人生とレコードとオルゴール
8話目です!
人生に悩む女子高校生の話です。
レコードの表面には、クレーターのように凹みがある。それと同じように、私たちの人生にも凹みというものが存在する。歩む前は平らだった道に、ポコポコと穴ができていって、私たちはその穴を通って苦しんで、人生という音色を奏でていく。苦痛は人生を成功へと導く糧になる、なんて偉そうな声を私はよく耳にする。確かに一度乗り越えてしまった苦しみは、達成感という小気味良いメロディーを残すだけだ。
しかし、凹みを前にし続ける人生というのも、耐え難いものがある。凹みを通るたびに、レコードの針は揺れるのだ。もし、ある穴で針が止まってしまったら、どうだろう。穴から動き出せても、再び次の穴で止まることもあろう。人生の停滞は、そこかしこに待ち受けている。
私の人生は、凹みが多いものだった。レコードから流れ出るクラシックを聴いて育った小さなころは、自分もあんな音色を出せるのだと信じていた。小学校に上がったころ、バイオリンを習い始めた。弓がぎこちなく擦れるノイズが、ちゃんとした音楽に進化するたびに幸せを感じたのは、最初だけの話である。バイオリンを習えるだけの裕福さというのは、羨望から嫉妬へと変わる。お金があることを隠して生きるようになったのは、いつからだろう。そして、隠しているうちに、本当に家からお金がなくなってしまうなんて、思いもしなかった。楽器のメンテナンスに、レッスン代。かさむ出費をなんとか賄いながら続けてきたバイオリンも、スランプに陥ってしまった。私はそんなに上手くない。井の中の蛙が大海を知ったのは、中学生になったあたりだった。
今日も、高校の授業が終わる。チャイムがなって、先生が謝りながらちょっとだけ延長をして、礼をして。また部活に向かわなくてはいけない。両親は昔の貯金があるからと、私を中高一貫の私立に入れてくれた。とはいっても、お金持ちばかりの煌びやかな学校ではなく、質実剛健な進学校なのであった。それでも、幼少期から楽器をやってきた生徒は多く、管弦楽団なんて立派な名前を掲げた部活も有名だった。この管弦楽団が私の悩みの種である。
最高学年になって、コンマスに立候補した私は見事に落選してしまい、絶望に浸っているのだ。コンマスとは、コンサートマスターの略で、普通は第一バイオリンの首席演奏者が就く。進学校の部活で一番になれないとは、私の音楽もそれまでだな、と厭世歌が頭の中でループする。コンサートで活躍する私を見たら、中学の頃から恋をしているあの彼も振り向いてくれるかも、なんて妄想が恥ずかしい。穴があったら入りたい。いや、絶賛人生の穴にハマり中なのだが。
「人生、どうにかならないものかなあ」
修学旅行初日の楽しい雰囲気に包まれたバスの中で私は、腹の底からため息交じりに出た愚痴を、親友にぶちまけた。親友は管弦楽団の部長でありながら、演劇部と兼部しているという、たくましくて自由なやつだった。兼部というよりかは裏方の手伝いらしいが、部長が兼部だなんて前代未聞である。しかし、行き詰まっていた私には、その自由さが闇に差した光に見えた。
「私も人生苦しいよ。でも、苦しさと向き合うのが人間の精神だし、それなら私は自分のなすべきことをし続けるだけだと思う。なすべきだと思ったら、苦しいことも、目標への修行って捉えられる」
バスは、最初の目的地に着いた。そこは、オルゴール館だった。私は親友と、古今東西のオルゴールを見て回った。親友は、自分の発見を、私に諭すように告げた。
「ねえ、見て。オルゴールって、人生みたいだと思わない。平坦な修行の人生に、ときおり出っ張りがやってくる。その出っ張りは、そのときそのときの幸せの頂点で、素敵な音を奏でてくれる。まるで、毎日のご褒美みたいに」
人生は、オルゴールだったのだ。レコードでは、なかったのだ。
私は、つい理想の生活を基準にして、毎日の辛さを、毎日の凹みを嘆く人生を送ってしまっていた。しかし、平凡な生活を基準にして、毎日の幸せを、毎日の出っ張りを喜ぶ人生にすれば、日々は美しい音楽に満ち満ちてくるのである。それに気付かせてくれた親友は、私の人生のサビを構成する大事な音に違いなかった。最高の音に決まっていた。
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