90 解けない呪い
※「00 2人の魔女のおはなし」の続き。
作中に出てくる絵本の後半部分です。小説本編とは連続していません。
むかし、むかしのそのむかし。
ノコギリみたいにとんがった高い山のてっぺんに住む2人の魔女に、魔法で閉じ込められてしまった哀れな娘がおりました。
娘の父親は王様でした。
自分の国が、いくつもの災いに同時に襲われて、滅びそうになった時。
国を救ってほしいと、魔女たちに願ったのです。代わりに、自分の子供を差し出して。
魔女たちは王様の願いをかなえ、国は救われましたが、娘は水晶でできた高い塔に閉じ込められてしまいました。
魔女たちは娘に言いました。
100年、塔から出てはならない。誰とも会ってはならない。その約束を守れたら、おまえを自由にしてやろうと。
そうして、娘は1人ぼっちになりました。来る日も来る日も、塔の上から、高い空を見上げて過ごしました。
それから、10年の月日が過ぎた頃。
誰も訪れることのなかった水晶の塔に、1人の若者がやってきました。
若者は娘の兄でした。
その日もいつものように空を見上げていた娘は、遠い地上から、自分を呼ぶ声を聞きました。
「妹よ、身を捨てて国を救った哀れな妹よ。どうか姿を見せておくれ」
「お兄様なのですか?」
娘は塔の上から身を乗り出して、地上を見下ろしました。
けれど、そこには深い霧がかかっていて、何も見えません。ただ懐かしい声だけが、霧の向こうから聞こえてきます。
「そうだ、妹よ。私はおまえを迎えに来たのだ」
若者は語りました。
南の国の兵士を追い払い、地震や洪水からも立ち直り、国はとても豊かに栄えていること。昨年、王様が亡くなり、彼らの兄が国を継いだこと。
「兄上はおまえを哀れに思っている。国のために身を捨てたおまえを、何としても幸福にしなければならないと仰っている」
妹は泣く泣く答えました。
「私は帰れません。国を救う代わりに、魔女たちに我が身を差し出したのですから。恐ろしい魔女との約束を破ることはできません。どうか、どうかお帰りください」
若者はあきらめませんでした。
「ならば私は、魔女たちと話をしよう」
そう言って、2人の魔女に会いに行きました。
「私の妹を自由にしてほしい」
若者は魔女たちに頼みました。
「それがおまえの願いであるなら、代償は何か?」
黒い魔女は尋ねました。しかし若者は「願いではない」と答えました。
「国を救うのは、私の父上の願い。その父上は、大勢の国民に名君と称えられ、とても幸せな最期を遂げた。だが、国を救ったのは、本当は私の妹だ。ならば幸せになるべきなのも、本当は私の妹であるはずだ」
「おまえの妹は、身を捨てて国を救うことを自ら願ったのだよ」
黒い魔女がそう言っても、若者は納得しませんでした。
「私は何としても妹を連れて帰る。それまで、ここから一歩も動かないつもりだ」
その言葉通り、若者は、それから何日たっても帰ろうとしませんでした。
朝は水晶の塔を訪ね、顔の見えない妹に語りかけ。夜は魔女たちのもとを訪れて、同じ頼みを繰り返し。
黒い魔女の答えは、いつも同じでした。
「おまえの妹は、身を捨てて国を救うことを自ら願った。その願いを取り消すことはできない」
けれど心優しい白い魔女は、この妹思いの若者のことが、とてもかわいそうになりました。
「妹を取り戻したいなら、願い事をなさい」
白い魔女は若者に言いました。
「代償を差し出さなければならないけれど、お姉様はきっと願いをかなえてくださいます」
若者は答えました。
「願い事はしない。ただ、妹を連れ帰りたいだけだ」
「それはできません。願いをかなえるためには代償がいるのです。それはこの世の大切なことわり。歪めることは、誰にもできないのですよ」
白い魔女に何と言われても、若者は頑として聞き入れませんでした。
「そのことわりは間違っている。あるいは、あなたの姉上が間違っている。私の妹だけが不幸せになるのは、絶対に公平ではないはずだ」
白い魔女は途方に暮れました。
彼女の姉が、恐ろしい黒い魔女が間違っているだなんて、そんなことを口にする人間は居ませんでした。
――果たしてそうなのだろうか? 姉は過ちを犯したのだろうか?
