表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
82/410

81 告白

「カイヤ――」

 ハウライト殿下が席を立つ。

 カイヤ殿下は動かない。あくまでパイラだけを見て、「知っているのだろう?」と繰り返す。


 パイラの体から力が抜けた。

 浮かべた表情も、糸が切れたように弛緩して――。

「はあ……やっぱり。殿下に嘘は通じないだろうと思ってましたけど」

 どうしてわかったんですか、と疲れた声で問いかける。

「ルチル姫が消えたことに、『あの方』が関わっているって。まさか、最初から気づいていたとは言わないですよね?」

「さすがにそれはない。関わりがなければいい、とは思っていたが」

「どういうことだ、カイヤ」

 いいかげん、しびれを切らしたようなハウライト殿下の声。「いったい何の話をしている。私にもわかるように説明しろ」

「少し待ってくれ、兄上――」


 その時ふいに、パイラが声を張り上げた。

「私は何も知りません」

 全員がその声に注目する。

 彼女は笑っていた。唇の端を持ち上げ、挑発めいた表情を浮かべていた。

「……なんて言ったら、どうします? 殿下が何を仰っているかわかりません、って答えたら――私を連行して尋問するのかしら」

 殿下は不思議そうにまばたきした。

「そんなことはしない。……というより、できないな。おまえに手荒な真似はしたくない。だからそう答えられたら、正直困る」

 パイラは声を上げて笑い出した。

「正直過ぎでしょ、それ。嘘も駆け引きもなくて、ただ本当のことを言ってるだけ。それで他人を動かせると思ってるんですか、殿下」

「……だめか」

「…………」

 ほんの一瞬、彼女は冷ややかな目をした。しかし次の瞬間にはあきらめたように肩を落とし、

「だめじゃないですよ。むしろ、よく効く手だわ。殿下のことが好きで好きで仕方ないっていう相手なら、そうやって素直にお願いするのが1番でしょうよ」

 本当に。ずるいんだから。

 ほとんど聞き取れないような声でつぶやく。


「パイラ……?」

 戸惑う殿下に、彼女は小さく首を振って見せた。「それで? 私に何をお聞きになりたいんでしたっけ?」

「……昨夜のことだ。誰に会って、何を頼まれたのか」

「はいはい、昨夜ね。彼と別れた後、何だかお城の中が妙に騒がしいのに気づいて、様子を見に行ったんですよ。そしたら、城門の方から、偶然あの方が戻ってこられて」

「だから、あの方とは誰だ」

 ハウライト殿下が詰問する。パイラはちらりと彼の方に目をやってから、「宰相閣下ですよ」と答えた。


 宰相閣下――。

 私の脳裏を、クマのぬいぐるみによく似た、つぶらな瞳がよぎる。


「その時、頼まれたんです。ちょっとの間、姿を消してくれって」

 ハウライト殿下は衝撃を受けたような顔をした。

「なぜ、叔父上がそのようなことを」

 パイラは「さあ?」と首をひねって、「くわしい理由はお伺いしてません。ただ、雇い主の命令だから従っただけ」

 そこで彼女は、視線をクリア姫に移し、

「姫様、私ね。カイヤ殿下だけじゃなくて、宰相閣下にもお給料をいただいていたんですよ。姫様のお屋敷で見聞きしたこと全て、宰相閣下に正しくお伝えするのが仕事」

「って、スパイかよ」

 ダンビュラが唸る。

「そんな大げさなものじゃないでしょ」

と言い返すパイラ。

「だって、宰相閣下は姫様とカイヤ殿下の叔父上様だし、お2人の味方なんですものね?」

 普通の叔父上様は、そんなことしないと思う。多分、いや絶対。

「…………」

 クリア姫は黙ったまま、困惑の表情を浮かべている。


「少し待ってくれ」

 ハウライト殿下が声を上げる。

「いったいどういうことだ? あの叔父上が、ルチルの失踪に関わりがあるとでもいうのか? いや、まさか――」

 混乱したように頭を抱え、短い沈黙を挟んで、キッと弟を見る。

「どうなんだ、カイヤ。おまえは叔父上のことを疑っていたのか? あの叔父上が拐かしなどに手を染めると、本気でそう思っているのか?」

「思わない」

 カイヤ殿下は、即座に否定した。

「むしろ叔父上だけは、そんな真似をするはずがない。ルチルをさらってどうにかしたところで、何の得にもならん。それどころか、事が露見すれば全てを失いかねない愚行だからな」

