表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
98/410

97 叔父と甥の事情

 先程からたびたび話に出ている殿下の叔父上様は、40代の若さで宰相の地位にまで登りつめた、王国史上でもなかなか例を見ない有能な人である。

 若い頃から秀才として知られ、王立大学を首席で卒業、王妃様の妹姫であるフィラ・クォーツ嬢とは恋愛結婚で、30代の時、名家オーソクレーズを継いだ。


 彼が今の地位につく前から重視してきたもの、それはズバリ「情報」である。

 国内・国外問わず、速く正確な情報を得るため、直属の諜報員を雇い、独自の情報網を張り巡らせてきた。

 そうした分野では王国一、他の追随を許さない、とは殿下の弁ではなく、私が王都に来る前、実家の居酒屋で聞いた噂だ。

 今の宰相様は有能かつ怖い人で、逆らう者には容赦ない。この宿場にも諜報員がまぎれ込んでいるかもしれないぞ、なんて話を酔客がしていたのである。

 要はかなりマユツバなんだけども、殿下が言うには、宰相閣下が情報を重視している、という部分は嘘じゃないらしい。


「だから、おまえの父君のことを調べるのに叔父上の力が借りられたら、これほど頼もしいことはない」


 ……って、宰相閣下は、実際に調べてましたよね。

 私にも殿下にも無断で。

 王族に雇われるなら、身元の調査をされるくらい当然だろうって本人は言ってたし、それはまあもっともなんだけど。


「勝手に調べるのではなく、普通に力を貸してくれないかと頼んだら、断られた」

 都合のいい時だけ頼ってくるなと、にべもなかったらしい。

「それは、あの。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 私が謝ると、殿下は首を横に振った。

「おまえが詫びる必要はない。叔父上は意地になっているだけだ。クリアのメイドの件では、過去にも色々あったからな」

「過去にも色々って?」

 殿下はもう1度ため息をついてから言った。

「つまり、パイラの前にクリアに仕えていたメイドが、叔父上の紹介だったからだ」


 そのメイドは、宰相閣下の息がかかった貴族の子女だったらしい。明るく優しく、仕事もできて、忠実だった。

 ……ただ。

 クリア姫に対して、どこか線を引いているというか――あくまで仕事として接するだけで、友達のように仲良くなろうとはしなかった。

 常に優しく穏やかなのも仮面のようで。クリア姫にとっては、気詰まりな部分も多かったらしい。

 だからカイヤ殿下は、王城の派閥争いとは関係のない、平民出身の女性を探したのだ。

 宰相閣下は、「身元の不確かな人間を雇うべきではない」と反対した。結果的に、親子げんかならぬ、叔父と甥のけんかになってしまったらしく。


「クリアのメイドの件には、今後いっさい干渉しないでくれ、と俺が言った」

 で、けんか別れのようになったと。

「後で言い過ぎたと気づいたので、謝りに行ったのだが」

 その時にはもう、宰相閣下は怒っている様子もなく、「おまえの好きにすればいいよ」とにこにこしていたらしい。

 その陰で、殿下の雇ったメイド――パイラに話をつけてスパイじみた真似をさせていたわけだから、怖いというか普通じゃないというか。


「パイラにはすまないことをした」

 つぶやく殿下の横顔には、後悔と罪悪感が滲んでいた。

 自分と叔父の揉め事に彼女を巻き込んでしまったと、そう思っているんだろう。

 確かにそうかもしれない。

 でも、彼女はけっこうしたたかな女性だった。

 宰相閣下が怖くて仕方なく、みたいなことも言ってたし、それも嘘ではないんだろうけど。多分、「無理強いされた」というほどではなかったはずだ。

 もっといえば、タダ働きをさせられていたわけでもない。あの宰相閣下のことだ。口止め料も込みで、それなりの金額を出していたはず。

 そこまで気に病まなくても――とは、思えないんだろうな、当事者としては。


「叔父上はいささか過保護な面があってな。心配してくれるのはありがたいのだが、行き過ぎることがよくある」

 メイドにこっそり命令して姪のお屋敷の様子を探らせるなんて、過保護どころの騒ぎじゃない。

 はっきり言って、異常だ。

 普通はそんなことされたら信頼関係なんてぶっ壊れるし、それまで通りの付き合いはできなくなると思う。

 殿下は普通じゃないから、普通の顔をしているけども。

「今言ったように、クリアのメイドの件では俺がワガママを通したからな。仕方がない面もある」

 そうかなあ。それは仕方ないと言ってもいいのか。やっぱりやり過ぎじゃない?


 殿下は優しくて、人がよくて、王族としてはちょっと危なっかしいところもあるから、宰相閣下が心配する気持ちはわかる。

 身元の不確かな人間を雇うべきではない、という言い分も間違ってはいない。

 でも、だからと言って、クリア姫に我慢を強いるのが正しい、とは思えない。

 たまに顔を合わせるだけの相手ではない。同じ屋敷の中に居て、1日中、共に過ごすのだ。

 それが気を許せない人間だったら、誰だって参ってしまう。子供のわがまま、とかいうレベルの問題じゃない。


 とにかく、結論としては、私の父のことを調べるのに、宰相閣下の力は借りられないと。

「俺の直属の部下を動かしてもいいが、どうにも探索事は不得手でな」

 殿下は申し訳なさそうにしているけど、私はむしろその方がいい。宰相閣下の力を借りるというのは気が進まない。率直に言って、後が怖い。


「まずは『魔女の憩い亭』に相談してみます」

「そうか、わかった」

 殿下はよく城下町に行くので、「近いうちにおまえが相談に寄ると、セドニスに伝えておく」

「ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げた。

 本当に、メイドごときにここまでしてくれる人なんて、王都広しといえどカイヤ殿下くらいだと思う。


 この人と会ってから、短い間に、色々なことがあった。

 本当に、色々なことだ。それまでの自分の常識が、ガラガラと音を立てて崩れていくような――おかげで、この人に出会えた自分が幸運だったのか不運だったのか、いまだ判断に迷う部分はあるけれど。

 感謝はしないといけない。きっと、バチが当たってしまう。


 もらった封書を、私は大切に引き出しにしまった。

 プライベートな問題はいったん封印、まずはお仕事に集中しよう。

 すなわち、目前に迫る「魔女の宴」に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