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声と不死鳥とアドレセンス

7話目です!今日で一週間が経ちました!まだまだ投稿を続けます!


自分の長所がアイデンティティになるか悩む男子中学生たちの話です。

  朝もや分けて 光射すとき 大地が割れ砕け

  燃えつきた灰の中から よみがえる生命



 夏の陽射しを一身に受けて、赤いセダンが首都高速湾岸線をひた走る。車内には、スマップの新曲を聴く両親と、チャイルドシートに座る僕の、合わせて三人が居る。今日は幕張のコストコへ、買い出しがてらドライブだ。これがおそらく、僕の最初の記憶である。その翌年、幼稚園で、例の歌を歌うことになったことも覚えている。ドラマの主題歌になってヒットした、『世界に一つだけの花』という歌だ。聴き慣れていたものだから得意げに歌い上げてみたら、先生に「お歌が上手ね」と褒められた。僕の将来の夢は、そのときから一貫して歌手だった。


   *  *


 体育祭に、文化祭。中学校の目玉の行事なんて高が知れているが、うちの中学は少し特殊で、9月の「北中祭」が一大イベントだ。北中祭は体育祭でも文化祭でもない。元々は、夏の大会で消化不良あるいは燃え尽きに終わった三年生を受験へとシームレスに導くために作られたものだという。チーム戦の「サッカー」、個人戦の「水泳」、文化系の「合唱」の3つの「大会」をクラス対抗で行い、そのままクラス一丸となって受験も乗り越えるぞという、何とも馬鹿らしい行事なのだ。それでも、僕たち北中生にとっては人生のすべてのように感じられる行事である。今日も阿呆な奴が、サッカーで決勝点を挙げて告白してやる、なんて阿呆なことを息巻いている。まだ夏休みすら始まっていないのに。僕は全国大会も、北中祭も、勝つ気でいる。


 「お前もそう思うだろ」


 大親友で水泳部の織井に尋ねてみたら、織井は全力で首肯してくれた。


   *  *


 二学期の始業式、体育館はまだまだ蒸し暑かったけれど、僕の夏は終わっていた。八月下旬の予選で負けた僕は、その他大勢、の北中生の一人として、ただ北中祭を待つだけの人となっていた。そんな僕とは対照的に、織井の周りにはミーハーどものスクラムができていた。彼は、僕が負けた日、京都で全国を戦っていたらしい。身近にいた奴がすごい奴だったとは。漫画の脇役というのは、いつもこんな気分なのだろう。


 教室に戻ると、北中祭の役割決めが始まった。僕は合唱チームのキャプテンとして、クラスの半分のリーダーとなった。音楽歴は今年で何年ですか、ズバリカラオケで一番点数が出る歌手は誰でしょうか、なんてジャーナリストを気取って調査をしながら、全員のパートを割り振っていく。そして課題曲の楽譜を渡して、音取りに移る。


 サビに差し掛かる。ラソーソソー、ドシーシシー、ファレ……レレー。あれ。


 「ごめん。俺がかすれちゃったわ」


 大会で負けて以来歌っていなかったからか、今日は少し調子が良くなかった。とはいえ、このくらいの不調はよくある話である。歌っていれば治る範疇のものだ。


 「みんなお疲れ。始業式で部活もないし、この後カラオケ行こうぜ」


 僕は、友達を誘って駅前に繰り出した。


 ゆずに、ミーシャに、スーパーフライ。高音を気持ちよく出すことは、そのままストレス発散に繋がる。元々地声は高い方だし、ノリに任せて拳を突き上げれば、ちょっと厳しい高さの音も出る。今日は流行りのセカオワも歌ってみよう。


 ブランクで喉が拗ねてしまったのか、今日は本調子になるのが遅い。なにより、セカオワの「ラ」で躓くような僕ではなかったのだ。そんな僕に、友人が笑いながら声をかける。


 「お前さ、遂に声変りが来たんじゃないの」


   *  *


 存在を知らなかったわけではないし、むしろ中三の夏ともなると友達のほぼ全員が声変りを済ませていた。僕も、体付きが男っぽくなってきていて、そろそろだとは思っていた。でも、今来るとは認めたくなかった。北中祭が台無しだ。いや、希望はある。声変りといっても、所詮は高音が出なくなるだけだ。低い声は、むしろ出やすくなるわけだし。今から低音のパートに移れば済む話である。


