平和と時間旅行とターゲット
5話目です!
最強とは何か,という疑問に向き合う殺し屋の話です。
二十一世紀が半分終わる。
世界最強の殺し屋である俺は、ふと考えることがある。
ある日突然、俺は裏の業界で世界最強と呼ばれることになった。しかし気になるのは、先代の最強さんが、どう死んだのかということだ。先代も最強であったのだから、誰かに殺されるはずはない。しかし、老衰ということになれば、徐々に弱まっていくはずだから、俺がある日突然最強視されることもない。自殺だろうか。自殺だとしても、最強の殺し屋をそこまで追い詰めた存在が気になって止まない。
こういうとき、気軽に相談できる友人の一人でもいればいいのだが、あいにく、俺は最強だ。英才教育を受けてきたタイプの最強だ。絆しにならないよう友達も恋人も作っていないし、親の顔も知らないように育てられてきた。しかし、気になる。最強の世代交代はどのように行われたのだろう。
自殺にせよ、他殺にせよ、先代の死に関与した奴が暫定最強に決まっているのだ。それなら俺には、そいつを殺さなくてはならない責任がある。最強の肩書きを、脅かすような奴がいてはいけない。いや、もう少し確実な方法がある。先代を俺が直接殺すのだ。そうすれば、自殺のときはどうとか考えずに済む。単純に、明快に俺が最強だ。
俺は、タイム・マシンに乗って、二〇二〇年に戻った。
タイム・マシンが発明されて、最も警告されたのは、タイム・パラドクスを起こさないようにせよ、ということだった。つまり、同じ時間同じ場所に二人いるところを見られてはいけないとか、そういう類のものだ。だから、俺は二〇二〇年に戻った。俺が産まれる前の世界である。ここなら何を気にすることもなく、先代を殺すことができる。
俺はひとまず、事務所に電話をかけた。この三十年で、細々としたガジェットはいくつも開発されてきたが、根本の通信だとかは変わっていない。電話番号も、同じはずだ。ほら、電話口から、引退した前会長の声が聞こえてくる。元気そうで何よりだ。
俺は有力な政治家の暗殺を依頼した。外交問題をお得意とする世襲議員で、他国の諜報機関もこっそり警備しているという噂だ。もちろん、イタズラだと思われないように、専門の符牒を使ってある。このレベルの案件なら最強が出てくるに違いない。
最強なら、自分と似た思考回路をたどるはずである。俺は、自分がその政治家を暗殺するものと思い込んで、狙撃の位置取りを始めた。果たして最強は、ここにやって来るだろうか。
十分後、何者かがやって来る気配がした。しかし、向こうも俺の気配を感じ取ったようで、なかなか姿を現さない。間違いない。先代だ。この俺の気配を感じ取れる人間なんて、未来にはいない。かなりの強者である。あはははは。でも、残念だ。彼は、あるいは彼女は、もうすでに誤算をしている。日本で活動している人なら誰でも知っているアニメが教えてくれたはずだ。困ったことがあったら、未来の道具でなんとかしてくれる。俺は、二〇五〇年に作られたばっかりの銃で、先代の脳幹を撃ち抜いた。これで俺が最強だ。
* *
俺は、タイム・マシンに乗って、二〇二〇年に戻った。
タイム・マシンが発明されて、最も警告されたのは、タイム・パラドクスを起こさないようにせよ、ということだった。つまり、同じ時間同じ場所に二人いるところを見られてはいけないとか、そういう類のものだ。ところで、このおかしい状況を鑑みるに、俺はその禁忌を犯してしまったのだろう。まさか、突然時間がループするだなんて。
しかし、おかしい。この年代には、俺はまだ生まれていないはずである。なぜ俺が消えたのだろうか。俺の誕生に関わる何かを阻止してしまった。それによって矛盾が生じ、ループした。俺の誕生に関わる何か。何であろうか。とりあえず、この前と同じように行動しながら考えてみる。タイム・パラドクス……。そうか。親殺しのパラドクスだ。
昔の人はこう考えたらしい。タイム・マシンが出来たとして、もし自分の親を殺したらどうなるのだろうか。親が殺されるのだから、当然自分は産まれなくなる。すると、親は生き残るから、自分も産まれ、また親を殺しに行く。そんなループが起こるから、タイム・マシン理論には矛盾が生まれる。それだから、タイム・マシンは空想の産物で、現実的にありえないと。しかし、タイム・マシンは現実に作られてしまったのだ。そして、ある科学者が、親殺しのパラドクスを実践した。すると、不思議なことに、その殺人がなかったことにされたのだという。つまり、矛盾のループは時間のループとして現実世界に生起し、実際には親を殺せない。これが、ただ一つの真実であった。簡単だ。簡単なことだ。先代は、親だったのだ。そりゃあそうだ。親は、この俺を育てたのである。最強に違いない。
「じゃあ、なんで死んだんだ、親父」
俺は次に沸いた疑問を、本人に直接突きつけた。
「これは驚いた。その佇まい、その射撃の準備。俺が誰かに教えるはずもない。もし教えるとするならば、半年後に産まれるであろう、俺の息子、そいつにだけだ。俺は死ぬのか、息子くん」
「そうだ。そして俺が世界最強になる」
「そうだな。それなら君は『最強』になった年に行くべきだ。俺が自殺することだけはない」
* *
俺は、タイム・マシンに乗って、二〇四〇年に戻った。
「久しぶりだな、親父。突然だが、親父は今年、死ぬ。何故だ」
「その姿、二十年前から変わっていないな。俺もお前に言われてからずっと考えてきたんだが、最近になってようやく分かったよ」
「どうしたんだ。まさか、耄碌したからとか言わないよな、親父」
「その逆だ。この年になってようやく人の心が分かってきたんだよ」
親父は、静かに語り始めた。
「俺はこの仕事を通じて、色々な職を演じ、色々な立場を装ってきた。その中で、色々な幸せを見てきた。そして、この最強の座を捨ててでも、手に入れたいものに気付いたんだ。その大事なものは、今眼の前にいるものだ」
「お、おい。アメリカのハッピーエンドドラマじゃあるまいし。だいたい親父、死ぬんだろ」
「死を偽装することくらい、俺には容易い。二人で死んだことにして、ゆっくり過去で過ごそうじゃないか。お前も最強になって十年、そろそろ他人の幸せがちらついてきた頃だろう。そういえば、お前にまだ俺の顔を見せたことがなかったな」
親父は、静かに変装を解く。
「ほら、これが俺の本当の顔だよ。お前も見て分かるだろう。とても人なんて殺せない、愛を知ってしまった人の顔だ」
親父は、俺のタイム・マシンに手をかけた。
「さあ。行こうか」
* *
世界最強の殺し屋だった俺は、ふと考えることがある。最強なのは、殺しか、それとも。
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