78 消えたメイドを探して1
ダンビュラの嗅覚を頼りに、パイラを探しに行く。
私の思いつきを聞いて、クリア姫は大きな瞳を輝かせた。
「ダンはそんなこともできるのか」
「絶対確実ってわけじゃないそうですけどね。だから今まで黙ってたみたいですよ」
適当にごまかす私。
クリア姫は「それでもすごい」と感心しきりで、「どうしてもっと早く言わなかったのか」なんて、全然思っていないみたいだった。
当のダンビュラは、バツが悪そうに口をつぐんでいる。
「私も行く。すぐに支度をするから、待っていてくれ」
クリア姫が身支度を整えている間に、私は大急ぎで朝食の用意をした。
人間、空腹では動けない。いついかなる時も、腹ごしらえは大事である。
それから物置に行き、前に本を運ぶ時に使った台車を引っ張り出す。
パイラを探すためとはいえ、ダンビュラがお城の中を堂々と闊歩するわけにはいかない。あの時もそうしたように箱の中に隠れてもらい、私が台車を押して行くことにした。
「だけど、このお屋敷を空っぽにしちゃうのはまずいんじゃないでしょうか?」
またカイヤ殿下からの伝言を届けに誰か来るかもしれないし、クリア姫の姿が見えなかったら騒ぎになってしまう。
「まずは図書館に行こう」
とクリア姫は言った。
「図書館?」
「司書のセレナに言えば、兄様に連絡を取ってくれるのだ。セレナは鳥を飼っているから」
鳥って何のことだろうと私は首をひねったが、クリア姫は「行ってみればわかる」とくわしい説明はしてくれなかった。
朝食の後、箱詰めしたダンビュラを台車に乗せて、私とクリア姫は出かけた。
重たい台車を押しながら庭園を歩いていると、何日か前に王室図書館に行った時のことが自然と頭に浮かんだ。
あの時も、箱の中にはダンビュラが居て、だけど姫様には内緒で。ひょっとしたら、ルチル姫のワナかもしれないなんて思いながら、ひそかに緊張していたっけ。
今もまた、行方不明のパイラを探すという使命感から、けっこうドキドキしている。
私もクリア姫も、気が急いていた。早足で庭園を抜け、その先にある大きな石造りの建物を目指す。
以前は暇そうなクロムが見張りをしていた通用口に、兵士の姿はなかった。
「ここは人が居ないことも多いのだ」
そう言って、服の中から小さな鍵を取り出すクリア姫。
「たまに、何か問題を起こした兵士が懲罰で番をさせられていることもあるが――」
要はそれくらい誰も来ない、退屈で暇な仕事なのだ。あの日、クロムがここに居たのは、ルチル姫の「計画」を阻止するためだった。
「でも、それでいいんですか?」
姫君が暮らす庭園に通じる場所なのに、不用心では。
「私にはダンが居るからだいじょうぶだ」とクリア姫。「それに……、庭園は基本立ち入り禁止だが、入る気になればどこからでも入れるし……」
まあ、そうか。表のアーチにしろ、周囲の森にしろ。ここだけ守っても仕方ないのだ。
鍵を開け、中に入る。
……正確には、中に入ろうとしたところで、私とクリア姫は足を止めた。
前に来た時には、まるっきりひとけのなかった廊下。
今日は違った。2人組の兵士と鉢合わせたのだ。
私とクリア姫を見て、「ここで何を?」と近づいてくる。どちらもまだ若い兵士だった。
私は慌てず騒がず、「王室図書館に行くところです」と答えた。
「王室……?」
その言葉で、兵士たちも気がついたらしい。そこに居る少女が誰なのか。
「こ、これは失礼致しました」
大げさなくらい、丁寧に一礼する。
「いえ、お役目ご苦労様です」
私はにっこり、兵士たちに笑いかけた。「さあ参りましょう、姫様」とクリア姫を促し、台車を押して歩き出そうとして――再び、足を止める。
そういえば、ここ。ちょっとした段差があるんだよな。重たいダンビュラ入りの台車がうまく上げられなくて、クロムに手を貸してもらったんだった。
私が困っているのを察したらしく、すぐに兵士たちが近づいてきて台車を持ち上げてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
内心ヒヤヒヤしたが、兵士たちは不審な顔もせず、やたら重い箱の中身が何か、と聞いてくることもなかった。
「さあ参りましょう、姫様」
もう1度言って、今度こそ歩き出す。
少し進んでから後ろを振り向いてみると、兵士たちはまだ見送っていた。その真面目くさった表情からは、彼らが何を思っているのかは読み取れなかったが。
もしかしたら、「こんな時に図書館?」とあきれていたのかもしれない。あるいは、「こっちは徹夜してるってのに……」と腹立たしく思われていたかもしれない。
こういうの、被害妄想っていうんだろうか。ただ、彼らの顔色はどす黒く、目の下にはくっきりとクマが浮かんでいたものだから、ついそんな想像をしてしまった。
「やはり、ルチル姉様はまだ見つかっていないのだな」
クリア姫がつぶやく。
「ダン……つかぬことを聞くが……。もし、パイラが無事に見つかったら……」
「俺はルチルの匂いなんて覚えてねえよ」
箱の中から、ぶっきらぼうな声がした。「全っ然、まあったく、覚えてねえ」
「そ、そうか」
クリア姫はしゅんとしてしまった。
「箱は黙っててくださいよ」
私は冷ややかに言った。「誰かに聞かれたらどうす――」言い終わる前に、前方の廊下を、数人の兵士が横切っていった。
それから王室図書館に向かうわずかな道のりで、見かけた兵士の数は軽く10を超えた。
クロムが言っていたこと――城中の兵士が眠らずにルチル姫を探しているって話、大げさじゃなかったんだな。
……もしも、行方知れずになったのがクリア姫だったとしても、王様はこんな風に兵士を動員してくれるだろうか。
ちらりと頭の隅に浮かんだ考えを追い払う。
「どうかしたのか、エル」
クリア姫が澄んだ瞳で見上げてくる。
「いえ、何でもありません」
私は視線を前に戻した。
壁のない渡り廊下が、お城の別棟に向かってのびている。ここを抜ければ、目的地の王室図書館はすぐそこだった。