 「おっ『桜坂』かあ。低い曲いれるの珍しいな。」


 それから数十秒後。僕の声は、低音も拒んだ。


   *  *


 家に帰った僕は、大慌てでパソコンを開いた。


   中学生男子 声変り 歌


 検索窓にドラマのハッカーも顔負けのスピードで打ち込んでいく。「歌えない」「声が出ない」「歌いすぎて変声に失敗」ネガティブな言葉ばかり目に止まる。でも僕はめげないのだ。二時間半、ひとしきり波に乗った僕の結果はこうだった。


   *  *


 「『声変りが終わったら練習次第で再び高音を出せるようにもなりますが、声変り中は声が安定しません。変化が落ち着くまで、人によっては数ヶ月かかります。』だってさ。織井ぃ」


 僕は全国区の大親友に泣きついた。


 全国レベルの彼なら的確なアドバイスをくれるに違いない。そんな煽りも混じった眼差しを向けると、意を汲んでくださった、優しい彼はこう答えた。


 「伴奏に指揮。メンバーを客観的に見られるポジションがそこにはあるぞ、キャプテン」


 昔から歌、歌、歌で来た僕には完全に盲点だった。意外な最適解に、僕の気持ちは一息に緩んだ。合唱にキャプテンってなんだよ。そんなツッコミを入れる余裕も生まれた。


   *  *


 生憎の曇天を破るようなファンファーレと、それに続いて空を揺らす実行委員の掛け声とが、耳をつん裂く。北中祭の始まりだ。僕たちは教室で最後のリハーサルを始めた。


 午後になって、いよいよ合唱の時間である。個人戦を終えた織井も、僕たちの歌を聴きに来るはずだ。とは言っても、僕は伴奏なのだけども。初めは真ん中のドからスラーでラに繋げ、左手はファラド、ミソド。6小節目から、ソプラノとバスが入る。あれ、ちょっと待て。織井が泣いている。


   *  *


 俺は全国大会に進出した。その余韻が、ここ一ヶ月抜けなかった。別に全国で優勝したわけでもない。でも、織井悠彰という名前が全国のパンフレットに載っているのを見たときから、俺は優れた人間なのだという自信が、身体のあらゆる部分から湧き上がってくる。


 そんな油断が原因だったのは、火を見るよりも明らかだ。まさか、北中祭の個人戦で負けるとは。しかも、ターンでフォームを崩すなんて、小学生かよ。このレベルでは、全国優勝なんて夢のまた夢。昨日授業でやった「デフレスパイラル」が頭をよぎる。俺もこのまま負の連鎖に巻き込まれて、「クラスでちょっと泳げるやつ」くらいになって行くのかもしれない。


 あれこれ悪いことばかり考えてしまって、体育館に着くころには、俺は泣いていた。声が出なくなった時のアイツも、こんな気分だったのだろうか。そうだとしたら、俺は随分と適当なアドバイスをしてしまったのかもしれない。


 課題曲が始まった。曲名は『フェニックス』というらしい。どんな曲なのだろう。アイツの伴奏が始まる。



  朝もや分けて 光射すとき 大地が割れ砕け

  燃えつきた灰の中から よみがえる生命



 なんとドンピシャな歌だろうか。四声が俺に甦れと呼びかけてくるような、錯覚に陥る。俺の中にネジを巻いていた負の螺旋が、逆方向に回って行くのを感じる。



  おお フェニックス フェニックス

  フェニックス 時を超え



 サビの「フェニックス」で少し笑いが起こった体育館で、俺はひとり、唇を噛み締めていた。少しでもネガティヴなことを考えた自分を後悔した。堂々と胸を張ったドのフェルマータで、演奏が終わる。


 お前も飛び立てよと、今度はアイツに励まされた気がした。

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