「ならば――!」

「落ち着け、兄上。ここで言い合っていても意味がない」

 これから叔父上に会いに行く、とカイヤ殿下は宣言した。

「会って確かめてくる。今までは証拠も確信もなかったが、パイラのおかげで、ひとつだけ取っ掛かりができた」


 そこに割って入ったのはセレナだった。

「なぜ、彼女に姿を消すよう命じたのか――それをテコにして、宰相閣下を追及なさるの?」

 彼女は軽く首をかしげて見せた。

「さすがに甘いのじゃないかしら。言い逃れしようと思えば、いくらでもできるのではなくて?」

「そうかもしれんが、今は時間がない。ルチルが失踪して、丸1日だ。これ以上は命の危険が――」

「その前に」

 ハウライト殿下が、弟の肩をつかむ。

「全部話せ、カイヤ。おまえが知っていること、わかっていることを。いったいいつから、どんな理由で、叔父上を疑っていたのだ」

「後で説明する。今は時間が」

 カイヤ殿下はその手を振り払おうとしたが、兄殿下は放さなかった。

「いいや、今すぐ説明しろ。おまえ1人でわかったような気になっている時は、大抵ろくなことにならん」

「少し落ち着け、兄上――」

「これが落ち着いていられるか!」


 ハウライト殿下は、事の成り行きに、ちょっと頭に血が上ってしまったみたい。ゆうべはろくに寝てないみたいだし、疲労とストレスで限界だったのかも。

 ほとんどつかみかかられるような格好になって、カイヤ殿下は少しだけ困った顔をした。お兄さんの方が体格もいいしね。無理に振りほどくってわけにもいかないんだろう。

「ハウル兄様――」

 クリア姫が顔色を変えて席を立つ。

 私も。

 話についていけなくて、ただ見てたけど。これはさすがに止めないとまずい、と席を立った。

 とはいえ、ダンビュラとクロムのけんかを止めるのとは勝手が違う。水をぶっかけるわけにもいかないし、どうすれば?


「これ、使います?」

 誰かがお盆を手渡してくれた。

 そうだ。これでひっぱたけば――いや、それもだめでしょ。

「じゃあ、こっちかな?」

 今度は水差しを手渡される。

「だから、そういうわけにはいきませんってば」

 私は水差しをテーブルの上に戻した。

「そう? 君はけんかの仲裁が得意だと聞いたんだけどな」

 残念そうにため息をつく、中年の男性。ふくよかな体に高価そうなローブをまとい、つぶらな瞳に眼鏡をかけている。きのう会った時にはかけていなかったものだ。

「って、あれ?」

 私は目の前の男性を凝視した。

「やあ、1日ぶりですね」

と私に笑いかける。いつのまに、なんでこの部屋に?


 気がつけば、もみ合っていたはずの兄と弟も動きを止めていた。

 2人とも、あっけにとられた顔で中年男性を見ている。

「叔父上」

 カイヤ殿下が呼んだ。「いつからそこに居た?」

「少し前ですよ」

と中年男性――宰相閣下は答えた。

「殿下が城の中を全力疾走していたから、これはひょっとしてパイラが見つかってしまったかな、と思ってね。後をついてきたんですよ。そろそろ時間稼ぎも限界みたいだし、ちゃんと事情説明をしておこうかと」

 言い淀むこともなく、すらすらと。質問に答えてから、宰相閣下はふと司書の女性を見た。

「ああ、セレナ嬢。私の分のお茶もいただけませんか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