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人生と消しゴムとアンドゥ

15話目です!


ある日、不思議な消しゴムを拾うおっさんの話です。

   人生消しゴム


 彼の眼前に、小さな白いかたまりがぽとりと落っこちた。白髪を交えた彼は、少し懐かしそうにそれを拾い上げた。もう何十年も見ていない、青と白と黒のスリーブが付いた使いかけの消しゴムだった。


 彼の眼前に、一枚の紙切れがはらりと舞ってきた。小学生が使う、大きなマス罫のノートの切れ端だった。「人生消しゴムの使い方」と題されたメモ書きが、そこには残されていた。子供の頃読んだ猫型ロボットの道具みたいな話だ、あるいは少し前に映画で観た死神のノートみたいな話かもしれないな、と不意に現れた非現実に彼は戸惑う。しかし、絵空事を破り捨てられるほど彼の生活は充実したものではなかったし、毎日の気晴らしにでもなればと思って、彼はその帳面を読むことにした。


 曰く、この道具で記憶をなぞると、人生の思い出したくない苦い部分を、丸ごと忘れることができるそうだ。彼は、自分の半生を追いかけてみた。


 三年前、彼は会社内の権力闘争に敗れて、左遷された。定年まであと十年、取締役さえも射程距離にあったはずの彼は今や地方の副支店長。しかも、下手な濡れ衣を着せられてのことなので、復権できる兆しもない。家庭も持たず仕事が生き甲斐の彼にとっては、これ以上ないバッド・エンドだった。


 もちろん、彼にだって家族が欲しいという願望はあった。十五年前、長年連れ添った彼女に捨てられるまでは。あの夜も、プロポーズのためにデートへと連れ出そうと彼女の家に向かったら、浮気現場を……。


 彼の人生は、若い頃から順風満帆とはいえなかった。大しけである。大学受験での浪人生活。高校を出てそこらの青年の精神には、はっきり言ってキャパオーバーな心労だった。小学校だって、今でこそ記憶も霞みがかっているが、裏を返すといい想い出だって、剰り無い。


 消したい過去なんて、山のようにある。しかし、自分が苦労人だというのは、彼に残された唯一のアイデンティティだった。何だかんだ歩んできた人生には愛着が湧くというものらしい。彼は消しゴムを使わないことに決めて、何も考えずに地面にそれを擦り付けた。



  消しゴムちゃん


 病気のせいで白くなった髪の毛が目立った私は、「消しゴムちゃん」と同級生に呼ばれていた。病気をしたのは四年生の頃だというのに、六年生になってもあだ名は変わらない。大体、ロマンスグレーのおじさまだってごまんと居るのに、私のだけ消しカスに見えるなんて、なんて汚れた目ん玉だろうと思う。あだ名だけならまだ我慢できたが、耐えられなかったのはいじめだ。やい、消しゴム! 床が汚れているぞ!お前の髪で消してみろ! 小学生男子というのは、いつだって残酷なものだ。先生も止めてくれればいいのに、関わりたく無いと言った表情で見て見ぬ振りを重ねていた。


 とはいえ、今年は去年までより少しはマシになりそうだ。男子の方に「鉛筆くん」と呼ばれる子が入ってきた。ひょろひょろがりがりのノッポってだけで鉛筆呼ばわりされている彼はとても気の毒だったが、お陰で男子の注意は彼に向いてくれた。女子は私のことをいじめてくるし、彼女らのいじめは男子のそれより幾許か残酷だったが、手数が半分になってくれるだけで、疲弊した私にはありがたいことだった。


 ある夏の日、それでも私は耐えきれなくなった。お父さんが読んでいる新聞を盗み見て知った自殺というものに、心から惹かれた。これから先の苦しみから避けられる唯一の方法、出来損ないのプロットを打ち切りさせられるただ一つの方法。私はここ数年で一番胸を高鳴らせて、学校の屋上へと向かった。


 屋上のフェンスに手を掛ける。間違ってもプールに着水してはいけない。私は慎重に着地場所、いや落下地点を選んだ。


 「ありがとう」


 不意に後ろから声をかけられて、私は手を止める。鉛筆くんだった。どうやら彼は同じ境遇の私に片恋慕して、屋上に呼び出す手紙を下駄箱に忍ばせておいたらしい。恋愛なんて考えだにしていなかった私は、緊張に緊張を重ねて、彼が用意していたラヴ・レターをひったくって昇降口にダッシュした。自分を肯定する存在がいる、それは嬉しいことで。そのまま走り出た道に手からこぼれたラヴ・レターが舞い上がって、追いかけた私を一台の車が轢いたとき、自殺を考えたことを死ぬほど後悔した。



  消しゴムにアンドゥを


 少女が目を覚ますと、そこは近未来を自慢げにたたえた研究室だった。


 「私達は不遇の魂を救う活動をしています」


 百年後のNGOを名乗る団体は、怪しげなことを語り続けた。2112年、人類はワーム・ホールをタイム・マシンに纏わせるバブル航法を開発、ついに高次に干渉することに成功する。うんぬんかんぬん。我々は昔読まれていたファンタジーに共感し、望まない死を遂げた人たちを助けることにした。うんぬんかんぬん。結局、研究者達は少女に一つのガジェットを差し出した。


 「あなたは、消しゴムちゃんと呼ばれていじめられていた。しかし、そんな中消しゴムに思い入れも持っていた。あなたに差し上げる道具はこちら、人生消しゴムです。これで嫌な記憶を消して、天国そして来世は元気に過ごしてください」


 まだ亡くなってから一時間も経っていない少女である。前世への未練が胸を締める。そんな想いを絞り出すかのように声を出して尋ねる。


 「この道具、他の人に使ってもいいですか」


 少女は、この世で出来たかもしれない恋人の記憶を改編した。


 鉛筆くんだけは幸せになれますように。いじめのことも、それから私のことも忘れて、立派な大人になれますように。


   * *


 彼は、一心不乱に消しゴムをこすり続けていた。嫌な人生を忘れても、良いことはない。この道具に甘える人間が出ないようにするためにも、この消しゴムは無心でこすって使い切らねばならない。そして、何分か経って、彼は消しゴムのスリーブを剥がした。


 そこには、油性ペンで「鉛筆くん」と書かれていた。消しゴムに好きな人の名前を書いて千切れなければ、好きな人と結ばれる。小学生がよくするおまじない。


 胸がざわめきながらも、彼は消しゴムをこすり続ける。最後までこすって、消しゴムは魔法の力を失ったようだった。そう、消しゴムの力は全て失われた。


 彼は全てを想い出した。油性ペンで自分のあだ名を書いた、少女のことも。


 白髪混じりの彼の髪は、空に靡いていた。

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