いいえ、そんなはずはありません。
若者が妹を連れ帰りたいのは、兄として、妹を愛しているから――ただそれだけなのです。
自分1人の想いのためにことわりを曲げるなど、身勝手も甚だしいこと。けして許されるはずがありません。
黒い魔女はやはり、間違ってなどいないのです。
……けれど。
ならば、間違っているのは若者の方なのでしょうか。
愛する家族の幸せを願うのは当たり前のこと。それを間違いだと決めつけてしまうのは、酷なことに思えてなりません。
――私はどうすればいいのだろう。どうするのが正しいのだろう。
若者が訪れたその日から、白い魔女はひどく心乱れておりました。
一方、塔の中の娘もまた、心を痛めておりました。
2人の魔女が、自分を自由にしてくれるわけがない。このままでは、大切な兄上が、魔女たちの怒りを買うことになってしまう――。
「どうか、国にお帰りください、お兄様」
いつものように水晶の塔を訪ねてきた若者に、娘は訴えました。
「それはできない」
深い霧の向こうから、若者の声が答えました。
「お帰りください。どうか、私のことはお忘れになって」
「血を分けた妹のことを、どうして忘れることができようか。この10年、私は1日だっておまえを忘れなかった。いつだって、おまえのことを想っていたのだよ」
若者の言葉に、娘の胸は激しく痛みました。
その痛みは、身を裂くような悲しみであり。
またその痛みは、震えるほどの喜びでもあったのです。
――私は1人ぼっちではなかったのだ。
来る日も来る日も、たった1人で空を見上げていたあの日々は、ただ孤独で虚しいだけの年月ではなかった。
同じ空の下で、私のことを想ってくれる人があったのだ。
そう知った時。
娘は生まれて初めて、自分のためだけに強く願ったのです。
兄の顔が見たい。
身を裂くような痛みと、身の震える喜びを同時にくれたその人の顔が、どうしても見たい――。
すると、何ということでしょう。
今まで娘を閉じ込め、何者も通すことのなかった水晶の塔の扉が、音を立ててひらいたではありませんか。
それを見た若者は、喜んで妹に会いに行きました。
娘もまた、高い塔の階段を駆け下り、2人はついに再会を果たしたのです。
「お兄様。ああ、立派になられて……」
「妹よ。おまえは少しも変わっていない」
2人は互いに駆け寄り、固く抱擁を交わしました。
「お兄様。優しいお兄様。私は――私は、あなたを愛しております」
「妹よ、私もだとも。ずっとおまえのことを愛していたよ」
若者は妹の髪を優しくなで、その頬にそっと口づけしました。
それから2人は、堰を切ったように語り合いました。
互いのこと、父親のこと、母親のこと、もう1人の兄のこと。国のこと、それから、思いつく限りのことを。
やがて夜が更け、語る言葉も尽きた頃、若者は言いました。
「共に帰ろう、妹よ。国の皆がおまえを待っている」
帰りたい、と娘も思いました。国の皆に会うためではなく、ただ若者と共に行くために。
けれども、それはかなわぬ願いなのです。このまま国に帰ることなど、魔女たちが許すでしょうか。
100年、誰とも会わずに過ごす。その約束を、自分は破ったのです。
きっと恐ろしい罰を受けるでしょう。もしかしたら、自分だけでなく、若者も――。
「どうかお逃げください、お兄様」
娘は言いました。
「お会いできたこと、お話しできたこと、忘れません。その思い出を胸に、妹は生きていきます。もしも、命があるのなら」
「おまえ1人を置いて逃げることなどできるものか」
若者はきっぱりと告げました。
「私はもう1度、魔女たちに会いに行こう。そして、許しを願おう。必要ならば、代償も差し出して――」
「いけません、お兄様」
