96 ふたつの手段
幸い、私が隠していた事情を全て打ち明けても、殿下は私をクビにしなかった。
それどころか、父を探すために力を貸すと言ってくれた。
私なんて大したお礼もできないし、事情を伏せていた負い目もある。
本当にそこまでしてもらっていいのかと聞いたら、「そもそも役に立てるかどうかわからん」と答えが返ってきた。
父が雇われていた貴族の家は戦後のゴタゴタでつぶれてしまい、他に有力な手がかりもない。
また、密偵という「影の存在」の居場所を突き止めることは、王族の殿下にとっても容易ではないらしい。
「おまえがそれでも父君を探すつもりなら、思いつく手段がふたつある」
その手段とは。
「ひとつは、警官隊に頼るという方法だ」
警官隊。
それは「力弱き民を守る」ことを大義名分とした武装組織で、今から60年以上前、正義と理想に燃える1人の騎士が立ち上げた。
騎士の名はジャスパー・リウス。王国の生きた伝説とも呼ばれる、王都の有名人だ。
現在90歳を越えているが健勝で、今も昔と変わらず、正義と理想に燃えている。ちょっとアブナイ……いや、熱い人である。
警官隊は、王国内の治安維持や犯罪の取り締まりを主な仕事にしている。
当然、犯罪者と関わることが多く、裏社会にも顔が利く。
王国中の街や村に派出所を置いているほど、組織力もある。そんな警官隊なら、「密偵」だった父の行方を追うことも、あるいは可能かもしれない。
また、力弱き民の味方である警官隊は、守るべき民から謝礼など受け取らない。
私はあまりお金を持っていないので、そういう面でもありがたい存在なのだが。
問題は、警官隊が暇ではないこと。常に山ほど事件を抱えていること。
何しろ「報酬なしの正義の味方」を標榜している組織だ。そこら中から頼られる。道案内から夫婦ゲンカの仲裁まで。
殿下の口利きで警官隊の偉い人に頼めば、優先して解決に当たってくれる可能性もあるそうだが、「あくまで可能性だ」と殿下は強調した。
現・警官隊のトップはカイト・リウスという名で、警官隊の創始者ジャスパー・リウスの息子。……御年70歳の現役警官だそうだ。
彼は公正な人物なので、よほど緊急性のある案件なら別だが、そうでない場合は順番を守るだろうとのこと。
確かに私も、困っている人たちを差し置いて、横入りみたいになるのはどうかと思う。
父の件は知りたいが、もう7年も前のことだ。「緊急性」があるかといったら、ねえ。
ふたつ目の方法は――。
「蛇の道は蛇で、裏社会に顔が利く人間に頼ることだ」
私は、手元の封書に視線を落とした。
先程お夕食の前に手渡されたものだ。中身は紹介状である。殿下が書いてくれた。
意外に癖のある、率直に言って美しくはない文字で、宛名が綴られている。
『親愛なる友人にして敬愛する恩師、王都に唯一無二の偉人であるアイオラ・アレイズ殿へ』と。……無駄に長い。
「俺の知己に、かつて戦場で名を馳せた腕利きの傭兵が居る」
百人斬りとか千人斬りとか、豪腕の魔人とか不屈の死神とか、色々と物騒な異名がある人物なんだそうだ。ちなみに、女性だって。
実家が傭兵ギルドのまとめ役で、荒くれ者たちを束ねて、古くから王国で名を馳せてきた。若干アウトローな側面があり、ヤクザの元締め的な一家なんだとか。
「もっともアイオラ自身は、実家とは縁が切れているがな。昔、悪さをして勘当されたと聞いた」
ヤクザの家から勘当されるほどの「悪さ」とはいったい。
それはともかく、王子様とアウトローがどこで知り合ったのかと聞いたら、
「俺にとっては、剣の師匠のようなものだ」
という答えが返ってきた。
アイオラ・アレイズは傭兵として先の戦争に従軍し、敵将を討ち取るなど、数多くの功績を挙げた。
