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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
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77 ダンビュラ3

「可能性はないわけじゃない、ってことですか?」

 私は信じられない思いでダンビュラを見つめた。

 彼は平然とうなずいて見せると、

「まあ、そうだな。普通は1日たったら匂いなんざ消えてるもんだが、あいつの付けてた香水、かなり変わってただろ」

 パイラの香水。あの、うっとりするようないい香りの元は、彼女の婚約者がわざわざ異国から取り寄せた舶来品らしい。つまり、王都であの香りをさせているのは、彼女だけなわけで――。

「1日たったらって……」

 私はダンビュラの顔を両手でわしっとつかんだ。

「なんでもっと早く言わないんですか! 可能性があるなら、何だってやってみればいいでしょ!?」

 山猫もどきは、私の手の中でジタバタした。

「だーかーら! 俺はあの女が誰かに誘拐されたなんて、ハナから思ってねえんだよ!」

「まだ言いますか! この際どっちでもいいですよ、そんなの!」

 パイラが誰かにさらわれていようがいまいが、今現在、行方知れずであることは確かなのだ。そして彼女が戻ってこない限り、クリア姫の心労は続く。

「探しに行きましょう、今すぐ」

 が、ダンビュラの返事は「やだね」だった。


「……どうしてですか」

 低く、怒りに満ちたこの声は、他ならぬ私が発したものである。

 ダンビュラも若干脅えた顔で後ずさり、

「待て、落ち着け。パイラを探すだけなら、面倒だが協力してやってもいい」

「だったら」

「だから、待てって。今思い出したんだが、ルチルの阿呆もけっこう香水キツかったろ。ガキのくせに、贅沢しやがって」

「それが、何か」

「俺が匂いで人探しできるなんてことが殿下や嬢ちゃんにバレたら、ルチルの阿呆も同じように探せって言われるかもしれねえだろが」

 ダンビュラは鋭い牙をむき、四つ足を踏ん張って、威嚇するようなポーズをとった。

「そんなのは真っ平だぞ、俺は。あのガキの役に立ってやるなんざ、絶対にごめんだ」


 何を子供じみたことを。

 それより、パイラを無事に探し出す方がよっぽど重要ではないのか。……そう思ったが。

「ダンビュラさんて、本当に心底、ルチル姫のこと嫌いなんですね」

 私はちょっと気になり始めていた。

 彼がルチル姫を嫌いまくっている理由。確かに問題のあるお子様だけど、自称300歳が13歳相手にムキになるのには違和感を覚える。

「ああ」

 きっぱり肯定するダンビュラ。「俺は正直、あのガキが無事に見つからなければいいって、そう思ってる」


 私は、彼の目を見つめた。

 ダンビュラも見返してくる。

 迷いのない目だった。冗談でも軽口でもなく、どうやら本気で言っているらしいとわかった。

「……そこまで許せないことしたんですか、ルチル姫は」

「した」

 うなずくダンビュラ。「しようとしたんだ。俺が止めてなかったらな」

 それはおそらく、以前クリア姫が「その話はよい」と言っていたことなのだろう。


 私はちらりと背後を確認した。

 クリア姫が部屋から出てくる様子はない。

 私はダンビュラに顔を近づけ、できるだけ声もひそめた。

「それを、私は聞いておくべきでしょうか?」

「あのガキの本性を知りたいんならな。お人よしの殿下は、多分、あんたにルチルの悪口なんざ言ってねえんだろうが――」

「しつけの悪い勘違い娘、とは言ってましたよ」

「…………。それほど悪くは言ってねえんだろうが、あいつは救いようのねえクズだ」

 1度言葉を切り、短い沈黙を挟んでから、ダンビュラは言った。「ルチルはな。嬢ちゃんの髪を切ろうとしたんだよ」

「…………」

「……おい。あんた今、その程度のことか、って思ったろ」

「なっ……! 思いませんよ! 女の子の髪は大事に決まってるじゃないですか!」

「女だからとか、そういう理由じゃねえんだよ。嬢ちゃんはな、5歳の時からずっと髪をのばしてたんだ。……願掛けだったんだよ」


 5歳の時、クリア姫は最愛の兄殿下と離ればなれになった。

 カイヤ殿下が、戦場から無事帰ってきますように。必ず再会できますようにという願いを掛けて、クリア姫は自分の髪を切らないことに決めたのだという。


「5歳の子供が、自分でそんなことを?」

「自分でっつーか、母親のメイド長だった女が教えたんだと」

 その女性は、クリア姫の乳母でもあった。