娘は激しくかぶりを振って、若者の腕にすがりつきました。「魔女に願い事をしてはなりません。必ず大切なものを失うことになります。どうかどうか、逃げて下さい」
その時、兄と妹の前で、白い光が弾けました。
「約束を破ったのですね」
2人がまぶしさにくらんだ目をひらくと、そこには節くれ立った木の杖を手にした白い魔女が立っておりました。
「100年の間、誰とも会ってはならないと言ったのに。私は、私たちは、おまえを罰しなければなりません」
その声は冷たく、恐ろしく、いつもの優しさはどこにもなく、まるで黒い魔女のようでした。
「妹は何も悪くない」
恐怖で凍りついてしまった娘をかばうように、若者が前に出ました。
「私が勝手に会いに来ただけだ。必要ならば、自分を罰してほしい」
「…………」
白い魔女は口をつぐみました。冷たく怒りに満ちた瞳で、じっと若者を見つめて。
長い長い、沈黙の後。
白い魔女は、手にした杖を静かに下ろしたのでした。
「今日のことは秘密にしましょう」
娘は、自分の耳が、たった今聞いた言葉が信じられませんでした。
「1度だけですよ。2度はありません。今度同じことをしたら、あなたたちは2人とも、無事ではすまない。……いいえ、2人だけではなく、あなたたちの国も、そこに暮らす民も、かつて願いによって救われた全てのものに、恐ろしい災いが降りかかることでしょう」
だから、と白い魔女は続けました。
「今日のことは秘密です。絶対に、誰にも明かしてはなりません」
若者はぱっと顔を輝かせて、白い魔女に駆け寄りました。
「ありがとう、白い魔女。あなたはとても優しい人だ」
「……1度だけですよ」
若者に見つめられた白い魔女は、恥じらうように瞳を伏せました。
その白い頬が、ほのかに赤らんでいて。
――恋をしているのだと。
娘には一目でわかりました。
なぜ、わかったのでしょう? それは、自分も同じだったからです。
自分もまた、若者に恋をしていたからです。
ああ、なんてこと。
実の兄上に心を奪われるなど。なんて、なんて愚かなこと――。
「さあ、もういいでしょう。塔から出なさい」
「ありがとう、白い魔女」
感謝の言葉を繰り返しながら、若者は塔から出て行こうとしました。
どうかお待ちになって、行かないで――。
若者の背に手をのばそうとした娘の前で、無情にも塔の扉が閉ざされていきました。
バタンと、重たい音をたてて。
そしてそれきり、2度とひらくことはありませんでした。
仕方なく、娘は塔の上に戻り、いつものように兄の訪れを待ちました。
やがて日が沈み、夜になり。
また日が昇り、朝が来て。
けれど、いくら待っても、待ち続けても、懐かしい声が霧の向こうから聞こえてくることはありませんでした。
それでも娘は待ち続けました。
たった1人で、来る日も来る日も、空を見上げて。
それはまるで、あの1人ぼっちの日々が戻ってきたかのようでした。
ずっと1人で、娘は生きてきたのです。
10年も。
ああ、それなのに。
若者の訪れがない1日は、10年よりもはるかに長く感じられるのでした。
――どうして。
どうして、来てくれないのだろう。
やはり罰を受けたのか。約束を破って会ったことが、黒い魔女に知られてしまったのか。
それともこれは、自分への罰か。
愛しい人と、もう2度と会うことはできないという。
声を聞くことすらかなわぬという。
そうかもしれない。
きっとそうなのだろう。
そうに違いない。
自分はまた、1人ぼっちに戻ったのだ。
ずっと誰とも話すことなく、誰とも会うことができずに過ごすのだ。
100年か、あるいは世界の終わりまで。
――ああ、でも。
どうしてこんなに苦しいのだろう?
