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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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93 第二王子の訪問1

「これは叔母上からだ」

 夕方、お屋敷に現れた私の雇い主は、大量の衣装ケースを見てそう言った。

 カイヤ・クォーツ殿下。

 国王ファーデン・クォーツの第二王子で、王国の第二王位継承者。4年前に終わった南の国との戦争で、国を救った英雄。年は私より4つ上で、22歳だと聞いた。

 長身と形容するほどではないがそれなりに背が高く、体型は多分、すらっとしている方。厚手の外套で首から下をすっぽり覆っているため、はっきりわからないけど。

 今は6月である。王国では初夏から夏へと向かう時期、たまに汗ばむような日もあるが、基本は涼しく、空気はからりとしている。

 そのさわやかな季節に、どう考えてもふさわしくない重苦しい服装。しかも、色は黒。髪の色も黒だから、本当に黒一色だ。


 にも関わらず、ぱっと見、印象に残るのはその怪しい格好よりも、その顔立ちだった。

 早い話が、イケメンなんである。それも普通のイケメンじゃない。ちょっと見ないレベルの、ものすごくキレイな人。道を歩くだけで、一目惚れした信奉者がぞろぞろついてきそうなくらい。

 いや、別に冗談を言ってるわけじゃなく、本当なんだってば。


 特に印象的なのが瞳だ。

 見つめられると吸い込まれそうになる、夜の闇のように深い漆黒の瞳。

 多分、目が合っただけで恋に落ちてしまう人も(異性に限らず)居ると思うので、「できるだけ他者と見つめ合わない方がいい」って忠告したこともあるほどだ。


 本人はいまいちわかっていないのか、単に話す時のクセなのか、よく人の顔をじっと見つめてくる。幸い、今のところは惚れずにすんでいるけど、それはこの人が私のタイプではないからだ。

 私の母は、年に似合わず夢見る乙女みたいなところがあって、キラキラの王子様がヒロインと結ばれる、的な物語が大好きだった。

 幼い頃から母の王子様ドリームを聞かされて育った私は、逆にそういうものが苦手になってしまったのである。

 殿下のことは別に苦手じゃないが、こと恋愛に関しては対象外である。


「叔母上様が、このドレスを?」

「ああ。クリアに似合いそうなものを見立てたと言っていた。今度の夜会で着るようにと」

 やっぱり。今度の夜会用か。

「ちなみに、その叔母上様というのは……」

 私の質問に、殿下はちょっと考えて、「そういえば、おまえは面識がなかったな」と言った。

「母上の妹で、先日おまえが会った宰相の――」

「ああ、奥方ですか」

 私はぽんと手を打った。宰相閣下の奥方が王妃様の妹姫、って話は前に聞いたことがある。

「叔母上は、昔から俺たち兄妹の面倒を見てくれていてな。クリアのことも随分可愛がっている」

 殿下はそこで玄関ホールに山と積まれた衣装ケースを見回し、「……多少、やり過ぎな面はあるがな」と付け加えた。

 殿下もやり過ぎだって思うのね。私だけじゃなくて良かった。


「どんな方なんですか?」

 殿下のお身内なら、さぞお美しいのだろう――中身は変人、という可能性も捨てきれないが。

「叔母上は、今度の夜会に出席する」

 だから人柄についてはその時わかるだろうと、殿下はくわしい説明はしてくれなかった。


「それより、クリアはどうしている? 部屋に居るのか?」

 兄殿下がお屋敷に訪れると、クリア姫は私が呼びに行くまでもなく、出迎えに現れる。なのに、今日は姿が見えないので気になったようだ。

「あー、はい。居ますけど、実はちょっと休んでもらっていて……」

 具合が悪くて仮眠をとってもらっている旨を報告すると、殿下の顔が曇った。

「お夕食の前には多分起きてこられると思うので……、あの、殿下もご一緒にどうですか?」

 カイヤ殿下は多忙な人だが、それでも暇を見つけては妹姫の顔を見にやってくる。

 本当に多忙な人だから、ちょっと顔を見るだけで帰ってしまうことも珍しくないんだけど、今日の返事は「食べていく」だった。


「メニューはなんだ?」

「えっと、夏野菜のリゾットと、鶏の冷製と、フルーツのコンポートと……」

 具合の良くないクリア姫のために用意したので、口当たりの良さを優先したあっさりメニューである。殿下には物足りないかもしれない。


 しかし私の懸念をよそに、殿下は「楽しみだな」と目を輝かせている。

 この人って、意外によく食べるんだよね。いや、若い男の人なんだから、食欲旺盛なのは普通かもしれないけど……。なんか、見た目とのギャップが……。

 私の料理は、母と祖父母に習った居酒屋メニューと家庭料理である。

 贅沢なものも、珍しいものも作れない。なのに、殿下の評判はすこぶるいい。


 ひとまず居間にお通しして、殿下の好きな紅茶を淹れる。

 南向きの窓から、暖かな午後の光が差していた。

 さほど広くない室内は、品のいいアンティーク調の家具で統一されている。華美でなく、贅沢過ぎず、しっとり落ち着いた雰囲気だ。

 前述のようにこのお屋敷は、先々代の国王陛下が、最愛の后のために建てたもの。

 お2人が公務を離れ、プライベートな時間を過ごすための場所なんだろう。愛の巣というより、お金持ちの老夫婦の隠居所みたいな風情がある。


「どうぞ」

 私がティーカップに紅茶を注いで差し出すと、殿下は「ありがとう」と受け取った。

 一口飲んで、「うまいな」とつぶやく。その黒い瞳は、何もない宙の一点をじっと見つめている。

 何か考えていたり、物思いにふけっている時の顔だ。多分、部屋で寝ているクリア姫のことを心配しているんだろうなと私は察した。


 数時間前、ダンビュラと交わした会話を思い出す。

 クリア姫の元気がない原因、先日起きたルチル姫の行方不明事件について、殿下とも話したい気がした。

 あれ以来、殿下は事後処理で忙しく、2人きりでゆっくり話す機会もなかった。

 事件の顛末については、一応、簡単な報告を受けてはいるが――。

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