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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
80/410

79 消えたメイドを探して2

 誰も居ない、真っ白な廊下。

 その突き当たりに、観音開きの大扉がある。

 王室図書館の入口である。

 司書のセレナは、今日も大扉の横の受付に居た。

 ゆったりした藤色のローブを着て、同色のショールを肩にかけている。お城の中の騒ぎも彼女には無縁らしく、静かに本を読んでいた。こちらに気づくと顔を上げ、「まあまあ、いらっしゃいませ」とのんびり笑う。


「突然すまない。実は、カイヤ兄様に至急お伝えしたいことがあるのだ」

 クリア姫が用件を告げる。

「あらまあ、それは大変」

 セレナは座っていた椅子から腰を上げると、受付のガラス戸を開けて、「まずはどうぞ」と私たちを招き入れてくれた。

 中は狭い部屋だった。机と書類棚があり、その向こうは休憩スペースなのか、テーブルと椅子と、ティーセットが置いてある。

 部屋の奥には、開け放たれた大きな窓。そしてその横に、一見すると帽子掛けのような変わった家具があった。帽子の代わりに、金属製のオブジェのようなものがぶら下がっている。

 よく見るとそれは鳥かごだった。色とりどりの小鳥が中に入っている。

 大きさは普通のカナリアくらい。姿もカナリアに似ているが、微妙に違う気もする。


「あれが『鳥』なのだ」

「この子たちはね、ちゃんと訓練されていて、放してやると決まった場所に飛んでいくんですよ。何か急ぎの御用ができた時、連絡を取り合うために飼われているの」

 お城の中は広く、高い塔や建物が多い。そうした場所では、人が走るより馬を飛ばすより、窓から窓へと手紙を届けることのできる小鳥たちが便利なんだそうだ。


「それで、殿下には何をお伝えすれば?」

 クリア姫は少し考えてから答えた。「パイラを探すために力を貸してほしいと……。良い方法が見つかったから、と」

「はいはい。承知しました」

 セレナはさらさらと紙に伝言を書きつけ、小さく折りたたんだ。

「カイヤ殿下は多分、北塔の方にいらっしゃるはず……」

 長い尾羽を持つオレンジ色の小鳥をかごから出して、

「ピッピちゃん、よろしくね」

 足に手紙をつけて、窓から放す。

「はい、お待たせ。それじゃ返事が来るまで、お茶でもしていましょうか」


「あの……セレナさん?」

「はい?」

「殿下が北塔?に居るって、なんでわかるんですか?」

 セレナはふっと口元を綻ばせると、内緒話でもするみたいに声をひそめた。

「あそこはね。昔、牢屋代わりに使われていて、尋問や拷問なんかも行われた恐ろしい場所なんですよ」


 彼女が言うには、カイヤ殿下は昨夜からずっと、クロサイト様と共にルチル姫の捜索を手伝っている。

 具体的には、関係者に聞き込みをしているのだそうだ。たとえばルチル姫のメイドや取り巻きの少年たち、その家族――。

 彼らは基本的に、殿下と敵対する派閥の人たちだ。素直に協力してくれるとは限らない。


「そんな人たちでも、場所が北塔なら、『素直に』協力したくなるかもしれないでしょ? ちょっとした演出と雰囲気作りですね」

「いや、私が聞きたいのはそういうことじゃなくて……」

 セレナがルチル姫の行方不明事件や、カイヤ殿下の居場所までばっちり把握している理由が気になったのだが、彼女は静かにほほえんでいるだけ。

 やっぱりこの人、ただのおっとりしたおばさんじゃないんだな。


 なんとなく沈黙が落ちた時、台車の上の箱が開いて、ダンビュラが顔を出した。

「あら、こんにちは」

