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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
84/410

83 鏡の向こう1

 クリア姫が振り返る。

 じっと談話室の扉を見つめる、その横顔はつらそうだった。

「……行きましょう、姫様」

 セレナに促され、それでも数秒ためらってから、扉に背を向ける。


 ちなみに談話室があるのは、王室図書館の2階、階段を上ってすぐの場所だ。

 2階には他にも部屋があるらしく、そっくりな扉が等間隔に並んでいる。

「さあ、こっちですよ」

 セレナが私たちを案内したのは、談話室から数えてみっつ目の扉だった。

 ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差す。

 回そうとして、ちょっと引っかかった。

「あら、嫌だ。どうしたのかしら」

 ガチャガチャガチャ。カチリ。

「ああよかった、開いたわ」

 あまり使われていない部屋なのかもしれない。セレナが扉を押すと、ギギッと建て付けの悪そうな音がした。

「さあどうぞ、皆さん」

 私たちはぞろぞろと室内に移動した。


 中は、どこかで見たような部屋だった。

 どこかで、っていうか。ついさっきまで居た談話室にそっくり。

 部屋の広さも、窓の位置も、壁紙やカーテン、カーペットの色も同じ。

 違いといえば、テーブルがないこと。代わりに、大きなクローゼットがひとつ。それから、椅子が数脚、壁際に寄せてある。

 セレナはその椅子をひとつ持ってくると、クローゼットの正面に置いた。そして「こちらにかけてくださいな」とクリア姫に笑いかける。

「…………?」

 クリア姫はちょっと不思議そうな顔をした。

 私も。

 かけてくれ、っていうのはわかるけど、そんなクローゼットとお見合いするような位置に?

 普通はこう、みんなでテーブルを囲むとかじゃないの? まあ、この部屋、テーブルがないんだけど。


 それでもクリア姫は、言われた通り素直に腰掛けた。

 セレナはにっこりした。……何やら、意味深な笑い方だった。そしてクローゼットのドアをひらく――。

「あ」

 私はぽかんとした。

「なんだ、こりゃ?」

と声を上げたのはダンビュラだ。


 クローゼット、じゃない。

 観音開きのドアの中には、1枚の姿見があった。

 大人の全身がうつるくらい、大きな鏡が――って、違う。

 鏡でもない。

 だって、この部屋の景色がうつってないんだから。

 そこにうつっているのは、信じられないことに、ついさっきまで私たちが居た談話室の光景だった。

 ハウライト殿下と宰相閣下がテーブルについていて、カイヤ殿下はドアに近い方に立っている。何か話しているみたいだけど、声は聞こえてこない。


「すごいでしょう、ね?」

 うふふ、と含み笑いするセレナ。そんな彼女を、その場の全員が同じ思いで見つめた。


 ――いったいこれはどういうこと?


「マジックミラー、っていうんですよ。鏡を何枚も使ったカラクリで、あちらの様子を、この部屋に居ながらのぞき見ることができるの」

 のぞき、という言葉に、クリア姫の体が小さく反応した。

「そ、それは……。叔父様や兄様たちは知っているのだろうか」

 セレナの笑みが深くなった。

「もちろん、知りませんよ」

「……っ!」

 とっさに言葉が出なかったんだろう。クリア姫は、可愛い金魚みたいに口をぱくぱくさせた。

「仕掛けはこれだけじゃないんですよ。ここに、細い管のようなものがあるのが見えるかしら」

 セレナは妙に楽しそうに説明を続ける。


 細い管のようなものって……あ、確かに。

 鏡の装飾の一部に埋もれて目立たないけど、細い水道管みたいなものがある。

「これは伝声管と言って、離れた場所の音を伝えることができるんですよ。このふたを開ければ――」と、管の先端部分を指さし、「あちらのお話を、そっくり聞くことができますよ」

「そ、それはだめだ!」

 ようやく、クリア姫が言葉を発した。「そんな、盗み聞きのようなことは……」

「だいじょうぶですよ、姫様」

 セレナは聖者を誘惑する魔女みたいに笑って見せた。

「だって、話を聞くだけなら構わないって、さっき宰相閣下が仰ったじゃありませんか」

 え、そうだっけ?


 私は記憶を辿った。

 確かに、話の流れで言ったかもしれないけど……、姫様の言う通り、それって盗み聞きだよね?

 さすがに、まずくない? まずいよね?

 私は他の2人――ダンビュラとパイラを見た。

 しかし、2人とも困惑の表情を浮かべて成り行きを見守っているだけだ。


 セレナが伝声管のふたに手をかけた。ゆっくりと首を巡らせて部屋の中の全員を見回し、

「こちら側の声は向こうに届きにくいのだけど、それでも大声を出したら気づかれてしまうから」

 唇の前にそっとひとさし指を立てて、「だから皆さん、お静かにね?」

 お静かにって、そんな。

 いいのか、これ。止めなくていいのか!?


