらの無名船、迷子になるなよ、良い子だからな。目を凝らしてこっちを見てるんだぞ、どうぞ」
俺は宇宙を駆け巡る選ばれし英雄である。こうして、ちょっと散歩がてらに宇宙に来てしまった俺であるが、その辺の事情とやらを説明しておこう。本来、超多忙で人気者の俺は、その人柄故にたった1人で宇宙船に乗り込み、現在、月を目指しているところである。
……おっと、勘違いしないでほしいのだが、確かに向かっている先は月で間違いないのだが、それは飽くまで寄り道のようなもので、最終的な目的地は火星である。
……おっと、勘違いしないでほしいのだが、別にこれから火星人になりに行こうって訳ではない。月からちょいと足を伸ばして火星見物をしようと思っているのだ。だが、どうせ何も無いところであることは先刻承知しているので、退屈しのぎに、ちょいと観測でもしようかなとも思っている。
序でに言えば、これは俺の予定に無かったことである。だが、どうしてもと頼まれては断れないのが俺である。二つ返事で快諾し、今こうして宇宙の星、期待の星として活躍しているところである。――あぁ、どこの誰に頼まれたのかって? それは国家秘密というものに抵触するらしく言うことは出来ないが、強いて言えば「偉い人」とだけ言っておこう。
ということで、困った時の救世主のごとく登場した俺だが、本業は運転手ではないので、宇宙船の操縦は……出来なくはないが、色々と面倒なので、その補佐としてコイツに任せている。コイツとはその辺でプカプカと浮かんでいる四角い顔をした「オリバー」というAIだ。外見は四角い、ただの箱のようなもので、各面にディスプレイが張り付いている……なんとも味気ない代物である。
「おい、オリバー。あとどのくらいで月に着くんだ? 言ってみろ」
「さあ、そのうち着くんじゃない」
「そのうちって……」
「あんた〜バカ〜? 目の前に見えているじゃないの。その目は節穴なの?」
「なんだとぉぉぉ!」
「あら、本当のことだったかしら。それはそれは」
オリバーという名前だが、中身は女性だという。だから優しく親切に接しろと自己紹介していたが、機械に男も女もあるものか。そもそもそういう設定にすること自体が間違っているだろう。機械は機械らしく人間に奉仕してこその機械だ。それが自己主張するとは100万年早いぞ、全く。
「オリバー、……ちゃん、様。到着時刻を教えてくれないか……ください」
「ふーむ、……教えてあげなくもないけどさ、……なんかこう、心がこもってないのよね〜、心がさ〜。人に頼むときは、……もっとさ〜、あれでしょう、ア・レ」
とうとう機械の分際を忘れ「人」と勘違いするまでに増長したオリバーだ。これは教育的指導が必要な状況かもしれない……いや、既に手遅れか。それではここで叩き壊してしまった方がコイツのためにも……いや、この先に面倒な操作である月面着陸が控えている。まあ、そのくらいは俺でも余裕だが、コイツに操縦を任せた以上、それを監督・監視する役目が俺にはある。よってその責務をオリバーに果たせさせなければならない。ここは「大人対応」を……いや、人間様対応してやるか、……。
「まもなく月の周回軌道に入るよ、覚悟して」
どうやら多少は仕事をする気になったらしいオリバーだ。きっと俺の思いがデーターとなって通信したのだろう。一応、やれば出来る子なんだが、全く。
月の周回軌道に入ったらクルッと反転し逆噴射で急ブレーキだ。このタイミングに失敗したら月に落ちるか宇宙の果てまで飛んで行くことになるだろう。オリバーだけでは心配でチビリそうだが、そこは任せた以上、やせ我慢しておく。
その次は月面基地(といっても地下空洞にある)に着陸、そこで火星行きの船に乗り換えてズドーンだ。――ところで、その基地だが、実は二番目の基地であり、一つ目は隕石の衝突で敢え無くオジャンになったそうだ。そんな話を聞くと不安で寝つきが悪くなりそうだが、長居はしないので大丈夫だろう。
「姿勢反転……完了。逆噴射まで2分34秒、カウントダウン開始、遺書を書くなら今のうちに」
どうしてこうもオリバーの口が悪いのか。それは、広大な宇宙で寂しくならないようにと人間らしくしたらしい。だが、必要以上にらしさを追求したのか、これではただの生意気な小娘なだけだ。もし男だったら殴ってやりたいところだが、せめてもの救いとして声がカワイイところだけは認めてやろう。
「逆噴射開始、48秒耐えろ。もしかしたら人生で一番長い48秒になるかも。祈るなら私に祈れ」
まるで神にでもなったような言いようだ。だがな、その神がしくじったとしても何とかするのが人間様だ。ちょいと計算が得意だからって調子に乗っていると足をすくわれるぞ、……と言っても、お前はただの箱だったな。それに合わせて言えば……自慢のチップが外れてショートするぞ、と。
ピーヒャラ・トコトコ……ガツンガツン・ゴトン……ポロリ。
「なんだっ! この音と振動は。答えろぉぉぉ、オリバァァァババァァァ」
肝心な時に壊れるのが機械というものだ。宇宙船はカクカク、窓からは急接近する月面、……それでもダンマリのオリバーだ。
思えば月面基地でマイケルとかいう奴が行方不明になり、その代替え要員として急遽、俺が派遣されることになった。というか、基地で迷子になるとは、どんだけ間抜けなんだ、と言いたい。――多分そいつは火星に行きたくなくて今頃は家に帰っているだろうと思うが(どうやって帰ったかは知らない)、そんなフザケタ理由がなければ、こんな目に合うこともなかっただろう、と、マイケルのニヤけた顔を想像しながらこの緊急時に思ってみたりした。
「ホンギャァァァァァ」
宇宙船は物の見事に、衝突というか落下というべきか、とにかく……である。
◇