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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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96 ふたつの手段

 幸い、私が隠していた事情を全て打ち明けても、殿下は私をクビにしなかった。

 それどころか、父を探すために力を貸すと言ってくれた。

 私なんて大したお礼もできないし、事情を伏せていた負い目もある。

 本当にそこまでしてもらっていいのかと聞いたら、「そもそも役に立てるかどうかわからん」と答えが返ってきた。

 父が雇われていた貴族の家は戦後のゴタゴタでつぶれてしまい、他に有力な手がかりもない。

 また、密偵という「影の存在」の居場所を突き止めることは、王族の殿下にとっても容易ではないらしい。

「おまえがそれでも父君を探すつもりなら、思いつく手段がふたつある」

 その手段とは。

「ひとつは、警官隊に頼るという方法だ」


 警官隊。

 それは「力弱き民を守る」ことを大義名分とした武装組織で、今から60年以上前、正義と理想に燃える1人の騎士が立ち上げた。

 騎士の名はジャスパー・リウス。王国の生きた伝説とも呼ばれる、王都の有名人だ。

 現在90歳を越えているが健勝で、今も昔と変わらず、正義と理想に燃えている。ちょっとアブナイ……いや、熱い人である。


 警官隊は、王国内の治安維持や犯罪の取り締まりを主な仕事にしている。

 当然、犯罪者と関わることが多く、裏社会にも顔が利く。

 王国中の街や村に派出所を置いているほど、組織力もある。そんな警官隊なら、「密偵」だった父の行方を追うことも、あるいは可能かもしれない。


 また、力弱き民の味方である警官隊は、守るべき民から謝礼など受け取らない。

 私はあまりお金を持っていないので、そういう面でもありがたい存在なのだが。


 問題は、警官隊が暇ではないこと。常に山ほど事件を抱えていること。

 何しろ「報酬なしの正義の味方」を標榜している組織だ。そこら中から頼られる。道案内から夫婦ゲンカの仲裁まで。


 殿下の口利きで警官隊の偉い人に頼めば、優先して解決に当たってくれる可能性もあるそうだが、「あくまで可能性だ」と殿下は強調した。

 現・警官隊のトップはカイト・リウスという名で、警官隊の創始者ジャスパー・リウスの息子。……御年70歳の現役警官だそうだ。

 彼は公正な人物なので、よほど緊急性のある案件なら別だが、そうでない場合は順番を守るだろうとのこと。

 

