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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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98 三日月形の池のほとりで

 それから数日、私は夜会の準備にいそしんだ。

 カイヤ殿下に聞いた話を忘れないようノートに書きまとめ、夜会の出席者の名前や関係性を頭に叩き込み、王国の成り立ちや各貴族家の歴史まで、必要そうな知識をできる限り学んでおいた。

 参考にしたのは、お屋敷に置いてある本だ。クリア姫は読書家で、絵本や小説だけでなく、お勉強用の難しい本もたくさん持っている。


 夜なべして読書に励んでいたら、

「そんなにがんばらなくてもだいじょうぶだ」

とクリア姫に心配されてしまった。「私は子供だから、夜会に出ても、そんなにすることはないのだ」

 言葉とは裏腹に、クリア姫は緊張しているようだった。

 そんなにすることがないとは言っても、夜会では他の出席者たちにあいさつだってしなきゃいけない。

 宰相閣下の奥方、クリア姫の叔母上様も一緒に出るとはいえ、不安はあるのだろう。

「だいじょうぶです、姫様。私がついています」

「だから、そんなに気負わずとも……」

 少し気分転換してはどうかとクリア姫は言った。「夜会は明日だ。本番前に、エルが倒れでもしたら困るのだ」

 さすがに倒れるほど気負ってはいないつもりだったが、せっかくのお気遣いなので、素直に聞くことにした。


 そんなわけで、その日の昼下がり。

 私は庭園内にある三日月形の池のほとりで、ベンチに腰掛けて本を読んでいた。

 池の周りには木立が生い茂り、陽差しを遮ってくれる。

 そよ風が顔に当たる。すがすがしい草花の匂いがする。

 視線を上げれば、木々の緑が目に優しい。

 こんな場所でのんびり読書できるなんて、まこと庶民娘には過ぎた贅沢である。


 ちなみに本の中身は、王国の近衛副隊長、クロサイト・ローズ様をモデルにした小説だ。

 クロサイト様はカイヤ殿下の腹心の部下で、4年前に終わった南の国との戦争で、殿下と共に国を救う活躍をした人である。

 あの戦争では、王国の存亡をかけた戦いがいくつもあったと言われている。

 中でも有名なのが、南の国との国境線上にある「魔女の断崖」を舞台とした「断崖の決戦」。

 唯一の通り道である間道を敵の部隊に押さえられてしまい、孤立した味方の部隊を救うため、敵兵のひしめく戦場を単騎で駆け抜けるクロサイト様。

 もう、かっこよくて、手に汗握って熱中していたら、ふと人の気配を感じた。

 辺りを見回す。

 しかし、池のほとりにも周囲の森にも、人影はない。

 気のせいか……と本に視線を戻した時、「だーれだ」と背後から目を塞がれた。


「ひっ、ぎぃ、ああああっ!?」

 私は悲鳴を上げてベンチから転げ落ちた。

「ちょ、そんな驚かなくても」

 ベンチの陰から、ラフな格好をした背の高いおっさんが立ち上がる。

 金髪に鳶色の瞳、シャープな輪郭とワイルドなあごひげ。

 どことなくうさんくさい雰囲気をただよわせた、そのおっさんの名はファーデン・クォーツ。一応、この国の王様だ。

 どうやら髪型を変えたらしく、もとは柔らかそうな金髪をつんつん逆立てている。

 ネックレスやピアス、ブレスレットをじゃらじゃらつけて。

 とても一国の王とは思えぬ姿だ。まあ、似合ってはいるが。


「どうした!?」

 悲鳴を聞きつけたのか、お屋敷の方角からダンビュラが飛んできた。今日は用心棒の役目を忘れずにいてくれたようで何よりだ。

 私は王様を指さし、「不審者です!」と叫んだ。


「なんだ、不審者かよ」

「あの……。私、王様なんだけど……」

「知ってるよ。それより、何しに来た」

 ダンビュラは鋭い両眼で王様を睨め上げた。口元の牙をちらつかせ、じりじりと距離をつめていく。

 王様はプレッシャーに負けて後ずさる。

 池の淵まで追いつめられた所で、焦った顔をして懐から何か取り出した。

「何しに来たって、これ。クリアちゃんにプレゼント」

 差し出したのは青い小箱だった。てのひらにおさまるくらい小さな――指輪ケース、だろうか?

