僕の彼女に縁談が来なかった理由
後半には続きました。
後、今回結構汚い表現がありますので食事中の方は一旦読むのを保留したほうがいいと思います。
決闘場。というより、恐らくは修練場。
高位貴族になると、こういう所もあるんだなあと僕は感心しました。
「オイ、呆けてる暇はないぞ」
「……あの、すいません。一言よろしいでしょうか?」
目の前の軍務大臣に発言許可を求める。これすら許されなかったら、流石につらいが――
「いいだろう」
「せめて、真剣で戦うのはやめにしませんか?」
周囲からヤジが飛ぶが、最早構うもんか。僕が渡されたのは銀に輝く真剣。流石に、ガチの殺し合いは辛い。というか、一応堅気の人間なんでヤクザの論理で動かさせないでほしい。
「……はあ」
あれっ。僕なんか変なこと言った? 憐れみの目は何なのか気になる。
「死ぬことは無いから安心しろ」
「アッハイ」
「貴様が剣に慣れていないのはわかる。だから、どんな手を使ってもいいぞ」
「アリガトウゴザイマス」
自分でも死んだ魚、否腐って数週間経った魚のような目をしているのがわかる。
だが、これは本格的に覚悟を決めなければいけないだろう。
嘘です。逃げたいです。
「ノエル様、頑張って!」
後ろを見ると、スプリングさんが笑いかけてくる。うん、有難いし嬉しいけど、代わりに舎弟、もとい護衛の方々からの刺すような視線がますます痛くなる。気づいてないだけで、僕、実は血が体中から出てるんじゃないだろうか。
「さて、そろそろ処刑を始めようか」
とうとう処刑って言われちゃったよ。
死にたい。
死にたくないけど。
◇
軍務大臣は右肩上に剣を構えている。それがどういう意味かは分からないけど、とにかく何かヤバいということはわかる。
考えろ、何か必勝の手立てがないか考えろ、僕……!
「さっさとかかってこんか」
「ひっ」
ダメだ、今ので完全に色々吹き飛んだ。仕方ない、斯くなる上は――
「と、突撃じゃああああ!」
剣を大上段に振りかぶり、そのまま軍務大臣の方へと走り出す。だが、彼は全くと言って良いほど動こうとしない。
――なにか、おかしい。
もしかすると、その迷いが命取りだったのかもしれない。
「貴様、頭悪いだろ」
アレ、これどっかで言われたような――。
そう考えていると、銀の閃光が目の前を通り過ぎる。そして、何かが折れて地面に落下する音が聞こえる。つまり――
「折れたぁ!?」
足元には無残にも根元から真っ二つになった僕の剣があった。いや、おかしいだろ。剣が折れるって、こんなの絶対おかしいよ。
そして、情け容赦のないアッパーが僕の顎を襲う。。
「……どれだけ阿保なんだと思っていたが、ここまでとはな」
剣を持って、僕を見下ろす軍務大臣。最早、声も出ずに後ずさるしかない。そんな僕を見て彼は剣を改めて構えなおす。
「貴様ら、覚悟しろ。もう終わりだ」
「……」
待て。貴様ら、だと? なぜに複数形?
