08 主人公、求職中2
「ありますよ」
スーツ姿の女性が明るく告げる。
翌日の午前中。私はまた職安を訪れていた。
ただし、「魔女の憩い亭」とは別の場所にある職安だ。
愛想のいい女性職員は、私より10歳くらい年上だろうか。淡い茶髪をショートボブにした美人だった。
席について間もなく、彼女は希望通りの仕事を紹介できると言った。とある貴族のお屋敷の家政婦見習いだそうだ。
私が黙っていると、「どうかなさいましたか?」と小首をかしげて見せる。整った顔立ちに、ほがらかな微笑を貼りつかせたまま。
「えっと……、その。貴族のお屋敷で雇われるためには、ちゃんとした紹介者が要る――って話を聞いたんですが」
「そんなことはないですよ。今は貴族と言っても色々ですから」
「色々って……?」
戸惑う私に、彼女は笑顔で説明してくれた。
ここ数年、戦後の混乱と改革によって世の中が変化し、平民と貴族を隔てる垣根も一昔前より低くなっている。無論、「貴族のプライド」に固執するタイプも居るには居るが、あまり硬いことを言わず、現実に適応していこうというタイプも居ると。
「今回ご紹介させていただくこちら、『セイレス家』のご当主もそうですよ。数代前のご先祖が宰相を勤めたこともある、それは由緒正しいお家柄なのに、とても気さくなお人柄で。うちの店でもよくお仕事をいただいています」
なめらかで流暢な説明だった。あらかじめ用意しておいたセールストークを読み上げるかのような。
さらに続けて、「ご希望があれば、早速これからお屋敷にご案内しますよ」だって。
これまた、きのうに続き、渡りに船のうまい話である。……が。
私はなんとなく嫌な予感がした。2日続けてうまい話が転がり込むなんて、いくら何でもありえない気がする。
目の前の女性に、怪しい空気はない。
この店も――表通りにある、ごく普通の店だ。きのう行った「魔女の憩い亭」ほど大きな店構えではないが、公共の職業安定所が置かれているくらいだ、信用はあるんだろう。
だから、私の考え過ぎかもしれないんだけど。
「すぐに決められないようなら、まずはお屋敷に行って、くわしい条件を聞いてみますか?」
と提案されて。
まさかいきなり売り飛ばされることもあるまいと、私はうなずいた。
勤め先の「セイレス家」までは、職安の従業員だという男性がわざわざ馬車で送ってくれた。
王都の北側。お城にも近く、騎士や官吏のお屋敷が集まる高級住宅街の一角。広々とした敷地に、いかにも「貴族のお屋敷」といった感じの立派な建物があった。
堂々たる門構え、広い前庭。所狭しと咲き誇るバラの香りに、頭がくらくらした。
観音開きの正面扉をくぐれば、吹き抜けのホールに大理石の階段、美術品や調度品の数々。
故郷の村とは、まるっきり別世界だ。
落ち着く暇もなく、すぐに奥の仕事を取り仕切る家政婦長に引き合わされた。
尖った顔立ちのやせた初老の女性で、見るからに厳しそうな人だった。
「ここで働くつもりなら、最初の数日は試用期間ということにさせてもらいますよ」
まずは家政婦としての適正を見るためだ、と彼女は言った。
正式な採用は後日あらためてということで、それならこちらとしてもありがたいと、承知したんだけど――。