「……よう」

 ダンビュラは箱から這い出すと、部屋の隅に移動し、そこに寝そべった。

 私とクリア姫はセレナに椅子を勧められ、彼女が淹れてくれた紅茶を飲みながら、カイヤ殿下の連絡を待つことになった。


 それから、10分ほどたって。

 開け放たれた窓から、黄色い小鳥が入ってきた。

 窓の手すりにとまり、チィチィと可愛らしい声で鳴く。

 セレナの肩に飛び移り、またチィチィ。――よく見ると、その足にも手紙がつけてあった。

「はい、ありがとう。チッチちゃん」

 セレナは器用な手つきで手紙を取り外し、私たちに見せてくれた。


 そこにはただ1行、「すぐに行く。そこを動くな」とだけ書いてあった。差出人の名前はない。

「?」

 クリア姫が眉をひそめた。「……これは、カイヤ兄様の字ではない……」

「取次ぎの人が書いたんじゃないですか?」

 ここでセレナがそうしたように、あちらで小鳥を受け取り、手紙をつけて放した人が居るのでは?

「いや、これは……」

 クリア姫は手紙を凝視して、「間違いない」とうなずいた。「これは、ハウル兄様の字だ」

「ハウライト殿下の?」

 私はあらためて手紙に目を落とした。インクの乱れもない端整な文字は、書いた人の性格をよく表している気がする。

「カイヤ殿下が忙しくて来られないから、代わりに……ってことでしょうか?」

「だからって、なんであの兄ちゃんが来るんだよ」

 ダンビュラが顔をしかめた。

「おい、司書さん。あんた、さっきの手紙に何かおかしなこと書いたんじゃないだろうな」

 いいえ、まさかとセレナは首を振る。

「何か嫌な予感がするぜ」

 実は、私もちょっとそんな気がしてきたところだった。


 さらに、待つこと15分ほど。

 ハウライト殿下は、お供もつけずに1人でやってきた。

 だいぶ急いで来たようで、軽く息を切らせている。

 堂々とした威厳と優雅な身のこなしは、前に見た時と同じ、いかにも王子様って感じだけど。

 城内の兵士たちと同じく、彼も寝不足の顔をしていた。おかげで、前にも増して不機嫌そうに見えた。

 姿を現すなり一言、「用件は何だ」

「その前に、俺らが呼んだのはあんたじゃないんだが」

 ダンビュラがつっこむ。

「……その前に、なぜおまえがここに居る」

 冷たい目でダンビュラをにらんでから、ハウライト殿下は自分がやってきた理由を説明した。


「カイヤは仮眠をとっている。父上の命令……いや、頼みだか何だか知らんが、そのせいで徹夜だったからな」

 視線を妹姫に移し、「叩き起こしてでも伝えるほどの用件だというなら、今すぐそうしよう」

「……っ! お待ちください、兄様」

 クリア姫が顔色を変えて席を立つ。

「急ぎの用ではないのか」

 ハウライト殿下は、だったら帰ると言わんばかりだ。クリア姫も焦って、「いえ、急ぎではあるのです。あるのですが」

「なら、聞こう。カイヤに何を伝えようとしていた?」

「それは……」

 クリア姫は何とも困った顔で口ごもった。

 気持ちはわかる。ダンビュラを使ってパイラを探す、という案に、ハウライト殿下はいい顔をしないかもしれない。そのためには、ダンビュラが城の中をうろつくことになるからだ。

 そうでなくても、「今はメイド1人探している場合じゃない」とか言い出しそうな雰囲気だし……。

「話しなさい」

 ハウライト殿下は容赦ない。「カイヤに言えることが、私には言えないのか?」

「いえ……」

 兄殿下の厳しい口調に、クリア姫はすっかり萎縮してしまった。

 ハウライト殿下って、こんなに怖かったっけ? 前に会った時の印象は、もう少し――話のわかる感じだったのに。徹夜明けでよっぽどイラついてるのかな?