戦後、多額の褒賞を得た彼女は、その資金を元手に起業。現在は商人として成功している。
普通の商売だけでなく、傭兵時代の腕と人脈を活かし、運び屋や交易、人捜しから復讐代行業まで、幅広く営んでいるそうだ。
「復讐代行?」
さらっと言うから流しそうになったが、えらく物騒な話ではないか。
「……役人には訴えにくい事件も、この世にはあるからな」
殿下の口調が重くなった。
実際にあった例では、嫁入り間近な良家の子女が悪い男にだまされ、金品を貢がされた挙げ句に捨てられ、自殺未遂を起こした、とか。
許しがたい。しかし、役人には確かに訴えにくい。世間体もあるし、その女性の気持ちだってあるだろう。
「アイオラは『泣き寝入り』というのが許せないタチでな。悪党には償いよりも報いを、というのが信条だ」
「?」
「つまり、市井の民が罪を犯したなら、償わせればいい。だが、悪党にそれでは生ぬるい。必要なのは罪を償わせることではなく、相応の報いを与えることだ、というわけだな」
なんと恐ろしい信条であろうか。
でも、被害者を泣き寝入りさせないって部分には共感できるな。警官隊のように、(ちょっと過激な)弱者の味方なのだろうか。
「ただ、報酬は高い」
傭兵時代からそうだったらしい。
「先程の例だと――そうだな。報酬は、王都の一等地に屋敷が買えるほどの金額だったと聞いた」
私はのけぞりそうになった。
「あんまり高いお金は払えないですけど……」
女性をだましたクズ男への制裁がお屋敷1軒分なら、7年も前に失踪した元・密偵の父親を探し出す報酬は、果たしていくらになるのだろうか。
心配する私に、「まずは相談だけしてみればいい」と殿下は言った。
「セドニスに頼めば、ざっと見積もりを出してくれるはずだ」
「え? なんでセドニスさんが……」
セドニスとは、私と殿下が出会い、雇用契約を結んだ「魔女の憩い亭」の職員である。
若いくせに妙に落ち着いていて、慇懃無礼で、無愛想で。客商売としてはアレだが、意外に親切な一面もあって、嘘は言わない。
総合的に見れば、わりと信用できる人だったと思う。
「ああ、言っていなかったか。アイオラはあの店のオーナーだ」
聞いていなかったし、驚いた。
あの立派なお店のオーナーさんが、そんな怪しい――いや、怖い――でもなくて、カタギの道を若干踏み外している人だなんて。
「アイオラは商売のためによく王都を空けているから、直接会える可能性は低いかもしれんが……」
ごろつきや盗っ人から、凄腕の殺し屋、密売人まで、とにかく顔が利く。
密偵という裏家業をしていた父の行方を探すなら、強力な助っ人になるだろう。何より信用できる人物だ、と殿下は力を込めた。
殿下の「信用できる」が信用できるかどうかはこの際置くとして、わざわざ紹介状まで用意してもらったことには感謝の念しかない。
私の次のお休みは、1週間後の日曜日だ。その時、「魔女の憩い亭」を訪ねてみようと決めた。
「別に、休みを待つ必要はないだろう」
明日にでも行ってみればいいと言われて、私は驚いた。「俺も行こう」と当たり前のように付け加えられて、さらに驚いた。
「そんな、だいじょうぶです」
くどいようだが、殿下は多忙な人だ。こんな個人的な要件に付き合わせるわけにはいかない。
まあ、本音を言えばちょっと不安はあるけど、セドニスの顔は知ってるし、「魔女の憩い亭」には初めて行くわけじゃない。
だから、だいじょうぶだ。きっと。
私の答えに、殿下はふっとため息をついた。
「本当は、もうひとつ方法がある」
警官隊に頼るのでもなく、「魔女の憩い亭」に頼むのでもない、3つ目の手段が。
最も確実で手っ取り早く、報酬すら必要ない。その手段とは、
「叔父上の力を借りることだ」




