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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第一章 主人公、求職中
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07 王子様が去った後

「……さん、エル・ジェイドさん」

 唖然として言葉も出ない私を、セドニスが呼ぶ。

「だいじょうぶですか」

「ああ、すみません。話の展開についていけなくて……」

 なんなんだ、いったい。

 初対面の人間に聞かれるまま事情を話しておいて、引く時はえらくあっさり。

 ……何を考えてるのか、さっぱり読めない人だ……。


「確かに、常人には理解しがたい部分も多々ありますが――」

 セドニスは少し考えてから、こう付け足した。「カイヤ殿下は、人としても雇用主としても、十分信用できる人物だと思いますよ」

「はあ……」

「良くない噂もありますが、その9割は事実が誇張されたものです」

「あ、そうなんですか……」


 まあ、ね。

 人の噂なんて、アテにならないものだ。

 現に、ついさっきまで横に座っていた第二王子殿下は、噂で聞いたほどメチャクチャな人には見えなかったし。

「残りの1割は事実そのものですが」

 ……って、おい。フォローするつもりじゃなかったのか。

 戸惑う私に構わず、セドニスは独り言のように話し始めた。


 カイヤ殿下は、良くも悪くも自由な人だ。

 柔軟な思考の持ち主といったら聞こえはいいが、柔軟すぎて、常識外れな考え方をすることも多い。

 頭の回転が速く、大抵の者はそれについていけない。朝令暮改を地で行く人だ。当人にはその自覚がないため、よく周囲の人間を振り回す。


 つらつらとカイヤ殿下の人となり(主に問題点)を上げ、

「関わり合いになると、間違いなく苦労するでしょう」

と断言してから、セドニスはこう続けた。


 あの人は、誰の話でも聞く――それがどんな素性の人間であっても。

 第二王子、かつ第二王位継承者という立場でありながら、自らの足で町を歩き回り、必要があれば誰とでも会う。

 会って話した結果、その言い分に理があると認めれば力を貸すこともある。だから敵対する立場の人間であっても、カイヤ殿下には一目置いている。

 政情不安定な王都で、変わり者の第二王子殿下は、台風の目のような存在になっているのだ、と。


「クリスタリア姫は、そのカイヤ殿下のアキレス腱のようなものです」

 大切な家族。可愛い妹。掌中の玉。

 しかし、手元に置いて守ることのできない弱点。


「…………」

 私は彼の話を黙って反芻した。

 要するに、そんな大事な妹の世話役に、隠し事をするような人間は雇えない、ってことね。

 もっともといえばもっともな話だった。今回は縁がなかった、と言われるのも仕方ない。

「やっぱり信用第一なんですね、メイドって」

 私が言うと、セドニスは少し考えるような顔になった。

「……殿下はあなたのことを信用したのだと思いますよ」

「は?」

「そうでなければ、普通、初対面の人間相手に、あそこまでぶっちゃけた話はしません」

 そう言って、疲れたようなため息ひとつ。


 いや、そうかもしれないけど、いくらなんでもぶっちゃけ過ぎじゃないのかって、確かに思ったけども。

「……なんでですか?」

 出会ったばかりの人間を、そんな簡単に信用できるものなのか。

「カンでしょう」

 もっとマシな答えはないのか。さすがに口には出さなかったけど、セドニスには伝わったようだ。

「あきれて物も言えないという顔ですね。まあ、つまり……、カイヤ殿下は、そういう人なのですよ」

 そういう人って、どういう人? 説明にも何にもなってない。

「それはともかくとして、勤務時間を過ぎておりますので、今日のところはお引き取りを」

 いきなり事務的な態度に戻りやがった。

 

 店の奥にかけられた大時計の針は、午後5時を回っている。

 職安の待合席にはまだまばらに人が残っているが、カウンターの中の職員たちは、既に後片付けを始めていた。

 本当は、この店で宿をとろうと思ってたんだけど……。そっけなく背中を向けてしまったセドニスを見たら、何だかそんな気にもなれず。


 結局、私は1人で「魔女の憩い亭」を出た。

 日の傾き始めた空。しかし、黄昏にはまだ早い。

 道行く人々も、さほど急ぐでもなく。

 家路につくのか、あるいは買い物や仕事の途中なのか、それぞれの目的のために歩き過ぎていく。さすがは都会、故郷の村とは比較にならない人の数だ。


 道行く人々の真ん中で、私はなんとなく足を止め、嘆息した。

 ……間違ったことはしていないはずだ。

 相手は会ったばかりの自称・王子様。あの場で事情を明かすなんて、その方がよほど責められるべき軽率な行為だろう。

 理屈ではそうなのに、なぜか気持ちが晴れない。

 何か、とても貴重なものを得る機会を失ってしまった――自ら手放してしまったような、そんな気がした。

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