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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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91 これまでの経緯

 大陸西端の小国・クリスタリア。

 この国には、古くから伝わるおとぎ話がある。


 ――むかし、むかしのそのむかし。

 ノコギリみたいにとんがった高い山のてっぺんに、2人の魔女が住んでいました。

 1人は恐ろしい黒い魔女。1人は優しい白い魔女。

 2人は姉と妹で、気の遠くなるような昔から、仲良く一緒に暮らしておりました――。


 こんな書き出しで始まるこのおとぎ話は、王国誕生の物語でもある。

 お話の中で、白い魔女は人間の若者に恋をし、その後、色々あって魔女としての力を失い、普通の人間になって若者と結ばれる。

 そして、2人で国を作る。

 その国こそがクリスタリアで――つまり王国を興した王家のご先祖様は、「白い魔女」だということになっているのだ。

 嘘かまことか。それは誰にもわからない。真実は遠い歴史の闇の中、だ。


 ともあれ、この国では「白い魔女」は守り神のようなもの。

 私も幼い頃から、何か困ったことがあった時、かなえたい願いがある時など、よく魔女にお祈りしたものだ。

 ……自己紹介が遅れたが、私の名はエル・ジェイド。

 18歳、性別女。外見はごくフツー、腰まで届く長い髪をしている。その髪の色が白、というのが珍しいといえば珍しく、ちょっとしたコンプレックスのもとでもある。

 世の中には白く美しい髪というものも存在するが、私の場合は髪質が硬く、艶もない。まるで加齢による白髪しらがのようで、美しいとは言いがたいのが実情だ。


 庶民生まれの庶民育ち、やや頭に血が上りやすいのが欠点で、口より先に手が出ることも多い。一応気をつけてはいるのだが、生まれ持った性分というものは、そう簡単には直らないようだ。


 血の気が多い性格は、多分、祖父に似たのだと思っている。

 居酒屋の親父という職業に似合わず、潔癖で厳しい人だった。品のない酔っ払いなど、店から叩き出すことも珍しくなかった。

 そういう人だから、地元ではけっこう信用があるんだけどね。


 ちなみに私の地元は、王都から馬車で3日ほどの距離にある、街道沿いの小さな宿場だ。

 今から、およそ1ヶ月前。

 私は生まれ育った故郷を離れ、王都にやってきた。

 その目的はひとつ。

 7年前に突然失踪した、父親の行方を探すためである。


 私の父は行商人だった。王国中の村や街を巡り、物資を売り歩いていた。

 しかし、それは父が正体を隠すための、いわば「表の顔」に過ぎなかったのだ。

 では「裏の顔」は何かといえば、王国中の村や街を巡り、物資を売り歩きながら情報を集め、諜報活動を行う「密偵」だったのである。

 ……嘘みたいだが、本当の話だ。


 今から7年前、私の故郷に、武器を持った怪しい男たちがやってきて――詳述は避けるが、結果的に5人も人が死に、父は失踪した。

 母の話によれば、当時、父は仕事で「失敗」をしたらしく、雇い主から刺客を送りつけられることになった。そして、その刺客たちを返り討ちにしてしまい、姿を消すしかなくなったのだという。