自分は長い間1人だった。当たり前に1人だった。
それなのに、今はそれが苦しい。つらくて仕方がない。
目を閉じると浮かぶのは、愛しいあの人の顔。
顔が見たい。声が聞きたい。
身の内が焼け焦げるほど、あの人に会いたい。会いたくて仕方ない。
それがかなわないことが、こんなにも苦しいなんて――。
日がたつにつれ、苦しみは不安と疑いの心に変わっていきました。
目を閉じると浮かぶのは、愛しいあの人を見つめる、白い魔女の顔。
夢見るような瞳と、紅潮した頬。まるで穢れを知らぬ乙女のように、愛する人を見つめるまなざしの、なんて憎々しいこと!
人の心を持たぬ魔女のくせに。
魔女が人を愛するなど、愚かなことなのに。
実の兄を愛した自分の愚かさと、どれほどの違いがあるというのか。
なのに、私は塔の中で1人。
あの魔女は、今も愛しい人を見つめているかもしれない。見つめるだけでなく、手を触れているかもしれない。口づけしているかもしれない――。
日がたつにつれ、不安と疑いの心は、深い憎しみへと変わっていきました。
生まれて初めて、娘は心の底から、誰かを憎みました。
いつしか水晶の塔の周囲には、娘の心を移したような暗い雲が立ちこめるようになりました。
娘が若者と会ったその日から、7日と7晩が過ぎた頃。
ついに耐えきれなくなった娘は、塔の上に立って叫びました。
「魔女よ、黒い魔女よ! どうか私の告白を聞いてください! 私は約束を破りました! 禁を犯し、この塔の中に、愛しい人を招き入れました! この身はもはや、もとの清らかな娘ではありません! 愛と憎しみに毒された、醜い人間の女です!」
娘の言葉に、黒い魔女の返事はありませんでした。
もう1度、娘が声を限りに叫ぼうとした時。
塔を取り巻く暗い雲の向こうで、何かが光りました。
その小さな光は、瞬きするほどの間に無数の稲妻となり、水晶の塔を打ちすえ、粉々に破壊してしまいました。
無数の稲妻は、ノコギリみたいにとんがった高い山から見える全ての土地にも降りそそぎました。
大地は燃え、風は荒れ狂って嵐となり、川はあふれて洪水を起こし、どこからともなく石つぶてや弓矢が人々を襲いました。
最後には地面がぱっくりと割れて、全ての人と物とを飲み込んでしまいました。
――気がつくと、娘は自分の足で大地に立っておりました。
辺りには、粉々になった塔の破片が散らばっていて。
目の前には、2人の魔女が立っていました。
「何が起きたのですか?」
娘は魔女たちに問いかけました。「お兄様は――お兄様はどこに?」
「おまえの兄はもう居ない」
答えたのは黒い魔女でした。
「あの男はずっとおまえに呼びかけていた。7日と7晩、絶えることなくこの塔を訪れていた。おまえにはその声が聞こえなかった。疑いの心が、おまえの耳をふさいでいたからだ」
「そんな」
娘はうろたえ、辺りを見回しました。「お兄様はどこにいらっしゃるのですか?」
「ここに」
黒い魔女は答えました。
「おまえの兄はここに居たのです。この塔の下に」
「ここに……」
もう1度、娘は辺りを見回しました。そこにはただ、崩れた瓦礫の山があるばかりです。
「そんな……」
娘は呆然とつぶやきました。「そんな、そんなことが……」
「おまえは約束を破り、全てをご破算にしてしまった。その結果がこれだ」
立ち尽くす娘に、黒い魔女はただ静かに告げました。
「おまえの願いは効力を失い、おまえの国は滅びた」
娘の返事はありませんでした。
それもそのはず、娘の耳には、もはや黒い魔女の言葉は届いていませんでした。その瞳は虚ろで、そこにあるものを何ひとつ映してはいませんでした。
「……お兄様……」
兄を呼びながら、娘はふらりと歩き出しました。
「……お兄様……。ああ、どこにいらっしゃるのですか……」
ふらふらと塔のあった場所をさまよい、瓦礫に足をとられて倒れ、傷を負いながらも立ち上がり、またさまよい。
