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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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94 第二王子の訪問2

 ルチル姫の取り巻きをしていた5人の少年たちは、全員が王都を離れることになったのだそうだ。

 公的な追放処分ではない。事件のほとぼりがさめるまでの間、遠方の親戚や知人のもとで暮らすというだけだ。

 腐っても貴族、子どもを預けるアテくらいあるのだろう。王都を離れた少年たちが、暮らしに困るようなことはないはずだ。


 ルチル姫にケガをさせた少年も、お咎めはなし。

 彼の場合は、他の少年たちと違ってそう簡単には王都に戻れないそうだが、むしろ戻らなくていいんじゃないかと私は思う。

 ワガママ王女からも、王都のゴタゴタからも離れて暮らす。その方が、彼の将来のためにはきっといい。

 もっとも、そのワガママ王女自身は、事件のショックで自室に引きこもったままらしく――。


「あの、殿下。ルチル姫って、あれからずっと?」

 殿下は「そのようだな」と曖昧な答え方をした。「少なくとも、アクアや親父殿はそう言っている。事実かどうかはわからん」

 ショックを受けて閉じこもっているというのは方便で、これも事件のほとぼりがさめるまでの間、人目を避けているだけなのかもしれない、とのこと。


 13歳の異母妹に対し、いささか情のないセリフのようにも聞こえるが、ルチル姫の事件は、彼女1人の問題にはとどまらない。

 ルチル姫には、17歳になる姉のフローラ姫が居る。

 あの事件以来、そのフローラ姫を次の王様にしようとする貴族たちの派閥――通称「フローラ派」が神経を尖らせているらしいのだ。


「先日の一件は内々に処理されたが……。それでも人の口に戸は立てられんからな。王宮内では、かなり早い段階から真相がささやかれていた」


 ルチル姫が取り巻きの少年を虐げていたこと。

 彼女の両親がそれを放置していたこと。

 挙げ句、醜い事件が起きてしまったこと。


「ラズワルドは事件をもみ消そうと躍起になっていたようだが」

 醜聞というのは広まりやすいものだ。今では王宮内のほとんどの人が事件の真相を知っており、結果「フローラ派」は苦しい立場に追い込まれているのだという。


 ちなみにラズワルドとは、王国の騎士団長の名前だ。

 宰相閣下と並ぶお城の実力者で、「フローラ派」の中心人物。ルチル姫の母親アクア・リマとは養子縁組をしている。


「今度の夜会って、フローラ姫とアクア・リマも来るんですよね……」

 正直、不安だった。

 あんな事件が起きたばかりで。

 あのワガママ王女の姉と母親がそろって出席する夜会に、クリア姫も出なければならない。

 ルチル姫の一件を逆恨みして、クリア姫を責めたりしないか。いっそ、2人とも参加を自粛してくれればよいのだが――。


「ただ夜会に出席するというのとは違うな」

 しかし私の淡い期待は、驚きに塗り替えられた。

 なんとアクア・リマは、今度の夜会の主催者を務めるというのだ。

「えっ……」

「聞いていなかったか」

 初耳だし、思いもしなかった。

 アクア・リマは平民出身である。もとは酒場の歌姫だ。その彼女が、身分の高い女性ばかりが集まる伝統的な宴の主催者?


「『魔女の宴』は国王の妻、もしくは母親が取り仕切ることになっている」

 が、王妃様は離宮で静養中。一方、国王陛下の母上はといえば、もうかなり高齢なはずだ。……ってか、生きてたっけ?

「名目上は、俺の祖母殿が宴の主催者だ」

 あ、ご存命でしたか。失礼しました。

「ただ、ここ数年はほとんど床に伏している状態でな。夜会を仕切るどころか、出席するのも難しい」

 で、前回の宴からアクアが代理をしていると。


「もっと身分の高い人が代理をする、って話にはならなかったんですか?」

 たとえば、側室の誰かとか。

 王様の側室は3人。1人は亡くなっているはずだけど、あとの2人は?

「1人は、数年前から王都を離れている」

 その理由を、殿下は「色々あってな」としか言わなかった。


 私はなんとなく察した。

 多分、その側室は、好きで王都を離れたわけじゃない。権力争いに負けて、王都を追われたんだな、と。

 4年前、カイヤ殿下が「救国の英雄」として王都に凱旋した後、兄のハウライト殿下が第一王位継承者の地位を正式に認められた。

 その後、2人の叔父である宰相閣下の主導で、王位継承争いのライバルたちが次々と地位を剥奪され、あるいは王都を追われることになった。そう聞いている。


「じゃあ、もう1人は……?」

 私の問いに、殿下は口をひらきかけ、「……話すと長い」と結局は口をつぐんだ。

 要するに、そちらも「色々あった」んだろうなと思い、突っ込んで聞くのはやめておく。


「だけど、反対する人とか居なかったんですか?」

 身分の高い女性限定の宴なのに、主催者が平民って。

「居た。それに関しては、派閥を問わずに反対の声が上がった」

 そのため、フローラ派の貴族たちの間で、内輪揉めすら起きかけたそうだ。

 結局は騎士団長ラズワルドの(強引な)後押しがあって、アクア・リマは主催者代理を務めた。

 ちなみに、宰相閣下は別に反対しなかったそうだ。

「敵が内輪揉めしているなら上々、ついでに宴で失敗でもしてくれたら御の字だと」

 あいかわらず、普通は口にするのをためらうような話を、平気でぶっちゃける人である。


 で、結果は? 成功? 失敗?