「初めての夜会で、クリアちゃんにつけてほしくて。可愛い娘の社交界デビューでしょ? 父親として、何かしてあげたいと思ってさ」

 必死の弁明に、ダンビュラは冷ややかに突っ込みを入れた。

「嬢ちゃんは、去年から魔女の宴に出てる」

「あれ、そうだっけ?」

 それでも父親か、と私は思った。


 王様は基本いいかげんで信用できない人だが、「父親として」という前置きをつけると、さらにいいかげんで、信用できなくなる。

 放任主義というより養育放棄。

 私が働き始めてから今まで、クリア姫のお屋敷を訪ねてきたのは1度だけ。それも娘に会いに来たわけじゃなく、全然違う用事だった。


 王様は青い小箱をベンチの上に乗せると、「じゃ、よろしくー」と逃げていってしまった。

 舌打ちしつつも、ダンビュラは後を追おうとしない。いまだ尻餅をついたままの私に近づき、「おい、だいじょうぶか」と声をかけてくれる。

「すみません、だいじょうぶです」

 私は立ち上がり、スカートについた土を払った。

 それから、2人で小箱の中身を確かめる。

 思った通り、それは指輪ケースで、わりと素朴なデザインの青い石の指輪が入っていた。

 すごく高価そうではないが、安っぽくもない。サイズも、ちゃんとクリア姫の繊細な指に合いそうに見える。


 私とダンビュラは互いに顔を見合わせた

 2人とも、同じことを考えているのがすぐにわかった。

 いったいなんで、こんなものを持ってきたのか。はっきり言って、かなり怪しんでいた。

「毒でも塗ってあるんじゃねえだろうな」

 まさか、そこまでは。

「わかんねえぞ。アクアの差し金で、クソガキの仕返しに来たのかもしれねえ」

 クリア姫には、仕返しされる理由なんてない。

 ルチル姫の事件は、うちの姫様とは全然関係ないところで起こった。叔父の宰相閣下が関わったのは事実だが、事件の加害者そのものは別に居る。


「そんな理屈が、あのクソガキに通じると思うか? ああいう奴の頭は単純にできてんだ。嬢ちゃんのことがとにかく気に入らない、何もかも嬢ちゃんが悪い、仕返ししてやる――そんなとこだろ?」


 めちゃくちゃである。

 ……しかし、ありうる。

 実は私も、あのお姫様が「精神的ショックで引きこもっている」という話には少々違和感がある。

 殿下も言っていたように、周りの大人の都合で人目を避けているという方がありそうな気がするのだ。


 一応クリア姫の父親でもある王様が、逆恨みの仕返しに協力するとは思いたくない、が。

 問題が起きた背景には、王様の放任、いいかげんな対応があるのもまた事実で。

 少なくとも、純粋な親心で持ってきたとは思えない。


「捨てるか」

と池の水面を見るダンビュラ。

「それとも、この辺に埋めとくか」

 そうするのもやぶさかではない。でも、自分たちだけで判断するのは、さすがにまずいと思う。

「明日、カイヤ殿下に確認してみます」

 夜会の前に来てくれることになっているから、その時に相談しよう。


「魔女の宴」の会場はお城の中のホールで、日暮れと共に宴が開始される。その少し前に、殿下が姫様を迎えに来るはずだ。ドレスとかアクセサリーとか全部持って、一緒に会場近くの控え室まで移動することになっている。


 本当は、お屋敷で着替えて、準備万端、出かけられたら1番いい。

 なぜそうしないのかというと、この庭園、馬車が入れないのだ。

 会場までは歩いて行ける距離だが、ドレス姿で庭園を歩くわけにはいかない。


「それがいいだろうな」と同意するダンビュラ。

 ちなみに、彼は今回お留守番だ。さすがに貴婦人の集まる宴に、しゃべるケダモノを連れてはいけない。

 クリア姫の護衛は、カイヤ殿下が別に手配してくれるそうだ。

 何でも、女性の近衛騎士らしい。どんな人だろう、と私は会うのを楽しみにしていた。

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