やがて娘の姿は、ゆっくりと瓦礫の向こうに消えていきました。
「約束は破られ、願いは失われた」
遠ざかる娘の背に向かって、黒い魔女はつぶやくように言いました。
「こうなった以上、もはや私たちはおまえをこの地に閉じ込めておくことはできぬ。おまえは自由だ。どこへなりと行くがいい」
その言葉にも、もちろん娘の返事はありません。
娘の姿を見送った黒い魔女は、その黒い瞳を自分の妹に向けました。
「この結果を招いたのは、おまえの過ちゆえだ。人を愛し、人をかばい、私を欺こうとした」
「ごめんなさい、お姉様」
白い魔女の声はしっかりしていましたが、その瞳は、娘と同じように虚ろでした。
「この結果を何とする。魔女として、人ならざる者として、おまえはどう始末をつけるつもりだ」
「私は……」
白い魔女はうつむき、瞳を閉じました。じっと、自分の心の内側をのぞき込むように。
「……仰る通り、私は、人を愛しました」
「愚かなこと」
「はい、お姉様。私はとても愚かな魔女です」
白い魔女は静かに面を上げると、姉の前にひざまずき、両手を組み合わせました。
「お姉様。いいえ、黒い魔女よ。私は願います。どうか、あの人の命をこの世に呼び戻してください」
黒い魔女の美しい顔に、ひび割れたような痛みが走りました。
「……代償は」
「魔女としての力。寿命。あるいは魂。私の持ちうる全て」
迷いなく言葉を紡いでから、ふと白い魔女は遠い目をしました。
「その上で……。許されるなら、ほんの数年でもいい。あの人と共に生きたい……」
「…………」
妹の願いを聞いた黒い魔女は、美しい黒い瞳を閉じて、長い間、考え込んでいました。
「あの男の魂を、再びこの世に呼び戻すことはできるだろう」
やがて、黒い魔女は言いました。「しかし、あの男がおまえを選ぶとは限らない」
「……そう、ですね……」
白い魔女は力なくほほえみました。
「目覚めたあの人が、私を選んでくれなかったら……、その時は、何もかもが無駄になるのですね」
白い魔女はひとつかぶりを振って、「それでも」と言いました。
「生きたあの人に、もう1度会いたい。お姉様。私の心は今、それ以外の願いを持ち得ないのです」
「……愚かなこと」
黒い魔女は繰り返しました。
「それが愛ゆえの選択だというなら、愛とはまるで呪いのようなものだ。……いや、呪いならば、この杖で解くこともできようが。愛の呪いを解く呪文はない」
黒い魔女の黒い瞳は、深い悲しみに満ちておりました。
彼女は知っていたのです。気の遠くなるような長い時を共に生きた妹と、これでお別れだと――。
「おまえの願いをかなえよう、我が愛しき妹よ」
「……ありがとうございます」
白い魔女は深くこうべを垂れました。
「そして、さようなら。私の大切なお姉様」
黒い魔女は呪文を唱え、節くれ立った杖を一振りしました。
若者が目を覚ました時、目の前には、更地になった自分の国がありました。
ノコギリみたいにとんがった高い山が遠くに見えて、長い白い髪をした女が1人、そばに座っていました。
自分に何があったのか、自分の国に何があったのか、それどころか、自分の名前すら、若者は何ひとつ思い出せませんでした。
ただ、白い髪の女がそばに居てほしいと頼むので、一緒に暮らすことにしました。
2人はそこに新しい国を作り、新しい国には、すぐに新しい人が集まってきました。
国は豊かに栄え、若者は王様になりました。
それから後も、その国の人々は、何か願い事があると黒い魔女のもとを訪ねました。
けれど、ノコギリみたいにとんがった高い山のどこにも、黒い魔女の姿はありませんでした。
あの娘が、どこに行ってしまったのか。それも、知る人はありません。
むかし、むかしのそのむかし。
黒い魔女と白い魔女、そして人間の兄妹のおはなし――。




