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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
83/410

82 宰相

「いったい……、何がどうなって……」

 ぐったりと、椅子に腰を下ろすハウライト殿下。取り乱した反動で、いささか脱力してしまったようだ。

「ちゃんと全部説明しますから、ご心配なく」

 セレナが淹れてくれたお茶を飲みながら、宰相閣下は悠然としている。

「叔父上の方から来てくれるとは思わなかった」

 一方のカイヤ殿下は釈然としない顔で、「これから執務室を訪ねようと――」

「それで? ルチル姫の行方を知っているかとか、そんな物騒な話を人前でするつもりだったんですか」

 宰相閣下はことりと音をたててティーカップを置いた。

「殿下は私の政治生命を終わらせたいのかな」

「そこまで迂闊ではない。人払いをするか、どこか適当な場所で話すつもりだった」

 はあ、とわざとらしくため息をつく宰相閣下。

「気づいてないんですか? 昨夜から、かなり大勢の人間が、私たちの動向を厳しく監視してるんですよ」

 騎士団長ラズワルドの、あるいはルチル姫の母親であるアクア・リマの息のかかった者たちが、少しでも怪しいフシはないかと、城中で目を光らせている。

「なのに、思いっきり目立つことをしてくれて――」

 それって、北塔からこの図書館まで走ってきたことを言ってるのかな。

 殿下みたいな人が全力疾走してたら、そりゃ目立つだろうね。


 しかし当の殿下は平然と、

「ルチルの件では、俺はもともと疑われている。逃げ隠れしたところで、より怪しまれるだけだ」

 もう1度、宰相閣下がため息をついた。今度はわざとじゃなかったのかもしれない。唐突に口調が変わる。

「おまえね。今更その性格を何とかしろとは言わないけどさ。こんな時くらい、少しは行動を慎むとかしてみたら?」

 叔父の言葉に、「全くその通りだ」と同調するハウライト殿下。

 カイヤ殿下は全くひるむことなく、

「もとはといえば、叔父上がパイラを隠したりするからだ」

 その口調が幼いっていうか、ちょっと拗ねてるみたいで。

 なんか、雰囲気が親子みたい、と私は思った。

「なぜ、そんなことをした。叔父上らしくもない」

 カイヤ殿下が畳みかけると、宰相閣下は不機嫌そうに吐き捨てた。

「色々と計算が狂ったんだよ」


「あのう……、お話中すみません」

 私はおずおずと口を挟んだ。

 メイドごときがしゃしゃり出る場面ではない。それはわかっている。

 ただ、これは言っておかないと。

 今の話だと、殿下と宰相閣下は政敵に「監視されている」。

 なのに、こんな明るい談話室で、こんな危ない話をのん気にしていてもいいの?


 私の懸念に反して、宰相閣下はのんびりしていた。

「ここはだいじょうぶですよ。むしろ、この王室図書館だからこそ、こうして足を運んできたんです」

 そう言って、意味ありげにセレナの方を見る。セレナもうなずいて、

「この談話室はもともと、密談用に陛下が作らせたんですよ」

 彼女の説明によれば、この王室図書館には構造上、「床下」や「天井裏」といったスペースがない。

 特にこの談話室は特殊な造りになっていて、ドアさえ閉めてしまえば、会話は外に漏れない。窓の外にも、隠れられる場所は全くない。


「だから、聞かれたくない話も安心してできますよ」

「それでも関係者全員、こんな場所に籠もってたら、『怪しい話をしてます』って公言してるようなものだけど」

 宰相閣下は3度目のため息をついてから、つぶらな瞳を細めてカイヤ殿下を見すえた。

「それは言っても仕方ないし。さっさと本題に入ろうか?」

 カイヤ殿下も見返す。

 叔父と甥の間で、ぴんと張りつめる空気。

 何だか、サシで決闘でもするみたい。


「あのう……」

 私はまたおずおずと手を上げるハメになった。「今更ですけど、私、ここに居てもいいんでしょうか……?」

 これから始まるのは、どう考えてもすごく大事な話だ。あるいは、ヤバイ話だ。一介のメイドが同席すべきじゃないと思う。

 まあ、ここまで聞いた以上、出て行かれても困るって言われるかもしれないけど。

 むしろ、話がすむまでは目の届く所に居てもらって、終わったら口封じに始末しようって、そう思われてるかもしれないな。

 あははは。洒落にならねえ。あはははは。


「ああ、もちろん。みんなで仲良くお話しよう、とは思ってませんよ」

 宰相閣下がほほえみかけてくる。

 きのうのことがあるので、私はとっさに身を固くしたが、宰相閣下は特に興味もないって感じですぐに目をそらした。

「申し訳ないけど、皆さん、席を外してもらえますか」

 ぐるりと一同を見回し、最後に第一王子殿下に目を止めて、「でも、ハウルは居てくれるかな。一緒にカイヤを説得してほしいから」

 説得? とハウライト殿下は怪訝な顔をしたが、「無論、同席するつもりです」ときっぱり告げた。


「…………」

 クリア姫が何か言いたそうにもぞもぞする。

 多分、自分も同席したいんだろうね。

 居なくなったルチル姫の行方を、自分の叔父上様が知っているかもしれないなんて。クリア姫にとっては、全然、他人事じゃない。

 だけど宰相閣下もハウライト殿下も、カイヤ殿下でさえ、彼女に「ここに残ってもいい」とは言わなかった。


 空気を読んだセレナが立ち上がり、「一緒にお菓子でも食べましょう」とクリア姫を誘った。

 クリア姫は素直に従いかけて――それから思い直したように口をひらいた。

「叔父様、私にもお話を聞かせてください」


 正直、意外だった。

 口にする前から、多分無理だろうなとわかるような頼み事を、あの聡明なクリア姫がするとは思わなかった。

「だめ」

 宰相閣下はにべもない。

「ただ話を聞くだけ、というなら別に構わないけどね。おまえは絶対にカイヤの味方をするだろ? だから、だめ」

 自分の名前を出されて、カイヤ殿下がぴくりと反応した。しかし、叔父の言葉に異を唱えようとはしなかった。


「叔父様……」

 クリア姫は尚も宰相閣下を見つめていたけど、「外で待っていなさい」とハウライト殿下に言われて、ついにはあきらめたみたいだった。

「俺も嬢ちゃんと一緒に行くよ」

 ダンビュラが腰を上げる。

「ややこしい話は苦手だ。誰か、後でわかりやすく説明してくれや」

 彼にそんな要求をする権利は全くない気がするが、誰もそのずうずうしさにツッコミは入れなかった。

 もちろん私も、クリア姫と一緒に行く。

 それに、パイラも。彼女は部屋の隅で惚けたように座っていたのだが、皆が移動を始めたのを見て、自分も席を立った。

「じゃあ行きましょうか、みなさん」

 セレナが場違いに明るい声を上げる。

 私たちはぞろぞろと談話室を出た。

 バタン、と背後で閉まる扉――。

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