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ビットタウンの住人

作者: ユニ

 45歳、期間工、独身男。

 彼女なんてもちろん居たことが無い。

 高卒ですぐに働きだし実家とも疎遠だ。


 朝4時30。

 四畳半の小さなベッドで目をさます。

 窓の外はまだ夜が広がっている。


 みかん1個をつべの動画をみながら食べる。

 車中泊の動画がお気に入りだ。

 特に台風や雪の中の車中泊動画は楽しい。


 小さな部屋を出て24時間シャワールームでひげそり、歯磨きまですませる。

 毎日、寮と工場を行き来するワンパターンな生活。

 だが、今日だけは特別な日。

 仕事終わりが楽しみだ。


 朝5時55分。

 寮の前についたバスに乗り工場へと向かう。

 制服に着替え待機。


 朝6時20分。

 ラジオ体操の時間だ。

 まわりの連中は適当にやっているが俺はけっこう真面目にやっている。

 

 朝6時25分。

 仕事開始。

 毎日決まった動きを繰り返すだけ。

 20年以上繰り返しているので、もはや空気を吸うのと変わらない無意識化の作業だ。


 昼12時。

 食堂で日替わり定食を食べる。

 今日のメニューは、ごはん、味噌汁、生姜焼きと冷奴。

 特別うまいわけじゃないが、これで十分だ。

 

 夕方4時30分。

 バスで寮に帰る。

 ここからは自由時間。

 俺は部屋にすぐ戻り、つべの動画やネトフリでアニメやドラマ、映画を観てすごす。

 だが、今日は特別な日。

 俺は寮から歩いて出た。


 若いやつらはこぞって外に飲みに出かけている。

 今日は金曜日なのでいつも以上に出かける奴らが多い。

 今日は特別な日。

 給料日だからな。


「いたっ!」

「おいおい、おっさんどこに目つけてんだよ」


 コンビニに入った所でスーツ姿の若者にぶつかってしまった。

 向かって来るのでできるだけ端に寄ったのだが、スーツの若者は彼女らしい少しケバい女と並んで歩いて来たので避けきれなかった。


「す、すいません」

「ったく、みすぼらしい服でオレにぶつかってきて貧乏うつったらどうするんだよ!」


 彼女の手前なのか、どちらかと言うと俺は悪くないのに若者はイキってきた。


「ちょっと、そんなの相手にしないでよ」


 ケバい女は、まるで汚い物を見るかのように言った。


「大変申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる。


「チッ! 気ぃつけろよ!」


 若者は俺の下げた頭を上から小突くと出ていった。

 俺はくだらない事でつまずくわけにはいかない。

 どんな事でも耐えられる。

 いつもの儀式。

 今月も給与は、ほぼ30万円。

 コンビニのレジで給与の大半25万円を支払う。

 ネットバンクでの振り込みやクレジットカードでも支払えるのだが、あえてこの方法を取る。

 神聖な儀式なのだ。


 夕方6時。

 外から戻ってきて食堂で夕食をいただく。

 今日はハンバーグ定食。

 ごはん、味噌汁、サラダ、ハンバーグ、酢の物。

 十分な量だし味もまあまあだ。


 コンビニで、あんな事があったからか嫌な事を思い出す。

 10年前、35歳の頃だったか、高校の同窓会の招待状が来ていた。

 人並みに好きな女の子も居たし、何より初めてもらった招待だったので嬉しくて参加した。

 

「おー。よく来たな」


 クラスでリーダー格だった奴が声をかけてきた。

 なぜか、全員こちらを見てクスクス笑っている。


「お前、今、仕事なにやってるの?」

「ああ、自動車関連で……」

「おっ! 奇遇だな。オレも自動車関係。大学出てから総合職で今や課長だよ」


 全員、更に笑い声が大きくなっている。


「仕事場、どこなんだ?」

「えーっと、高校の近くの工場で……」

「おお! 奇遇じゃん! オレのつとめる会社の自動車工場じゃないか。なんだ、期間工やってんのか」


 その瞬間、クラスの奴らが爆笑した。

 

「いやー、みんな大学出て一流企業や公務員になったのに、1人だけ高卒で何やってるかと思って心配してたんだよ。期間工員のリスト見てお前の名前見つけた時は驚いたよ」


 こいつ、馬鹿にするために今日、オレを呼んだんだ。


 あの日の事を思い出すと悔しくてたまらない。

 だが、俺は、こんな事で自分の意志を曲げることは出来ない。


 夕食を終えて部屋に戻り月に一度の神聖な儀式を行う。

 現在の価格、3、711、372円。

 25万円で買えるのは0.067ビット。

 以前に比べるとだいぶ少ない。

 

 ビットコインを知ったのは今から6年前。

 下手な売り買いで損もした。

 そして、たどりついたのがドルコスト平均法。

 ただ、ひたすら毎月25日に買う。

 それを長期つづけるだけなのだ。


 現在の所有するビットコインは20BTC。

 1億近い金額になる。

 まさか、ここまで増えるとは思わなかった。

 だが、まだまだ、これで終わりではない。

 可能な限り今の変わらない生活をつづけビットコインを買い続ける。

 世界経済崩壊のその時まで。


 それに俺の今の仕事は、金属加工にはかかせない技術だ。

 世界経済崩壊後の世界では必ず価値のある仕事になるだろう。

 今、俺の仕事を馬鹿にする奴ら。

 いや、今の世の中は料理人から職人まで人々の生活を支える仕事がバカにされ、インターネットで簡単に儲けたりする事や一流企業に所属することが正しいとされている。

 こんな世界が続くわけは無い。



---



 2022年。

 新興国の通貨が不安定になった。

 この時は、まだ日本では対岸の火事であった。


 2025年。

 ドルがハイパーインフレを起こし全世界の法定通貨が信用を失った。


 2028年。

 日本は南海トラフ地震により壊滅的なダメージを受ける。

 法定通貨が消滅する直前。

 1BTCは1兆円の価値をつけた。


 そして、2040年。

 俺の乗った防弾車が城壁の前に到着すると門がゆっくりとひらいていく。

 その時、防弾車の窓を叩く音が響いた。

 窓の外を見ると何かさけんでいる。


「おい! 0.01ビットでもいい。ゆずってくれ!」

 

 よく見ると同窓会で俺を馬鹿にした奴だ。

 ずいぶんとみすぼらしい姿になっている。

 門がひらくと車はゆっくりと進んだ。

 アイツは警備兵により排除された。


 アメリカで最初に出来た施設は、いつしかビットタウンと呼ばれるようになった。

 各国、核シェルターを改良し、中は豪華客船のようになっていて食事から娯楽まで困ることは無い。

 ビットタウンの居住条件は所有ビットコイン1BTC以上。

 0.28BTCの所有でさえ世界人口の上位1%。

 俺の所有するビットコインは22BTC。

 世界人口の上位0.0001%には入っているようだ。


「なぜ、わざわざ危険な外の工場に行って未だに作業するのですか?」


 運転手が珍しく話しかけてきた。


「あの機械を操作できる人間が少ないからね。このビットタウンを支える機械の部品の1つにしかすぎないが、絶対に無くなってはいけない物だ」

「あなたほどの方なら誰かに依頼することもできるでしょう」

「そう上手くもいかないんだよ。私のように30年以上の経験ある人間は、ほとんど居ないしね。それに以前の世界での失敗を繰り返さないためさ」

「失敗とは?」

「コツコツ積み上げる事を馬鹿にし、世の中に必要不可欠な仕事が馬鹿にされ安く扱われる失敗さ」

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