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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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92 姫君の憂い

 振り向いた私の前に立っていたのは、しかし男ではなかった。

 一言でいえば、しゃべるケモノだ。

 体長は1メートル20センチくらい、体高も同じくらい。ぱっと見はガタイのいい山猫って感じ。全身に虎じまがあって、とがった耳と長い尾、四つ足に鋭い爪が光っている。


 彼はダンビュラといい、私の同僚だ。クリア姫の護衛として、殿下に雇われている。

 見た目ケモノなのに言葉を話せる理由は、彼が元は人間であり、今からおよそ300年前、魔女の呪いによって姿を変えられてしまったからだと。殿下には聞いている。


 そんなこと信じられない――と言われても困る。私だって、頭から信じているわけじゃない。ただ、信じようが信じまいが目の前の現実は変わらないので、深く考えないようにしているだけだ。


 そのダンビュラは、玄関ホールに山と積まれた衣装ケースを見て、もう1度「なんだ、こりゃ」と繰り返した。

「やけに騒がしかったが、誰か来てたのか?」

 騒がしいのに気づいていたなら、もうちょっと早く様子を見に来ればいいと思う。この護衛、イマイチやる気がないっていうか、アテにならないんだよな。

 ただ、彼がクロムと顔を合わせずにすんだのは幸いだった。

 2人は仲が良くない。会うたび、無益な言い争いを繰り返す。多分、近親憎悪ってやつだと私は思っている。口が悪いところとか、ガラが悪いところとか、あまり品が良くないところとか、似てるし。


「殿下から、クリア姫へのお届け物らしいですよ」

 私が答えると、ダンビュラは「はあ?」とわけがわからないという顔をした。

 そんな顔されたって、私にもわけがわからない。


「あ、もしかして。今度の夜会で使う、とか?」


 王国では年に2度、夏至と冬至の日にひらかれる特別な夜会がある。

 別名「魔女の宴」。

 ……念のため言っておくと、別に怪しい集まりではない。

 生け贄を捧げたり、悪魔を呼び出したり、そういう怪しい儀式も多分しない。

 大昔から続く伝統行事で、出席者は身分の高い女性に限られる。

 要するに、王族とか、名家のご令嬢やご婦人たちが参加者ってことだ。国王の娘であるクリア姫も、当然出席する。


「夜会で着る服なんざ、こんな山ほど要るか?」

 ……まあ、それは。お色直しを何回したって、使いきれないくらいあるのは確かだ。

「それより、最近嬢ちゃんが落ち込んでるから、じゃねえのか?」

 クリア姫が落ち込んでるから? ……つまり、贈り物をして元気になってもらおうってこと?

