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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
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84 鏡の向こう2

「ルチル姫は今、ある場所に閉じ込められている」

 宰相閣下が話を始める。

「自分で逃げ出せる状況にはなく、また、傷を負っている。水や食べ物も与えられていない。このままにしておけば、早晩、命が尽きるだろう」

 さて、我々はどうすべきかな、と宰相閣下は甥たちに問いかけた。

「ルチル姫には――というより、あの親子には、随分と煮え湯を飲まされてきたよね。普通に考えれば、助けてやる義理などないと思うのだけど」


 それは……、その言い分もまあ、わからなくはない。

 ルチル姫の妹いじめは本当にひどいものだったようだし、彼女の両親もそれを止めるどころか放置していたわけで。


 私は兄弟2人の反応を見た。

 カイヤ殿下は無言。きつく唇を引き結んでいるから怒っているようにも見えるが、実際に何を感じているのかはわからない。

 一方のハウライト殿下は、「もう少しくわしく状況を教えていただけないでしょうか」と慎重に言った。

「叔父上は先程こう仰いました。『どう転んでも、罪に問われるようなことはしていない』と」

 ですが、とハウライト殿下は続けて、

「ならばなぜ、叔父上だけがそれを知っているのか――という疑問も当然生まれるわけです。叔父上がルチルを傷つけたわけではないにしろ、知っていて放置したのなら、やはり罪に問われる可能性もあるのでは、と考えてしまうのですが……」


 そうだね、と宰相閣下はうなずいた。

「ただ、くわしく話すと、ルチル姫の居場所について、多少の推測はついてしまうだろうから」

 小さく苦笑いを浮かべて、視線をカイヤ殿下に移し、「カイヤが話し合いを切り上げて、あの娘を探しに行ってしまうかもしれないと思ってさ」

「そんなことはしない」

 カイヤ殿下はいかにも不本意そうな顔をした。

「納得するまで話し合うのが条件だ、と叔父上は言った。それを条件に譲歩してくれたのだ、とも。ならば、俺が勝手に席を立つのは道理に反する」

 宰相閣下の苦笑が、ちょっと意地悪な笑みに変わった。「いいのかい? のん気に話している間に、ルチル姫が死んでしまうかもしれないよ」

 確かに。道理も大事だとは思うけど、それで誰かが死んでしまったら。

「そうなったら、なった時のことだ」

 って、殿下?

「俺は別に、ルチルの命を惜しんでいるわけじゃない」

 そうなの?

 惜しんでないの? だって一応、血のつながった妹だよね?