 確かに私も、困っている人たちを差し置いて、横入りみたいになるのはどうかと思う。

 父の件は知りたいが、もう7年も前のことだ。「緊急性」があるかといったら、ねえ。


 ふたつ目の方法は――。


「蛇の道は蛇で、裏社会に顔が利く人間に頼ることだ」


 私は、手元の封書に視線を落とした。

 先程お夕食の前に手渡されたものだ。中身は紹介状である。殿下が書いてくれた。

 意外に癖のある、率直に言って美しくはない文字で、宛名が綴られている。


『親愛なる友人にして敬愛する恩師、王都に唯一無二の偉人であるアイオラ・アレイズ殿へ』と。……無駄に長い。


「俺の知己に、かつて戦場で名を馳せた腕利きの傭兵が居る」

 百人斬りとか千人斬りとか、豪腕の魔人とか不屈の死神とか、色々と物騒な異名がある人物なんだそうだ。ちなみに、女性だって。

 実家が傭兵ギルドのまとめ役で、荒くれ者たちを束ねて、古くから王国で名を馳せてきた。若干アウトローな側面があり、ヤクザの元締め的な一家なんだとか。


「もっともアイオラ自身は、実家とは縁が切れているがな。昔、悪さをして勘当されたと聞いた」

 ヤクザの家から勘当されるほどの「悪さ」とはいったい。

 それはともかく、王子様とアウトローがどこで知り合ったのかと聞いたら、

「俺にとっては、剣の師匠のようなものだ」

という答えが返ってきた。


 アイオラ・アレイズは傭兵として先の戦争に従軍し、敵将を討ち取るなど、数多くの功績を挙げた。

 戦後、多額の褒賞を得た彼女は、その資金を元手に起業。現在は商人として成功している。

 普通の商売だけでなく、傭兵時代の腕と人脈を活かし、運び屋や交易、人捜しから復讐代行業まで、幅広く営んでいるそうだ。


「復讐代行?」

 さらっと言うから流しそうになったが、えらく物騒な話ではないか。

「……役人には訴えにくい事件も、この世にはあるからな」

 殿下の口調が重くなった。

 実際にあった例では、嫁入り間近な良家の子女が悪い男にだまされ、金品を貢がされた挙げ句に捨てられ、自殺未遂を起こした、とか。

 許しがたい。しかし、役人には確かに訴えにくい。世間体もあるし、その女性の気持ちだってあるだろう。


「アイオラは『泣き寝入り』というのが許せないタチでな。悪党には償いよりも報いを、というのが信条だ」

「?」

「つまり、市井の民が罪を犯したなら、償わせればいい。だが、悪党にそれでは生ぬるい。必要なのは罪を償わせることではなく、相応の報いを与えることだ、というわけだな」

 なんと恐ろしい信条であろうか。

 でも、被害者を泣き寝入りさせないって部分には共感できるな。警官隊のように、(ちょっと過激な)弱者の味方なのだろうか。


「ただ、報酬は高い」

 傭兵時代からそうだったらしい。

「先程の例だと――そうだな。報酬は、王都の一等地に屋敷が買えるほどの金額だったと聞いた」

 私はのけぞりそうになった。

「あんまり高いお金は払えないですけど……」

 女性をだましたクズ男への制裁がお屋敷1軒分なら、7年も前に失踪した元・密偵の父親を探し出す報酬は、果たしていくらになるのだろうか。


 心配する私に、「まずは相談だけしてみればいい」と殿下は言った。

「セドニスに頼めば、ざっと見積もりを出してくれるはずだ」

「え? なんでセドニスさんが……」

 セドニスとは、私と殿下が出会い、雇用契約を結んだ「魔女の憩い亭」の職員である。

 若いくせに妙に落ち着いていて、慇懃無礼で、無愛想で。客商売としてはアレだが、意外に親切な一面もあって、嘘は言わない。

 総合的に見れば、わりと信用できる人だったと思う。


「ああ、言っていなかったか。アイオラはあの店のオーナーだ」

 聞いていなかったし、驚いた。

 あの立派なお店のオーナーさんが、そんな怪しい――いや、怖い――でもなくて、カタギの道を若干踏み外している人だなんて。


「アイオラは商売のためによく王都を空けているから、直接会える可能性は低いかもしれんが……」


 ごろつきや盗っ人から、凄腕の殺し屋、密売人まで、とにかく顔が利く。

 密偵という裏家業をしていた父の行方を探すなら、強力な助っ人になるだろう。何より信用できる人物だ、と殿下は力を込めた。


 殿下の「信用できる」が信用できるかどうかはこの際置くとして、わざわざ紹介状まで用意してもらったことには感謝の念しかない。

 私の次のお休みは、1週間後の日曜日だ。その時、「魔女の憩い亭」を訪ねてみようと決めた。


「別に、休みを待つ必要はないだろう」

 明日にでも行ってみればいいと言われて、私は驚いた。「俺も行こう」と当たり前のように付け加えられて、さらに驚いた。

「そんな、だいじょうぶです」

 くどいようだが、殿下は多忙な人だ。こんな個人的な要件に付き合わせるわけにはいかない。

 まあ、本音を言えばちょっと不安はあるけど、セドニスの顔は知ってるし、「魔女の憩い亭」には初めて行くわけじゃない。

 だから、だいじょうぶだ。きっと。


 私の答えに、殿下はふっとため息をついた。

「本当は、もうひとつ方法がある」

 警官隊に頼るのでもなく、「魔女の憩い亭」に頼むのでもない、3つ目の手段が。

 最も確実で手っ取り早く、報酬すら必要ない。その手段とは、

「叔父上の力を借りることだ」

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