 止めるべきだ、と頭では思いつつ、メイドという自分の立場がそれを邪魔していた。

 聞くか聞かないか、決めるのは私じゃない。もしもクリア姫が、話を聞きたいと思うなら――いやいや、幼い姫様に判断を投げてどうする。ここはメイドじゃなく、大人として物を言うべきでは?

 私は迷い、葛藤し、結果として何もできなかった。

 それはダンビュラやパイラも似たようなものだったのかもしれない。


 誰も動けないでいるうちに、セレナは伝声管のふたを開けてしまった。

 途端に「どうでもいい無駄話はやめろ」と、カイヤ殿下の声がする。

 私は思わず周囲を見回した。

 それくらい、すぐそばで殿下の声が聞こえたのだ。

「そんなことより、早くルチルの居場所を教えてくれ、叔父上」

「……それより、まずは席についたら?」

 これは宰相閣下の声だ。カイヤ殿下は、いまだ部屋の入口近くに立ったままだったのだ。

「のんびり話している場合ではない。こうしている間にも、ルチルがどうなっているか――」

 宰相閣下は、軽く手を上げて甥のセリフを遮った。

「カイヤ、私はね。おまえの知りたいことについて、いっさい答えない、という選択もできた」

 口調は静かだが、突き放すような冷たい声だった。

「ごまかしてもよかった。逃げ回っていてもよかった。そうせずに、今ここに居ること、それ自体がひとつの譲歩なのだということを理解しなさい」

「…………」

 宰相閣下はテーブルの上で両手を組み合わせ、黙り込む甥を上目遣いに見上げた。


「まずは話し合うこと。……お互いに、納得のいくまで話し合うこと。それが、私の条件だ。できないというなら、ルチル姫の行方は自分の力だけで探すといい。あるいは私を捕らえて、国王陛下に突き出すかだ」

「………………」

 カイヤ殿下は無言で立ち尽くしていたが、やがてすたすたとテーブルに歩み寄り、ガタンと音を立てて椅子を引いた。

 無言のまま席につき、叔父の顔を見る。挑むような目をしていた。

「話し合う、ということだね。よろしい」

 宰相閣下はひとつ満足げにうなずいた。


「……まずは最初から説明していただけないでしょうか」

 黙って2人のやり取りを聞いていたハウライト殿下が口をひらいた。

「叔父上とカイヤは話を理解しているようですが、私は何もわかっていないので……」

 そうだね、と宰相閣下。

「ハウルが心配しているようだから、先に言っておこうか。ルチル姫の失踪に、私は関与していないよ。どう転んでも、罪に問われるようなことはしていない。だから安心しなさい」

 そう言われて、ハウライト殿下はいくらかホッとしたようだったけど。

「私はただ、知っているだけだ。ルチル姫の居場所と、彼女が今、生命の危機にあるということを」

 ハウライト殿下の表情が、再び強張ってしまう。


 ――生命の危機にある。

 つまり、ルチル姫は今かなりヤバイ状況ってことだよね?

 それを宰相閣下が知っているって?


「ルチルの命を見捨てるつもりなのか、叔父上」

 カイヤ殿下が、いつものようにストレートに問う。

 そして宰相閣下は、あっさりうなずいた。

「有り体に言えば、そうなるね」

『…………!!』

 兄と弟が息を飲む。……それは、鏡のこちら側に居る私たちも同じ。


 見捨てる。ルチル姫の命を。

 あのお子様は、言っては何だが悪ガキで、始末に負えない感じだった。異母妹であるクリア姫に、陰湿な嫌がらせを繰り返していたとも聞いた。

 だけど、子供だ。たった13歳だ。

 それを、殺すってこと?


「できればおまえたちには事後報告の形にしたかったけど、仕方ない。こうなった以上はきちんと納得して、同意してもらいたいと思っているよ」

 そんな。そんな話に、同意なんてできるわけが。

「叔父上――」

 反論しかけるカイヤ殿下に、

「それが嫌なら、逆に私を納得させることだね」

 穏やかでありながら付け入る隙のない口調で、宰相閣下は宣言した。


「できなければ、ルチル姫の命は助からない。なぜなら彼女の居場所を知っているのは、今のところ私だけだからだ。……力づくでしゃべらせようとしたところで無駄だよ。これは千載一遇の好機だと思っているのだから」

 そこで言葉を切り、2人の甥を交互に見る。

「おまえたちが私を納得させるか、その逆か」

 この話し合いは、そういうものなのだ。


「……それでは不公平だ」

 カイヤ殿下が反論する。

「ルチルの居場所を知るのが叔父上だけだというなら、この場の決定権を持つのも、結局は叔父上、という話になるだろう」

「いや、それは違う」

 宰相閣下は小さく首を振った。

「決定権を持っているのは私じゃない。おまえは気づいていないようだけど」

「?」

「まあ、それは言っても仕方ないか」

 始めよう、と宰相閣下。

 かくて、鏡のこちら側の私たちが固唾を飲んで見守る前で、殺伐とした話し合いの幕が上がることになった。

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