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タイムマシンと犯人とサンタクロース

10話目です!


今話からテイストが変わります!

 コルヴァ・トゥントゥリ山。北欧にあるその山は、稜線の形をとって「耳の山」と現地の言葉で名付けられた。この山には伝承がある。サンタ・クロースが住んでいるというのだ。この話は私がまだ田舎に、それこそ耳の形をしたような田舎に住んでいたころから始まる。そう、あれは鳴吠が響き渡る田園地帯で確かに起きた事件だった。


   **


 僕は、クリスマスを楽しみにしていた。七面鳥にシャンメリー、そんなものはどうだっていい。どうせ僕は終業式の後も学童に回される。小学校六年間、鍵っ子の「キー」が僕のあだ名だ。楽しみなのは何といってもプレゼントである。両親も夜遅くには帰ってくる。つまり、明日起きれば贈り物が届いているって寸法だ。そして今年はもう一つ楽しみがある。サンタ・クロースの正体を暴いてやることだ。僕は最近テレビの刑事ドラマにハマっている。トリックやアリバイについて、粗方学び終わったつもりだ。密室、すり替え、ドンと来い。今年はこっちだっていくつも罠を張っている。


 「ね、キーくん。お母さん来ているよ。」


 僕の計画が最初に狂ったのは、児童館で親の帰宅を知った時だった。でも、これは嬉しい誤算だ。例年は僕が寝てから両親が帰ってくるものだから、誰がサンタか判らない。しかしこれなら簡単だ。12歳になって気が付いたが、夕方に寝ておけば6時くらいまでは起きていられる。サンタは朝までに来るはずだから、僕の勝利だ。


 家に帰って、二番目の想定外が起こった。母親に次いで父親までは予想していたが、なんとおばあちゃんもいた。ただ、これも許せることである。何てったって、昔から両親が忙しかった僕は大のおばあちゃんっ子だ。おばあちゃんと遊んでいれば、6時なんてあっと言う間である。それに、容疑者が三人とは、何とも推理ドラマっぽい。


 そうして僕は仮眠を済ませた後、珍しく七面鳥にシャンメリーを楽しみながら、サンタ・クロースの登場を待つことにした。夕飯の後はサンタを捕まえることを高らかに宣言して、三人の容疑者たちに遊んでもらった。容疑者がトイレに行くときは、しっかりと着いて行った。トイレのドアの外からは廊下が見渡せるから、他の容疑者が僕の部屋に侵入する危険はない。そして、僕の家には勝手口がないから、他のルートで侵入することは不可能だ。完璧だ。完璧の、はずだった。


 朝6時、僕の目はギンギンに冴えていた。徹夜、してやった。そして、計画に綻びはなかった。今年のソックスはベッド下に隠してある。ソックスの中が空であることは、夕食前に確認済みだ。ここまでミスはない。しかし、朝6時のソックスは、大きな箱を口に加えて僕を待っていた。


 僕の計画は完膚なきまでに打ち破られた。まず一つ、優等生の僕は漱石の全集が欲しいと見栄を張ったが、サンタさんは僕がひっそりと欲していたドラえもんの全集をくれた。そして一つ、僕を見透かしたような手紙が付いていた。



  キーくんへ

 これから先、君はいくつもの困難にぶつかるだろう。しかし、君が挫けても君の芯が折れることはない。諦めるな。夢の一つは必ず叶う。



 何を偉そうに。それに、「キーくん」なんてあだ名、親には言っていない。サンタが誰なのか、謎は深まるばかりだった。


   **


 最後に一つ、サンタが探偵ごっこに勤しんでいた俺を許し、俺のためになるものを贈ってくれていたんだな、と気が付いたのは大学生になってからだった。


 サンタが俺にくれた『ドラえもん』は、当時にしては進んだ漫画で、「狂時機」というひみつ道具が、精神を病んでいる方に気遣って「マッド・ウォッチ」という名前になっていたり、のび太が「かしら」というジェンダーロールを抜け出したような終助詞を多用していたりと、この漫画を通して、俺はPC表現やジェンダー論に、小さなうちから馴染むことができた。


 そんな俺がどんな大学生だったかというと、それは平々凡々とした大学生だった。都会に出てきたのは良いものの、覚えたのは酒の味。授業を頑張ったわけでも、サークルに精を出したわけでもない。ただ一つ、恋愛だけは少し想い出がある。


 これまたクリスマス、大学四年生のクリスマスのことだった。俺には付き合って四年になる彼女がいた。俺と彼女は就職することが決まっていて、お互い内定を貰ったときは一安心だったのだが、懸念は一年目に俺が地方に飛ばされてしまうかもしれないことだった。そこで、俺は彼女に婚約を申し込むことにした。友達からは少し早いんじゃない、と嗜められたが、俺はそれだけ焦っていた。もちろん結婚は俺がこの都市に戻ってきてからするつもりで、その点はしっかりと彼女にも伝えるつもりだった。


 クリスマス・イヴの夜、バイトが長引いた。塾で働いていた俺は、その時期に正月特訓の打ち合わせがあることをすっかり忘れていた。彼女はもう2時間も待っている。大事な夜、失敗は許されないのに。


 そのころ、ある噂が流れていた。アメリカの研究機関がタイム・マシンを開発したらしい。どうせ都市伝説なのだろう、そう軽視していた俺だったが、そのときは本当であってくれ、と心から願った。それこそ俺が大好きな漫画に出てくる丸眼鏡の少年だったら、俺は2時間前に戻る。


 俺は走りに走ってレストランに到着した。少し高めのホテルのレストラン。彼女はもう3時間も待っている。3時間も、待っていた。嬉しかった。婚約を決意した自分の判断は間違っていなかったと確信できた。俺は息を整えるのもままならないままに、勢いで、大きな声で叫んだ。


 「結婚してください」


   **


 42歳。私は一児の父である。およそ二十年前の聖夜、「すごく真剣に見えたから」と、プロポーズを快諾してくれた彼女は、今隣で笑っている。当時婚約を飛び越えてしまったことで狼狽した私を感涙に咽ばせてくれたその笑顔は、まだまだ健在だ。そんな私たちは、世界の秘密を知っている。


 結論から言おう、タイム・マシンは存在した。そんな荒唐無稽な、とは私も思った。しかし、漫画のような優れたものではない。タイム・マシンは遥か昔から存在した、この世の神秘だった。人は40歳の冬を越えると、一度だけ、しかも一分間だけ、30年前に戻ることができるようになる。この仕組みを教えてくれるのがトナカイだ。そして、これがサンタ・クロース伝説の正体である。私は二年間待って、先ほど戻ってきた。久しぶりに探偵にでも成りきってやろう。


 犯人は、私だ。


 そして、私と妻の前には今、新しい犯人が立っている。私たちによく似た彼は、一回だけお辞儀をして馴鹿と去っていった。向こう三十年の無事が、確約された。


 拝啓、幾夜を超えた犯人へ

 頑張ったね、お疲れ様。私に構わずお元気で。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


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