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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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95 自室にて

 夜10時。

 その日の仕事を全て終えた私は、自室で1人、机に向かっていた。

 私が寝起きさせてもらっているのは、このお屋敷にふたつある客間のうちのひとつ。ベッドとクローゼット、机と椅子が置いてあるだけのシンプルな部屋だ。


 本当は、メイドにはちゃんと専用の部屋がある。前任のメイドであるパイラがこのお屋敷を出た時、そちらに移るはずだったのだが。

 その部屋というのが、彼女の個人的趣味で改装されたという、意外にも乙女チックな部屋で。


 薄いピンクの壁紙、毛足の長いふかふかのじゅうたん、窓にかけてあるレースのカーテンもピンク色。

 真っ白な天井には、可愛らしい動物や妖精さんの絵が描いてある。

 置いてある家具は全て、メルヘン調のアンティーク。鏡なんて、今にもしゃべり出しそうな、おとぎ話に出てきそうなやつ。

 パイラは貧しい家の生まれで、「自分専用の部屋」というものを持ったことがなく、「いかにも女の子らしい可愛い部屋」に憧れがあったらしいが……。普通、メイドの趣味でお屋敷を改装するものだろうか?


「別に、いきなり全部変えたわけじゃないのよ」

 初めて部屋を見せてくれた時、彼女はそう言っていた。

「最初は、古くなった壁紙を取り替えなきゃいけないって話だったのね。それなら私の好きな色にしていいですかって殿下に聞いたら、構わないって言うものだから」

 次は壁紙に合わせてカーペットを、ついでにカーテンを、どうせなら古くなった家具も取り替えて、およそ半年ほどでメルヘン部屋が完成した。

「殿下にお願いしたら、けっこうワガママを許してくれたの」

 パイラはイタズラっぽく舌を出していた。つまり、「ワガママ」という自覚はあったのだ。

 彼女もどうかと思うが、それを許してしまう殿下も、やっぱりどうかと思う。


 パイラがお屋敷を出て、私が部屋を移ることになった時にも、

「気に入らないなら、おまえの好きなように変えていい」

と殿下は言った。必要なら、業者をよこすとも。

 確かに私の趣味は、乙女チックとは真逆のものだ。

 母親がわりとそういう系が好きだったので、幼い頃は大変だった。

 ピンクピンクしたフリルやレースの服を着せたい母と、着たくない私。

 無理強いはされなかったけど、うちは裕福じゃないし、私は長女だし。時には妥協するしかないこともあって、さらに苦手になってしまった。

 しかしながら、雇用主の厚意に甘えて部屋を改装してもらうだなんて、私の趣味どころか仁義に反する。実家の祖父にバレたら、張り倒されるだろう。


「ご心配には及びません」

 これから毎日、ピンクに囲まれて寝起きする自分を想像すると憂鬱だけど。

 殿下は「無理をしなくていい」と言った。

 私が働きやすい環境を整えることが、クリア姫のためになる、的なことも言った。

 お言葉はもっともだが、メイドの個人的な趣味に合わせて部屋を改装するのは、普通に考えてやり過ぎである。


「やり過ぎ、か?」

 殿下は私とメルヘン部屋とを見比べて、

「今にも心を病みそうな顔をしているが……」

「してません」

「いや、している」

 せめて壁紙だけでも変えさせるという殿下と、そんな贅沢なと言い張る私で押し問答していたら、騒ぎを聞きつけたダンビュラがやってきて、物珍しそうにしばらく見物した後、

「だったら、引っ越すのをやめたらどうだ?」

 そのまま元の客間を使えばいいんじゃないかと、極めて合理的な案を口にした。

 結果、私は今の場所に居続けることになったのだが……、メイドが客間を占拠している状態というのも、よく考えたら正常ではない気がする。

 いずれ、機会があったら殿下に申し上げよう。


 別に、雇い主がいいと言うのだからムキになることもない、と思われるだろうか。

 だが、殿下のそういう――おおらかというか、あまり物事にこだわらない性格に甘えた結果、私は痛い目を見ている。

 他でもない、この仕事を与えられた時の話だ。

 前述のように、私はちょっぴり面倒な事情を抱えて、王都にやってきた。

 父親が密偵だったとか、7年前に凄惨な事件が起きたこととか。

 そういう話を正直に言わないまま、殿下に雇ってもらったのだ。


 で、後で殿下のお身内から指摘され、「クビにされても仕方ない」的な言葉で責められることになってしまった。

 実際その通りで、返す言葉もなく、私は身を縮めている他なかった。

 またあんな思いをしないためにも、仕事を失わないためにも。気をつけ過ぎなくらいでちょうどいい――と、今は思っている。

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