 殿下と別れた後、泣いてばかりで元気のないクリア姫を、「お兄様とまた会えるように、おまじないをしましょう」と言って、慰めた。それが願掛けの始まりだったらしい。


 3年後、兄と妹は王宮で無事再会を果たした。

 しかりクリア姫は、その後もひそかに願掛けを続けていたらしい。

 兄殿下が無事でありますように。危ない目にあったり、ケガをしたりしませんようにと。


 ルチル姫の妹いじめが始まったのは、兄妹の再会から少し後のことだった。

 髪を切ろうとしたのは、よくある嫌がらせのつもりだったらしい。

 ただ、ハサミを見せて脅かすと、いつもは冷静なクリア姫が思いのほか、取り乱したので。

「あいつはご満悦だったよ」

 泣きながら、髪を切らないでと頼む妹姫から、その理由を聞き出し、たっぷり怖がらせた後で、クリア姫のおさげを。

 切ろうとしたから、ダンビュラが止めたのだ。


 それ以前の彼は、人知れず姫君の護衛をしていた。クリア姫とカイヤ殿下、それにハウライト殿下以外の人間に姿を見せたことはなかったそうだ。

 存在そのものが謎なダンビュラである。

 余計な混乱を招かないように、というハウライト殿下の配慮で、お城の人々からは隠れて暮らしていたのだが。

「つい、我慢できなくなっちまってな」

 ルチル姫の前に姿を現し、派手に懲らしめてやった。

 その後どうなったのか、ダンビュラは語らなかった。

 ただ、「派手に」懲らしめたというくらいだ。けっこうな騒ぎになったんじゃないのかな。おそらくはハウライト殿下辺りが、事後処理に奔走したに違いない。

 そう考えるとお気の毒ではあるけれど、ダンビュラのしたことを責める気持ちにはなれなかった。自分が彼の立場でも、多分、同じことをしたと思うし。


「あのガキは性根が腐ってる」

 ダンビュラは断言した。「歪んでるだけなら、まっすぐに直ることもあるさ。けど、腐っちまったものはどうしようもない。煮ても焼いても食えやしねえ」

 さすがに返す言葉が見つけられずにいると、ダンビュラはさらに強い口調でルチル姫を罵った。

「あのガキがどんな目にあったとしても、自業自得だ。誰の恨みを買ってたっておかしくない。嬢ちゃん以外にも、きっと色々やらかしてるに決まってるんだからな」

 ふと、私は気づいた。

 ルチル姫が今現在、行方不明なのは、そんな恨みを持つ誰かの仕返し、という可能性もあるんだなと。

 別に、カイヤ殿下に限らないのだ。ルチル姫の行いに迷惑している人は、他にも居るかもしれない。


「俺が手を汚したってよかったんだよ」

 私はもう1度、ダンビュラの目を見つめた。山猫もどきは、やはり本気の目をしている、ように見えた。

「前に、殿下にもそう言ったんだ。あのガキの首をとって、誰にも見つからないようにノコギリ山のてっぺんに埋めてきてやるって。なのに、殿下はうなずいちゃくれなかった」

「……当たり前ですよ」

 私はちょっとあきれてしまった。

 ダンビュラの両眼が殺気立つ。

「なんでだよ。実の妹がひでえ目にあわされてるってのに、平気なのか?」

「平気なわけないでしょう。子供みたいなこと言わないでくださいよ」

 まったく。

 自称300歳のくせに、案外幼いところもあるらしい。

「殿下は姫様のこと、とても大事に思ってますよ。だけど、ルチル姫を手にかけるなんてこと、できるわけがないでしょう?」


 ただでさえ、カイヤ殿下は色々とややこしい立場の人なのだ。王族として、王位継承者として、守らなければならないものだってたくさんあるだろう。

 ……そのわりに、ダメ親父の顔面に蹴りとか、けっこう無茶なこともしているようだが。

 幼い子供を手にかける、人を殺めるというのは、さらに次元の違う話だ。


「だいたい、クリア姫がそれを喜ぶと本気で思ってるんですか?」

 トドメの一言に、ダンビュラはぷいとそっぽを向いてしまった。

 まあ、でも。

 この山猫もどき、口は悪いし態度もいいかげんだけど、クリア姫のことはけっこう本気で大事に思ってるんだな。

 そうでなければ、こんなに怒るわけがない。

 今までは何を考えているのかイマイチわからなかったから、それが確認できたのはよかったかもしれない。


 ふてくされてしまったダンビュラに、「ルチル姫のことはとりあえず置いておきましょう」と私は言った。

「今はパイラさんを見つけることだけ考えましょう。協力してくれますよね? ダンビュラさん」

 ダンビュラは「面倒」だの「なんで俺が」だの、ぶつぶつ言っていたが、最後は「仕方ねえな」とうなずいたのだった。

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