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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
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75 不安な夜3

 ルチル姫はいつも、母親のアクア・リマ、姉のフローラ姫と3人で昼食をとる。

 午前中はクリア姫同様、自室でお勉強することになっているのだが――実際は、ほしい服や宝石のカタログを眺めていたり、だらだら間食をしていたりすればまだマシな方で、部屋にも居ないということがよくあるそうだ。

 ではどこに居るのかといえば、取り巻きの男の子たちや、「友人」の女の子たちを連れて、お城の中で気ままに遊んでいるのである。


 ただ、きのうは確かに昼前まで部屋に居たのを、彼女のメイドが見ている。

 そのメイドが言うには、ダンビュラに手ひどく脅かされたあの日から、ルチル姫は「ショックで閉じこもりがち」になっていたそうで(「そんな可愛げのあるガキかよ」とダンビュラがつっこみ、「俺がそう言ったわけじゃねえ」とクロムが返した)、きのうも部屋から出ていなかった。


 メイドや従者が手分けして周囲を探しても、見つからず。

 心配した母親が王様に知らせ、さらに兵士を投入して捜索を行うも、手がかりひとつなく。

 本当に、忽然と消えてしまった、ということらしい。

 状況は違っても、その点はパイラと同じで、私はまた考え込んでしまった。


「同一犯、ということはないのだろうか……?」

 声に振り向けば、居間の入口にクリア姫が立っていた。

 長い金髪をほどき、可愛らしい水色のネグリジェをまとった姿は妖精みたい。寝ていたところを起きてきたのか、しきりに手の甲でまぶたをこすっている。

「ああ、姫様。起こしちゃいましたか」

 クリア姫はとろんとした目で私を見上げ、「パイラは……?」

「心配いりませんよ。殿下やクロサイト様が探してくださってますからね。姫様は寝ましょう? 何かあったら、ちゃんとお知らせしますから」

「…………」

 クリア姫はぼんやり立っている。パイラのことを考えているのか、単に眠いだけか。

 どうしよう。だっこしてでもお部屋に連れていった方がいいかな。

 私が迷っていると、

「おい、早くベッドまで連れてってやれよ」

とダンビュラが言った。「でないと、寝巻きの嬢ちゃんを、いやらしい目付きで見てる野郎がここに居るぞ」

 私はハッとクリア姫に覆いかぶさり、彼女の姿を隠すようにした。


「……おい、クソ猫。もういっぺん言ってみろ」

 いいかげん腹に据えかねたらしく、クロムが立ち上がる。

 ダンビュラは動じない。

「なんだよ。本当のことだろ? てめえは顔さえよければ、相手が子供でもいいんだろうが。このメンクイ野郎」

「言わせておけば――この――」

 近衛騎士の口から、あまりお上品とは言えない悪態が飛び出した。

「ハッ。チンピラ上がりはこれだからな。てめえの馬鹿をてめえでバラしてやがる。もっと気の利いた単語が浮かばねえのか?」

 ダンビュラが牙をむき、クロムがあとちょっとで武器を抜く、というところで、私は2人の脳天にお盆の角を振り下ろした。ガツ、ガツ、といい音が2回響いた。

「お2人とも、姫様の御前で、なあにを言いやがってくださってるんですかね?」

「……いてて……」

「容赦ねえな、あんた……」

 頭を押さえてうずくまる2人。


 その光景を見て、ぱっちり目が覚めてしまったらしいクリア姫。

「2人とも、だいじょうぶか?」

と駆け寄ってくる。

 私は彼女の前に立ちふさがった。「いけません、姫様。そんな格好で」

 ひとまず、膝掛け代わりにしていた毛布を持ってきて、くるくると体に巻いてあげる。

「……ありがとう。これなら寒くないのだ」