 お父さんが帰ってくることはもうない。あきらめなさい。

 母はそう言った。


 それでも私は、父を探すため、王都にやってきた。

 心配し、止めようとする家族を振り切って。

 理由は――。

 まあ、これも詳述は避けるとしよう。

 自分でも信じられないような理由だし、そもそも白昼夢を見ただけなのかもしれないのだし。

 ともかく私は、父を探すため、王都にやってきた――。


 父は王都の「偉い貴族様」に仕えていた。

 だから自分も貴族のもとで働けば、父の手がかりを得られるんじゃないか。

 そう考えた私は、貴族のお屋敷で働くメイドか家政婦になろうと決めていた。

 幼い頃から家業を手伝ってきたおかげで、家事と料理にはそれなりに自信があったし。

 戦後復興のための行政改革で、王国は好景気にわいている。学もツテもない若い娘でも、王都に行けば仕事にありつけるとも聞いた。


 考えが甘い、と言われれば否定できない。

 事実、王都にやってきた直後にサギみたいな仕事に引っかかり、3日も留置所に入れられるハメになったりもした。

 だが、結論からいえば、私の甘い目論見はうまくいったのだ。

 仕事を探すために訪れた公共職業安定所で、運命を変える出会いを――良い方にか、悪い方にかはともかく――果たしたのだから。

 王国の第二王子にして救国の英雄、カイヤ・クォーツ殿下にリクルートされ、彼の妹姫のメイドとして働くことになったのである。


 妹姫の名前はクリスタリア。王国と同じ名を持つ、12歳のお姫様だ。

 美しくて賢くて気品があって、意地悪な異母姉にいじめられているという、まるでおとぎ話の登場人物みたいなお姫様。

 ……話を聞いた時には、いわゆる身内の欲目的なやつかと思ったものだが、実際に会ったクリスタリア姫は、確かに美しくて賢くて品があった。

 それに、可愛かった。

 真面目で、照れ屋さんで。

 年齢よりも大人びていて、庶民生まれのメイド娘を気遣ってくれるような思いやりもあって。

 まだお仕えするようになって間もないけれど、私はすっかりこの姫様のファンである。


 クリスタリア姫――愛称・クリア姫は、王宮内に作られた庭園でお暮らしになっている。

 王国史上屈指の名君と称えられた先々代の国王陛下が、愛する后のために整えた、今は荒れているけど、美しい庭だ。

 その庭園内に建てられた、お屋敷と呼ぶにはこじんまりした離れが、彼女の住まいである。

 父親の国王陛下や、母親の王妃様とは離れて暮らしている。

 幼いクリア姫を取り巻く事情は複雑らしい。

 いや、彼女だけでなく、王国の政治事情そのものが非常に複雑だ。


 別に内乱が起きているとか、政治が腐敗して庶民の暮らしが厳しいとかいうわけじゃない。むしろ良質の宝石が豊富に採れる王国では、庶民の生活もけっこう豊かな方だ。

 複雑なのは、国王陛下の後継問題である。


 私を雇ってくれたカイヤ殿下は、現国王を父に、先々代国王の孫姫である王妃様を母に持つ、これ以上ないほど正当な血筋の持ち主だ。

 しかしながら、彼のこれまでの人生は、順風満帆とは言いがたいものだったようだ。

 女好きの王様には、王妃様の他にも側室が3人、愛人がたくさん。そして彼女たちのバックには、隙あらば権力の座を狙わんとする諸勢力がひしめいていた。

 正当な血筋を持つカイヤ殿下は、その正当さゆえに、彼らに疎まれてきた。兄である第一王子のハウライト殿下と共に、幼い頃、追放同然に城を出されたこともあったそうだ。


 4年前に終わった隣国との戦争で、カイヤ殿下が国を救う活躍をしたおかげで――また、母方の叔父である宰相閣下の、(手段を選ばぬ)尽力の甲斐あって。今現在は、その地位もわりと安定しているみたいだけど。

 聞いた話では、まだまだ敵が多いみたい。


 私はただのメイドで、王国の政治に関わるような立場ではない。

 だけど、お仕えするクリア姫には、できれば平穏に、幸せに暮らしてほしいと願っている。

 それに、カイヤ殿下にも。

 私の雇い主は、基本いい人である。

 父王を斬り殺そうとしただの、人の血を好んで飲んでいるだの、やたら悪評が多いせいで一部では危ない人扱いされているが、実物は違う。

 会ったばかりの庶民娘にも親切にしてくれるようなお人よしだ。全然危なくない。

 ちょっと普通とズレたところがあって、一緒に居るとよく驚かされたり、振り回されたりすることはあるが、それも最近では慣れてきた。……驚かされることがなくなったという意味ではなく、驚かされるのが日常の一部になりつつあるという意味だ。


 今も、そう。

 私はお屋敷の玄関ホールに立っていた。

 大理石の床、高そうな調度品、照明はシャンデリア。サイズこそこじんまりしているものの、見た目は典型的なお屋敷の玄関ホールである。


 入口のドアは開いていて、そこから大柄な男の人たちがひっきりなしに出入りしている。

 彼らが屈強な肩にかついでいるのは、豪華な衣装ケースだった。

 それも、ひとつやふたつじゃない。後から後から運ばれてくる。

 ためしに開けてみたら、フリルのたくさんついたピンクのドレスが入っていた。サイズから見て、明らかに子供用だ。

「いったい何ですか、これ」

 面食らう私に答えたのは、運搬作業をしている男たちではなく、その様子を眺めているだけの、ちょっとやさぐれた空気のある兵士だった。


「知らねえよ。俺は持っていけって殿下に命令されただけだ」

 彼の名はクロム。カイヤ殿下の部下で、王族を守る近衛騎士である。

 年齢は30歳くらい。無精ひげに寝癖のついた髪、寝不足なのか顔色が悪く、吐く息は微妙に酒臭い。

 近衛騎士、という肩書きが率直に言って信じられない風体であるが、当人によれば、「休み明けで、微妙に二日酔い」なんだそうだ。

 近衛騎士が二日酔いで出勤している時点で色々ダメだと思うが、今はそんな些事より衣装ケースのことだ。


「……殿下に?」

 妹可愛さのあまり、頭が変になっちゃったのかな、あの人。こんな大量のドレス、衣装屋さんを始めるわけでもないだろうに。

「後で寄る、って言ってたから、くわしいことはその時に聞けよ」

 面倒くさそうに吐き捨ててから、クロムはふいに顔をしかめた。どうやら頭痛でもするらしく、話もそこそこに引き上げていってしまう。

 運搬作業に従事していた男たちも、仕事を終えて去っていく。残されたのは私と、玄関ホールに積み上げられた大量の衣装ケースの山。


 どうしたものかと途方に暮れているところに、「なんだ、こりゃ?」と男の声がした。

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