「メアリーも貴族の約束、そして貞淑の誓いを破った。間男共々殺してくれるわ」
元はと言えば僕が悪いのだろう。でも、それは僕一人が責任取ればいい話で、スプリングさんを巻き込むべきではない。けれど、これ以上軍務大臣に何かを言っても聞いてくれないだろう。
ならば。僕は、僕は――
「うああああっわああああ!!」
剣も何もないから、突進を繰り出す。でも、当然そんなものとっくに見切られているわけで。
「弱いことは斯くも悲しい……」
「が、はっ」
腹に鈍い痛み。ジワリ、と広がる痛みと色々抜け出す感覚。
「ほう? 根性だけはあるか。だが、これでとどめだ」
「……いや、ちょっと待ってください」
「待つわけないだろうが」
いや、ここで待ってもらわないと、待ってもらわないと……
「おえええええええ」
胃液やら昼に食ったサンドイッチ。それらが混ざり合った酸っぱく腐臭のする黄色い液体が先ほどまで押しとどめていた緊張という名の堰を切って、軍務大臣に容赦なく振りかかる。
「……す、すいません」
吐瀉物を吐き掛けられ茫然としている軍務大臣に声をかけ、一瞬だけ恐る恐る周囲を見る。
うん、予想していたけどスプリングさんも両手で口を隠して、ドン引きしている。
「ま、まあ。ちょっと清掃入れて……」
現実に戻ってきたらしい軍務大臣。流石に、状況が状況だけにあの張り詰めていた空気は無くなっていた。
だが、しかし。
「隙ありい!」
僕は彼の剣をひったくって、首元に突き付ける。
「ああ!?」
「せこいぞ!!」
「人間の屑が、この野郎……」
せこいと言われようと、汚いと言われようと構うものか。どんな手を使ってもいいと言ってきたのは軍務大臣だ。
勝てばよかろうなのだ。
「……と、とりあえず。しょ、勝負ありだと思うので、降参してくれませんか」
「……」
怖い。さっきから軍務大臣がバジリスクも斯くやという目で此方を見てくる。
だが、暫くして彼の眉間の皺は薄くなり、笑顔を浮かべる。
「いいだろう。交際を認めてやる」
「そ、それは」
思わず声が上ずる。
「だが、このワシを侮辱した罪は重い」
「えっ」
般若のような顔になる。
――気づくと。
僕は剣を叩き落とされ、許しを乞うているにも関わらず四の字固めを極められていた。
そして。
最後にバックドロップを極められたところで、僕の意識は途切れた。
◇
「知らない天井だ」
目が覚めると、そこはオレンジ色の明かりが差し込む豪奢な部屋の中だった。体を動かしてみる。幸い、折れたところは無いようだが、どうにも節々が痛んで動きづらい。
「……スプリングさんとか近くにいないかな」
「ああ、いるぞ」
「ひいぃ!」
確かにスプリングさんはいた。但し、父親、つまりは軍務大臣の方だが。
「貴様。流石に失礼すぎないか。まあ、それはともかく合格だ。ひとまず交際を認めてやる」
「いいんですか? その、向う様の婚約者とかの問題も含めて……」
「お前が口出しする問題ではないわ」
煙草をふかしながら話す軍務大臣。一応怪我人が目の前にいるのに、煙らすとはこれ如何に。
「……まあ、変な誤解があっても困るからな。一つ説明しておくと、アレは嘘だ」
「えっ」
曰く軍務大臣がスプリングさんを守れるかテストするための決闘として考えた口実らしい。
「まあ、娘はそんなものいらないって言っていたけど」
「なぜ、あんなことをやったのですか?」
思わず非難めいた口調になってしまう。
「最近、王太子とその周辺がきな臭いのは知っているな?」
「……はい」
軍務大臣は煙草の火を消して、心底憂鬱そうに話す。王太子と公爵令嬢の婚約問題がこじれていることを言っているのだろう。
「宮中はここ十年近く教会も巻き込んで血腥い暗闘が続いている。下手すれば内戦になりかねない」
そして、その時一番割を食うのは軍とその長たる軍務大臣。ここまで来て、僕はスプリングさんが婚約を結んでいなかった真の理由が分かった。
「そんなことに娘を巻き込むわけにはいかない。適当な田舎貴族にくれてやって、平和なところでのんびりさせてやりたい」
きっと、そのことをスプリングさんは知っていた。だから、僕の実家の場所を聞いて交際を一発で認めてくれたのだろう。
「だが、万が一ということがある。だから、ワシはお前を試さなければならなかった。もう一つ娘を奪う男を殴らなきゃ気が済まんというのもあったがな」