 私の心の声が、殿下に届くことはなく。

「俺が嫌なのは、叔父上が俺たちのために手を汚すことだ。俺と兄上のために、幼い子供を殺す。そんな真似を、叔父上にしてほしくない」


「今更だよ」

 宰相閣下は乾いた笑い声を上げた。

「私は今までだって、汚れ役を引き受けてきたつもりだよ? おまえたちのためと言えたら格好いいのかもしれないけど、実際は保身のためだし」

「どちらでもいい。結果的に、俺たちのためにもなっているのだから同じことだ」

「いや、違うって。そこ一緒にしたら、絶対ダメだと思うよ?」

「叔父上――」

 言い合う2人を、「話がずれている」と止めたのはハウライト殿下だった。「ルチルの身に何が起きたのですか、叔父上。ちゃんと説明してください」

 はいはい、と宰相閣下は肩をすくめて、くわしいいきさつを話し始めた。


「先日、なかなか愉快な事件があったよね。あの性悪な小娘が、クリアのことを、またひどい目にあわせようとしてさ」

 ああ、あれか。と私は思った。

 ルチル姫が、遠乗りに行くという嘘の情報を流してクリア姫をだまし、城におびき寄せ、待ち伏せしていた件だ。

 結果的に、ひどい目にあわされたのはルチル姫の方だった。クリア姫をいじめるどころか、自分の方が死ぬほど驚かされ、大勢の前で恥をかかされた彼女は――。

「それで少しは懲りればよかったのに、たいそう腹を立てたらしくてね」

 兵士を使ってクリア姫のお屋敷を襲い、あの化け物 (ダンビュラのことだ)を捕まえて生き埋めにしてやる、とか騒いでいたらしい。


 実際にそうしてくれ、そうでないと気がすまない、とパパ(国王陛下)に頼んだ。が、いつもはおねだりを聞いてくれるパパが、今回は承知してくれなかった。

 うんうん、怖かったね、かわいそうにね、と適当に流すばかりで。

「この件に関しては、ハウルの事後処理も早かったからね」

 宰相閣下にほめられたハウライト殿下は、「はあ」と気のない声でつぶやいた。「それで、ルチルはどうしたのですか」

 おとなしくあきらめたわけはないだろうね。あの悪ガキ、いやお嬢様が。

「結局、クリアの護衛には手が出せないとわかると、別の手段で鬱憤を晴らすことにしたようだよ」

 その手段というのがまた、えげつなく。

 自分の身近に居る人間の中から弱い者を選んで、クリア姫の代わりにいじめること、だったらしい。


 声を出すまいと気をつけていた私だったが、この時ばかりは「最悪……」と口にしてしまった。

「あのガキのやりそうなことだな」

 ダンビュラがぼそっとつぶやく。

 クリア姫と、それにパイラは、黙って鏡の向こうの景色に目を凝らしている。特にクリア姫はまばたきもせず、息をすることさえ忘れているように見えた。


「父上は、あの娘にどんなしつけをしたのだ」

 ハウライト殿下が軽く頭を抱えている。

 そもそも、しつけとかしてないんじゃないでしょうかね。王様だけじゃなく、母親の方も。

 両親に野放しにされ、自分が何をしても許されるとルチル姫が勘違いしてしまったのだとしたら、いっそ気の毒なくらいかも。


 新たないじめの標的として選ばれたのは、ルチル姫の取り巻きをしていた少年の1人だった。

 ルチル姫が「親衛隊」と呼んでいた少年たちは全部で5人居て、それぞれがフローラ姫に味方する貴族の息子だ。

 ……先日見かけたあの少年たちだな、と私は思った。


 彼らは同じ貴族と言っても、全員が対等な立場というわけではなかった。親の役職や家格によって、明確な上下関係が存在した。

 中でも最も立場が弱く、他の少年たちにも使い走りのように扱われていた少年が居て、彼はクリア姫との一件の後、毎日のようにルチル姫から、あるいは他の少年たちから、暴力を受けるようになった。

 それも人目につかない場所で、執拗に。そのためにうってつけの場所を、ルチル姫は知っていたのだ。

 それは隠し部屋だった。

 お城の誰もその存在を知らない、秘密の部屋だ。


「そんな部屋があったというのですか」

 驚くハウライト殿下に、宰相閣下は「私も知らなかったよ」と言って、こう続けた。「現状、城の隠し部屋や隠し通路の位置を全て把握している人間は王国に居ないからね」

「……父上もご存知ないということでしょうか」

「多分ね。もしも知ってたら、真っ先に探してるはずだし」


 2人のやり取りを聞きながら、私は変だな、と思った。

 お城の隠し部屋や隠し通路がどこにあるかって、ものすごく大事な情報じゃないかと思うけど。それを王様が知らない、なんてことあるんだろうか?