「俺は実際に見たわけではない」

 男子禁制、女性限定の宴なので。

「ただ、色々と話は聞いたな」


 参加者の感想は十人十色だった。

「見事な宴だった」とほめる者、「悪くはなかったが、立場を弁えない振る舞いはやはり責められるべきだ」と非難する者、「平民らしい実に品のない宴だった、あれを評価する者の気がしれない」と揶揄する者。


「それって……」

 総合的に見ると、そんなに悪い評価でもないような?

「そうだな。公平に客観的に見れば、良い宴だったのだろう」

「それは……、すごい、かも……」

 国王の生母に変わって伝統的な夜会を取り仕切り、しかも成功させるなんて。

 彼女の出自を考えれば大出世じゃなかろうか。同じ平民として、ちょっと尊敬する。

「そうか」

「あ、すいません……」

 殿下の前で言うことじゃなかった。反省する私に、しかし殿下は「なぜ謝る?」と不思議そうな顔。

「話を聞けば、大抵の人間がそう思うだろう」


 今年も名目上の主催は国王陛下の母上で、実際に取り仕切るのはアクア・リマという形になるらしい。

 昨年の宴が失敗していればそうはならなかっただろうから、つまり彼女の実力が認められたのだ。


「でも、あの。ルチル姫のあんな事件があったばかりなのに……?」

 実の娘が、不祥事を起こした直後である。宴で後ろ指を指されたり、嘲笑を浴びたりしそうな気がする。

 私だったら、そんな時に目立つことはしたくない。多分どこかでおとなしくしている。


「確かに、この時期に敢えて人前に出ようというのは、無謀とも大胆不敵とも言えるな」

とつぶやく殿下。

 皮肉のようでもあったが、何だか感心している風にも聞こえた。


「……アクア・リマってどんな人なんですか?」

 私の問いに、殿下はしばらく考えて、「頭がいい。それに、肝が据わっている」

 さらにもう少し考えて、「あの親父殿と長年連れ添っていられるのだから、忍耐強く、寛容でもあるのだろうな」

「…………」

 私はだんだん違和感を覚え始めていた。

 さっきから、殿下の話し方が。

 ……敵の話をしているようには聞こえない。

 離宮に追いやられたままの王妃様を差し置いて、王の寵愛を受ける女性。王妃様のご子息である殿下にとってみれば、憎い存在ではないのだろうか?

 しかも、あのルチル姫の母親だ。クリア姫がいじめられている時も、娘を叱るどころか放置していた人だ。

 それなのに、なんか。すごいさばさばした口調。


「一応、敵なんですよね?」

 今更とは思いつつ、確認せずにはいられなかった。

 カイヤ殿下は、実兄のハウライト殿下を次の王様にしたい。

 一方のアクア・リマは、娘のフローラ姫に王位を継がせるか、もしくは良い婿を迎えて、フローラ姫の子供を次代の王様にしたい。

 これまでのいきさつや感情を抜きにしても、両者は敵だ。敵同士のはずだ。


 殿下は否定しなかった。「そうだな」とうなずいた。

 だけど、そのうなずき方も何だか軽すぎて、ちゃんと意味がわかっているのかと不安になっただけだった。

「どうかしたか?」

と、聞かれても困る。

「別にどうもしませんけど……」

「ならばなぜ、そんな顔をする?」

 だから、聞かれても困るんだってば。

「えっと、その。……アクア・リマって、本当に敵なんですよね?」

「そうだと言っている」

 それなら普通、もうちょっと敵意とか感じさせないものかな。殿下が普通じゃないことは知っているけど、それにしたって。


 私の反応を見て、殿下は自分の言葉が足りなかったと思ったらしい。

「敵か味方かというなら、間違いなくアクアは敵だ。目的の不一致、利害の対立、存在自体が不利益を生じさせる相手。一般的に、それを敵と呼ぶ。和解も協力もありえない――」

 私は殿下の説明にストップをかけた。

「あの、すみません。もうわかりましたので」

「……そうか?」

「はい。もう十分に」

 アクア・リマのことはともかく、私の「違和感」が殿下に通じないってことはよくわかった。

「夜会の時は、十分気をつけます」

 ルチル姫の時みたいに、クリア姫が傷つけられることがないように。

「そうしてくれ。特に今は、ルチルの事件のせいで向こうも追いつめられているからな。夜会の場で、何らかの反撃に出ることも考えられる」

 夜会で反撃?