「真剣で戦うことになったうえに、吐く羽目になったのは予想外でしたけどね」
ジト目で話す僕をまるで信じられないものを見てくる軍務大臣。信じられないのはこちらなんですけどね。
「お前、アレは木刀に銀箔を貼っただけのものだぞ」
今にして思えば、確かに剣はかなり重いと聞く。それなのに僕が振るえたり、簡単に折れてしまったのは、まあそう言うことなのだろう。
だが、僕は一つ言いたい。
なんでわざわざそんな面倒なもの使ってるんですかね。
「吐いたことに関しては……娘、卒倒しかけていたぞ」
「えっ」
その時、ドアがノックされる。軍務大臣は少し寂しそうに、立ち上がる。
「さて行くか。さっきはすまなかったな」
「はい」
代わりに入ってきたのは――
「大丈夫!?」
スプリングさんだった。
彼女は、らしからぬどたどたという足音を立てて僕に抱き着いてくる。柔らかい。
「怪我はない? 大丈夫? 死んでない? 死んでいるなら、私も天国行くわ!!」
「息が出来ないです、スプリングさん」
正直スプリングさんと一緒なら死んでもいいけど。
「……慌てすぎたわ。ごめんなさい」
そう言って、スプリングさんは離れる。
視界が開ける。その時、僕が見たのはドアから出ようかどうか迷いながら、寂しそうに笑う軍務大臣の姿だった。
「あの……」
その言葉に一瞬軍務大臣はこちらを向くが、そのまま何も言わずに出て行った。
「どうしたの?」
「……いえ、何でもありません」
多分、軍務大臣はあれからまた煙草を吸うのだろう。一人で。
それを邪魔するのは僕には無粋なことのように思われた。
「それより、その、無茶苦茶なことを要求してごめんね。まさか、お父様がここまでやるとは思ってなかったから……」
「何か、いつもと性格違いません?」
僕はいつも揶揄われていることの意趣返しとばかりに少しおちょくる。スプリングさんは、けれど、悪いことをやったら謝るのは当然でしょと返してくる。つまらない。
「……まあ、真面目なことを言うと。いつかは僕と軍務大臣は殴り合うのが決まっていたんだと思います」
何となくだけど、それがいつだとしても彼はああいう方法を敢えて選んでいたのだろう。
「ぶっちゃけ、かなりかっこ悪いところを見せてしまったなあと。しかも、スプリングさんに心配までかけさせてしまって……。申し訳ないです」
吐いたところ以外もそうだけど、考えてみると全てがダサかったな。あそこは圧倒的な力で相手をねじ伏せられたりしたら、かっこいいんだろうな。
けれど、スプリングさんは目を白黒させる。
「何言っているの? ダサい訳ないじゃない」
「え?」
「サイコパスっぽい言い方だけど、自分のために戦っているのに対してダサいって……失礼でしょ」
それを聞いて、僕は前々から――それこそ、付き合い始めた頃から持ち続けている――疑問を口に出すことを決める。
「スプリングさん。スプリングさんは僕が本当に好きなんですか?」
「当然でしょ」
まるで、何でもないことかのように話す。本当にそういう所ずるいと思うと同時に少し羨ましくも感じる。
「――なら、スプリングさん。僕の何が気に入ったんですか。ほら、僕って男らしくもないし、せこくて、頭も悪いじゃないですか。そんな僕の、何が気に入ったんですか」
軍務大臣からの話を突き合せると、彼女が付き合ってくれたのは僕自身の素質じゃなくて実家のおかげによる部分が大きい。
「そうねえ」
そんな僕をよそに、スプリングさんは顎に人差し指を当てて首を傾げる。
「全部、かな」
思いがけない答えに僕は口がふさがらない。けれど、気を取り直して次の言葉を口に出す。
「……吐いちゃったところとかも?」
「そういうダサくて、でも本当に大事な時は必死になれる姿が一番かっこいいんじゃない」
スプリングさんは頬を少し赤らめていた。
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそね」
きっと、僕は夜の月のように穏やかな笑みを浮かべているのだろう。
かなりテンプレートから外れた小説でしたが、如何でしたでしょうか?
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