「30年前の政変のせいなのだ」

 聞こえた声は、クリア姫だった。

 彼女はこっちを見ていない。視線を鏡に向けたまま、独り言のようにつぶやいている。

「先代国王は、王様になるはずだったおじいさまを暗殺して王位に就いたから……」


 正統な後継者の暗殺と、王位の簒奪。

 その混乱の中で、お城の機密――王やその側近など、限られた人間だけで共有していた情報が一部失われてしまったのだという。

 私が「そうだったんですか」と相槌を打っても、クリア姫は無反応だった。唇を結び、身を乗り出すようにして、自分の叔父と兄たちの姿を見つめている。


「ルチル姫が隠し部屋を見つけたのは偶然だったようだね」

と宰相閣下は言った。

 お城の中で取り巻きたちと遊んでいた時、たまたま隠し扉のスイッチを発見した。以来、その場所を自分のため、ろくでもない目的のためだけに使っていたのだ。

「叔父上はなぜそれを知っていた?」

 カイヤ殿下が問いを挟んだ。「ルチルの動向を監視させていたのか?」

 宰相閣下は首肯した。

「密偵を使ってね。情報を流させていたんだよ」

 その密偵とは、ルチル姫の取り巻きをしていた少年の1人。つまり、本来はフローラ姫の味方であるはずの貴族の子息だという。

「……どうやって手なずけた」

「別に、難しい話じゃないよ。そもそもプライドだけは無駄に高い連中のことだ。『国王の愛人の娘』に心から忠誠を誓っているわけがない」

 戦中の混乱や、戦後の商業改革によって没落した家を守るため、「やむを得ず」味方している者たちが大半だ――と宰相閣下は断言した。


「先日、おもしろいものを手に入れてね」

 含み笑いをしながら、折り畳まれた紙片を取り出し、テーブルの上に広げて見せる。

 ここからだと読めないけど、何か文字が書いてあるみたいだ。

 ハウライト殿下がその紙を手に取り、「これは、名簿? この数字は……」

「各々の家が抱える負債額だよ。フローラを王位に推すのは、実は借金まみれの貴族たち、ってこと」


 私の頭に、唐突に浮かんだ顔があった。

 ヴィル・アゲート。悪名高き、王都の高利貸し。

 貴族相手にも商売をしていた彼ならば、負債に喘ぐ家々の情報をつかむくらい朝飯前だろう。直接の顧客でなくとも、同業者から情報を得ることだってできるだろう。

 アゲートは昨日、宰相閣下と会っていた。「大事な商談」みたいなことも言っていた。

 あの時、情報を渡した――いや、売った?

 やり手と評判の宰相閣下に情報を売る。ついでにコネも作る。

 あのおっさんなら、大いにやりそうじゃないか。


 宰相閣下はリストに手をのばし、そこに書かれた名前を指でなぞった。

「相手の弱みがわかれば、突き崩すのは造作もないよ。フローラ派はいずれ瓦解する。それにはもう少し時間がかかるだろうと思っていたけど」

 その時間を、大幅に短縮できるかもしれない幸運が転がり込んできた。


 それは、きのうのことだった。

 ルチル姫は、いつものように隠し部屋に取り巻きの少年たちを呼び出し、うち1人をなぶって楽しんでいた。

 少年に土下座させ、自らムチを振るって痛めつけていたらしい。しかも笑いながらというから、想像しただけで吐き気をもよおすような光景である。


 その時、彼女にとっては予想外なことが起きた。

 ずっとおとなしく従っていた少年が、耐えかねたのか、ルチル姫に反撃したのだ。

 ムチを振り上げた彼女に襲いかかり、驚いたルチル姫は転倒し、したたかに頭を打った。

 血を流し、気絶してしまった彼女を見て、取り巻きの少年たちは狼狽した。

 どうしよう、ヤバイよ、と。

 それだけなら、ルチル姫に手を出した少年が兵士に突き出されて終わり、という展開もありえたのだが。

 ルチル姫の従順な取り巻きを装いつつ、宰相閣下の密偵をしていた少年が、そこで一芝居売った。


 まずいよ、これ。死ぬかもしれない。

 そうなったら俺たち、終わりだ。

 絶対、まとめて責任をとらされるに決まってる。

 ルチル様が死んだのは俺たちのせいだって。下手したら死刑かも。

 俺たちだけじゃない、家族もみんな、罰を受けることになるんだ。


 突然の出来事に恐怖し、冷静さを失った10代の少年たちは、脆かった。

 彼に不安を煽られ、踊らされるまま、言われるまま。


 隠そう。

 知らないフリをしよう。

 だって、この場所のことは、俺たち以外、誰も知らないんだぜ。

 黙っていれば、絶対バレっこない。

 何もなかったことにしよう。

 俺たちは今日、ルチル様に会ってないし、何も知らない。誰かに聞かれてもそう答えるんだ。


 幸い、というべきか。

 ルチル姫は、本来なら部屋で勉強しているはずの時間に、こっそり抜け出してきていた。

 隠し部屋の存在を隠すため、少年たちとも、人目につかない場所で待ち合わせていた。

 彼らがそこに居ることを知っている者は誰も居なかったのだ。


 少年たちは、傷ついたルチル姫を介抱するどころか、手足を縛り、猿ぐつわをかませて。

 さらにそれだけでは不安だったのか、毛布でぐるぐる巻きにして、隠し部屋の中にもともと置いてあった家具類で覆い隠し、放置した。

 それが、行方不明事件の真相だったのだ。

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