「急用とは何だ、クリア。もしや、例のメイドの件か?」

「……! そう、です。その件です」

 クリア姫がうなずく。それから、どうしてわかったんだろうと兄殿下の顔を伺う。

「居なくなったという話はカイヤに聞いた」

 ハウライト殿下は不機嫌顔のまま答えた。「それで、そのメイドがどうした。何かわかったのか?」

 問われて、クリア姫は話した。

 パイラの香水のこと、ダンビュラの鼻で彼女の行方を追えるかもしれないこと、そのためにはお屋敷をあけることになるので、先にカイヤ殿下に連絡を取ろうとしたこと。


「おまえにそんな真似ができるとは初耳だな」

 ハウライト殿下がダンビュラを見下ろす。「本当に、そのメイドを見つけられるのか?」

「だから、絶対じゃねえって」

 ダンビュラはしかめっ面になった。「先に言っとくが、同じ方法でルチルを探せ、とか言うなよ」

「言わない」

 刃物のように尖った口調で、ハウライト殿下は即答した。「誰が言うものか」

「おい、兄ちゃん? ……どうしたんだよ?」

 ダンビュラが戸惑い顔になる。

 しかしハウライト殿下は彼に構わず、早口でまくし立てた。

「ルチルの件は、城中の兵士が手を尽くしている。国を挙げ、兵を挙げても娘1人助けられないというなら、所詮その程度の力と人徳だ。こちらが手を貸してやる義理など、どこにも――」

 一息にそこまで言って、ふと我に返ったように口ごもる。

「……すまない。少し、疲れているようだ」

「ハウル兄様……」

 クリア姫が席を立ち、長兄のもとに歩み寄った。

 そっと、いたわるように。小さな手を、兄の手に添える。

「だいじょうぶだ。……すまない」


 私はなんとなく理解した。

 ハウライト殿下は確かにお疲れなのだろうが、それだけではない。

 多分、怒っているのだ。――王様に。身勝手で調子のいい、自分の父親に。


 ルチル姫を探すのに手を貸せ、なんて。

 どのツラ下げて言えるんだって、私も思ったし。

 カイヤ殿下だって、最初はきっぱり断っていた。

 結局、引き受けた理由は――そういえば、私は聞いてないけど。

 ちゃんと兄上様にご説明したんだろうか。この件で、2人が兄弟げんかなどしていなければいいがと、私は少し心配になった。


「メイドの件は、私が力を貸そう」

 唐突に、ハウライト殿下はそう言った。

「本当ですか!? 兄様」

「ああ。仮に何者かに連れ去られたのだとすれば、既に城内には居ない可能性の方が高いだろうが」

 その言葉で、一旦は喜びに輝いたクリア姫の表情がまた沈んでしまう。

「けど、城門は通ってないんだろ?」

とダンビュラ。

 確かに、知らせをくれた若者はそう言っていた。昨日の夕方以降、パイラらしき人が城門を通った形跡はないと。

「そのようだな。だが、兵士の目をかいくぐり、人1人連れ出す手段などいくらでもある」


 たとえば、パイラを連れ去った何者かが馬車を使ったとしたら。その何者かが、身分の高い人間だったなら。商人の荷馬車などとは違い、中を調べられることもない。

「憶測に過ぎぬがな。……まずは、そのメイドが消えた場所に行けばいいのか」

「ああ。あいつがいつも彼氏とデートしてた場所な」

「ありがとうございます、ハウル兄様」

 感謝の表情を浮かべる妹姫に、「付き合うのは城内だけだぞ」とハウライト殿下が釘を刺す。

 もしも、パイラが城外へ連れ出されていることがわかったら、後は兵士に任せて、クリア姫はお屋敷に戻るようにとのこと。

 クリア姫は神妙な顔でうなずいた。


 では出発しよう、という時だった。

 慌ただしい足音が聞こえてきたのは。

 カツカツカツ、という固い靴音が廊下に反響し。

 間もなく、受付のガラス戸の向こうに、どこかで見たような顔がのぞいた。

 兵士の格好をした若者――今朝方、カイヤ殿下の伝言を届けてくれた彼だった。ハウライト殿下の顔を見て一礼し、「見つかりました!」と叫ぶように言う。

「見つかった? ルチルが見つかったのか?」

 ハウライト殿下が鋭く問い返す。

 しかし若者は「あ、いえ……」と一瞬、目を泳がせて、「申し訳ございません。見つかったのは、ルチル姫の方ではなく。クリスタリア姫のメイドの女性です」

 私とクリア姫は、同時に「えっ」と声を上げていた。

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