 ……もしや、クリア姫に毒でも盛るつもりとか?


「そんな直接的な手段は使わないだろう」

 クリア姫に危害を加えたところで王位が手に入るわけでなし、露見すれば自分が処刑されてしまう。

「無論、万一のことがないよう、最善を尽くすが」

 普通に考えて、クリア姫が狙われる可能性は低い。


 では何を? と疑問符を浮かべる私に、殿下の説明は以下のようなものだった。


「魔女の宴」は形式こそ親睦会のようなものだが、本来は政治的な意味合いが強い。

 身分の高い女性たちが集まって歓談しながら、互いに牽制し合い、権力を誇示し合い、時に火花を散らす。

「魔女の宴」とは本来、王国の上流階級の女性たちが、自らの、あるいは家や所属する派閥の、政治力と影響力をアピールするための場なのだ。


 その出席者たちに、フローラ姫こそが次代の王にふさわしい、と思わせる。

 あるいは「フローラ派」の方が「ハウライト派」より優勢なんだと示し、味方を増やす。

 それができれば、「フローラ派」にとっては大いにプラスになる。


 だからこそアクア・リマは、今度の宴で何かするかもしれない。

 たとえば、名家の御曹司との結婚を電撃発表する、とか。


「もっとも、フローラの縁談については、叔父上が特に気をつけているからな。そうそう出し抜かれることはないだろう」

 そういや、そうでしたね。確か、騎士団長の身内との縁談を潰した、なんて話も聞きましたっけ。

「ちなみに、ハウライト殿下に縁談とかは……?」

 殿下はなぜか微妙な表情で口ごもった。

「ないわけではないが……」

「あ、すみません。立ち入ったことを聞いてしまって」

 まあ、今更だけど。

 そもそも、メイド相手に、何でも話しすぎなんだよね、この人。


「……兄上が未婚であることは、確かに王位を狙う上では弱みになる」

と、殿下は言いにくそうに認めた。

 王国では、王位を継ぐこと自体は男性が多いものの、「魔女」を祖に持つお国柄もあって、女性の地位もけして低くはない。

 歴代の王妃様は、貴族の女性たちを集めてサロンを形成し、独自のネットワークを作り、王の助けとなってきた。いや、時には王を凌ぐほどの権力を集めてきた。

 しかし今現在、王妃様は王都を離れて久しく、「ハウライト派」で王都に残っている女性の王族といえば、幼いクリア姫と宰相閣下の奥方だけ。


「クリアの年で宴に出るというのは、実のところ、かなり早いのだが……」

 クリア姫は、昨年冬から「魔女の宴」に出ている。

 誰に命じられたわけでも強制されたわけでもなく、「自分にも何かできることがあるなら」というクリア姫本人の強い希望によって。


 なるほど、姫様らしい理由だと私は納得したが、殿下は複雑な表情を見せている。

 幼い妹に負担をかけていることを、兄として不甲斐なく思っているのかもしれない。

 ……どうだろう。

 あんな小さい姫様にそんな重責は酷だ、不憫だ、と思うべきなのか。

 それとも、しっかり者の姫様ならできる、子供扱いすべきじゃない、って思うべきなのか。


 どっちが正しいのか、私にはよくわからない。

 でも、自分の家族が大変な時に、ただ守られているだけ、というのは多分つらいんじゃないかと思う。クリア姫が、自分も役に立ちたい、とそう願っているのなら――。

 私も腹をくくって、メイドとして、そんな姫様をしっかりサポートしよう。


「夜会の時、私が気をつけることって何かありますか?」

 私はテーブルの上に身を乗り出した。

「ある。……今日はそれを話そうと思って来た」

 熱意が伝わったのか、殿下は丁寧に説明してくれた。

 夜会の出席者や、その関係性について。さっきは「話すと長い」と説明しなかった、側室の最後の1人のことも教えてくれた。彼女がなぜ、夜会の主催者になれなかったのかという理由も含めて。


 大方の説明を終えた辺りで、ダンビュラがやってきた。

「おう、来てたのか?」

「ああ。クリアの様子はどうだ?」

 今は起きていると聞いて、殿下は様子を見に行くと席を立った。

 じゃあ、私は夕食の支度を――と台所に向かいかけた時。

「エル・ジェイド」

 呼ばれて振り向けば、殿下が戻ってきていた。

 いつも着ている黒い外套の中から封書を1通取り出し、

「すまない。これを渡すのを忘れていた」

 前に約束した物だと手渡されたそれには、私の知らない名前が書いてあった。

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