「物で機嫌をとるって、定番だろ」

「……何の定番ですか」

 言いたいことはわからなくもないが、こんな金に物を言わせて、みたいな贈り物、カイヤ殿下のイメージじゃない。

 あの人が贅沢してる姿なんて、少なくとも私は見たことがない。そういうところは全然王族らしくないんだよね。むしろ庶民的というか……。


 ただ、このところ、クリア姫の元気がないのは事実だ。

 原因は、しばらく前に王宮内で起きた事件である。

 クリア姫の異母姉であるルチル姫が行方不明になり、結局は無事見つかったのだが……その過程で、色々あったのだ。


「そういえば、クリア姫。具合はどうですか?」

 今日も朝から気分が優れない様子だったので、昼食の後に仮眠をとってもらっている。

 ダンビュラは「ぐっすり寝ていた」と答えた。

「もうしばらく寝かせといてやれよ。ここんとこ、まともに眠れてなかったみたいだからさ」

「そうですか……」

 大人びているとはいえ、まだ12歳なのに。夜もまともに眠れないなんて……胸が痛くなる話だ。


「姫様の元気がないのって、やっぱりこの間のことが原因……ですよね?」

 ちらりとクリア姫の部屋の方を伺ってから、「どうなんだろうなあ」とダンビュラは首をひねった。

「悪ガキにようやく天罰が下っただけで、あそこまで落ち込むことはねえと思うんだが……」

 いや、天罰って。

「ダンビュラさんと一緒にしないでくださいよ。姫様は繊細なんですよ?」


 ルチル姫が悪ガキ、というのは嘘じゃない。天罰が当たっても仕方がないような行いをしていたこともまた、事実だ。

 ルチル姫には手下のような護衛のような、取り巻きの少年が5人居た。

 彼女はそのうち1人に対し、暴力を振るっていたのだ。それも人目につかない場所で、繰り返し。

 その少年が耐えかねて反逆し、ルチル姫にケガを負わせた。さらに、事件の発覚を恐れた他の少年たちが、ケガをした彼女を隠し部屋に閉じ込め、放置してしまった。

 天罰などではない。人間同士の揉め事であり、事件である。

 しかも、事件のことを知った大人が――クリア姫にとっては叔父に当たる宰相閣下が、それを政治的に利用しようとした。


 ルチル姫の醜聞を国民に広めるため。

 彼女の母親や、その義父である騎士団長を失脚させるため。

 宰相閣下は、幼いルチル姫の命を見捨てようとした。

 結果的にそうならなかったとはいえ、クリア姫にとってはショックだったはずだ。

 見捨てようとした側も、見捨てられそうになった側も、彼女にとっては血縁者なのである。ダンビュラのように気楽に、「悪ガキに天罰が下った」なんて思えるはずがない。


「俺はあんたより嬢ちゃんとの付き合いが長いんだよ」

 だからクリア姫のことは自分の方がよくわかっている、とでもいうように、ダンビュラは断言した。

「嬢ちゃんがああやって落ち込む原因は、だいたい決まってるんだ」

 兄貴だよ。

 カイヤ殿下だ、と。

 殿下とケンカしたとか、何か迷惑をかけてしまったとか。

「嬢ちゃんは重度のブラコンだからな」

 重度のって……まあ、嘘じゃないけど。


 私が聞いた話によれば、クリア姫がブラコン、というかお兄ちゃん子になってしまった原因は、彼女の生い立ちにあるようだ。

 父親とは縁が薄く、母親は病弱で閉じこもりがち。

 人里離れた離宮で生まれ育ち、8歳の時にお城に移り住んでからは、この庭園からほとんど出たことがない。

 つまりクリア姫の世界は、いまだ狭い。

 その狭い世界と、12年という短い人生の中で、最も自分を大切にしてくれた存在がカイヤ殿下で。

 クリア姫の小さな世界の中心には、大好きな兄殿下が居るのだった。


「だけど、今回は別に……殿下とケンカしたわけでも、迷惑かけたわけでもないですよね?」

 カイヤ殿下がルチル姫の命を見捨てようとしたとでもいうなら、あの優しい兄が、とショックを受けることもあったかもしれないが、現実は逆だし。

 もう1人の兄であるハウライト殿下だって、子供を死なせることには、なんだかんだで消極的だった。

 1番非情なことを言っていた叔父の宰相閣下でさえ、ただの冷酷な人には見えなかった。

 ……なんか、昔、色々あったようなことも言ってたし。

 自分が過去にひどい目にあったからといって、他人の命を軽んじてもいい理由にはもちろんならないだろう。

 でも、それを安易に責められないくらい、あの時の3人の間には重たい空気が流れていた。


「……って、ダンビュラさん?」

 返事がないと思ったら、いつのまにか山猫もどきの姿が消えていた。

 言うだけ言って居なくなってしまったのか。勝手な奴。衣装ケースだって片付けなければならないのに、少しは手伝おうとか思わないんだろうか。

 私はあらためて、衣装ケースの山を見上げた。


 ……無理だ。どう考えても、1人でどうにかできる量じゃない。

 クロムは「後で殿下が寄る」って言ってたし、その時にどうすればいいのか聞こうっと。

 そう決めた私は、さっさと台所に引き上げた。昼食後のお皿洗いが途中だったからだ。

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