ブランド服の殺人鬼(1)
「はい。ヤマガミです。」
光琉は電話を取った。
「助けて下さい。このままだと私は殺人犯にされてしまいます。」
電話の相手は中高生と思われる女子だった。声だけ聴くととても可愛らしい。
「分かりました。詳しくお話を伺いたいので、相談所までいらして下さいませんか。」
「若い女のようだな。」
小麦は欠伸をしながら言った。帯が緩んでいる。
「そうですよ。確か向こうの棚にお茶請けが残っていましたよね。練り羊羹が箱に半分は残っていたでしょう。取って頂けますか。」
「あれは私が全て食べたぞ。」
光琉は露骨に不満そうな顔になる。
「買ってから一週間と経っていないではありませんか。毎日おやつを食べていたのに。食べ過ぎですよ。」
「文句を言うな。どうせ私の金で買っておるのだ。それに一週間で食べたのではない。買ったその日に食べ尽くしたぞ。」
小麦は言うだけ言って奥の部屋に引っ込む。
「威張らないで下さい。どうするのですか。お客さんが来ますよ。久々に。」
「買ってくれば良いだろう。ついでに私の分も買え。」
小麦は奥から大声で返事する。
「僕は食べないから、良し悪しが分からないのですよ。小麦様もいつも僕の買い物が下手だと言っているではありませんか。何でもいいですから、好きな物を買ってきて下さいよ。」
障子が少しだけ開いた。小麦が手を差し出す。
「面倒だな。余分に金を寄越せ。」
「甘いものは程々になさって下さいね。あと、帯はもっときちんと縛って下さい。」
光琉は掃除を始めた。元から綺麗にしてあるが、念のためだ。掃除の後は、鏡の前で髪をとかす。準備は整った。
ピンポーン。玄関でチャイムが鳴った。光琉は急いで玄関に向かい、にこやかにドアを開けた。
「はい。」
見慣れた金の目がヌッと現れ、光琉は失望を露わにする。
「浅ましい男だ。依頼人でなくて残念だったな。」
小麦は乾いた笑い声を立てる。
「そんなことはありませんよ。それで?何を買っていらしたので?」
小麦が取り出したのはシュークリームだった。
「シュークリームですか。美味しそうですね。」
「ただのシュークリームではないぞ。期間限定の苺味だ。」
小麦は得意げに言った。
「それで、他には何を買っていらしたのですか?」
「他…?」
光琉は大慌てで小麦の持っている袋を確認した。シュークリームで埋め尽くされている。
「こんなに買ってどうなさるおつもりですか。日持ちしないというのに。勿体ないことをなさらないで下さい。」
「簡単なことだ。今日中に食べ尽くせばよい。」
光琉は小麦に買い物を任せたことを後悔した。
ピンポーン。再びチャイムが鳴ったので、説教はお預けとなった。ドアを開けると、そこには黒髪をおさげにして、分厚いレンズの眼鏡を掛けた少女が立っていた。格好こそ地味だが、目鼻立ちが整っている。化粧をすれば化けるな。
「ヤマガミさんですか。」
「そうです。どうぞ中へ。僕はヤマガミの所長、長谷川光琉と申します。」
少女は座布団に座る。光琉は緑茶とシュークリームを持ってきた。