 その様子を見ていたクロムが、何やら不満げな顔で話しかけてきた。

「おい、あんた。さっきこいつが言ったデタラメ、信じるなよ?」

 俺は子供には興味ない、とか言いつのるのを、「はいはい」と適当に聞き流す。

 ダンビュラがせせら笑い、「てめえ、覚えてろよ」とクロムが毒づく。

 男2人は放っておくとして。

 私はカイヤ殿下の伝言を、クリア姫にも伝えた。


 パイラがまだ見つかっていないと聞いて、クリア姫の瞳が暗く沈む。

 心配だよね、本当に。

「さっきも言ったが、同一犯、ということはないのだろうか……?」

 暗い瞳のまま、クリア姫は考えている。

 同一犯って、パイラとルチル姫が、同じ人間の手でどこかに連れて行かれた、ってこと?


「そんな真似して得する人間が居ますかね」

 クロムが異を唱えた。

 姫君相手には、彼も一応敬語を使う。口調は例によってぞんざいだけど。

 クリア姫は顔を上げ、彼の方を見た。

「クロムは知っているだろうか。今日、ここに父様が来た」

 近衛騎士の口元が、ひくりと不自然に震えた。

「……聞きましたよ。それが?」

「父様は、ルチル姉様をさらった誰かが――そういう者が居たとしての話だが、もしもその誰かがカイヤ兄様の知り合いだったら、協力してほしいと――」

「全部聞きました」

 つっけんどんにクリア姫の話を遮るクロム。

「要するに、俺らが疑われてるってことですからね。俺ら――ってのは、カイヤ殿下に昔から仕えてる連中のことですけど。さっき隊長に集められて、話は聞きました」

 で、それが何か?


 子供相手に、言い方がキツイだろうと私はハラハラしたが、さりとて彼の気持ちが全く理解できないわけでもなかった。

 国王陛下の物言いには、私だってたいそう腹が立った。

 ならば、直接の疑いを向けられたクロムや彼の仲間はどれほど怒り、理不尽な思いを味わったか。想像に難くない。

「父様の言うことにも一理あると思うのだ」

 なのに、クリア姫がそんなことを口にしたものだから、私はぎょっとした。

「はい?……今、なんて?」

 クロムの顔がひきつる。

 クリア姫はちょっと慌てて、「違うのだ。父様が、カイヤ兄様や皆を疑うようなことを言ったのは、私も悲しかった」


「犯人」の狙いは、国王陛下とカイヤ殿下を対立させることだったのではないか。

 国王陛下がカイヤ殿下に「協力」を求めたのは、それを防ぐためもあったのではないか、とクリア姫は一生懸命に話した。

 もっと言えば、「犯人」の狙いは、「フローラ姫派」と「ハウライト殿下派」の間に、争いの火種を作ることで。

 このタイミングでルチル姫が姿を消せば、真っ先に疑われるのはカイヤ殿下だ。それを利用して、もともと仲の悪い両派閥に、決定的な争いを起こそうと。


「言いたいことはなんとなくわかりましたが……」

 話を聞いて、クロムは怒りも冷めたような顔をした。

「結局のところ、それって誰得ですか?」

「……得をするのは……」

 両派が争って喜ぶのは、……誰だろ。「フローラ姫派」でも「ハウライト殿下派」でもない第三者?

「ありえない、とは言いませんが……。だったらなんで、メイドなんかさらうんですか」

「…………」

「普通、メイド1人くらい消えても騒ぎませんて。殿下はその点、普通じゃねえけど。それにしたって、本気で殿下と親父を争わせたいなら、メイドなんか狙わんでしょ」

「…………」

「俺だったら姫様、あんたを狙いますよ。殿下にとっては1番大事なんだから」

 ぐうの音も出ず、うつむいてしまうクリア姫。恥ずかしそうに赤らんだ横顔が、可愛い。


「なんつーか、殿下と初めて会った時のこと思い出しましたよ、今」

 そう言って、クロムはそれこそ初めて見るような目でクリア姫を眺めた。

「兄様と?」

「ええ。前線の砦で――今のあんたよりは年上だったけど、まだほんのガキで」

 あの頃の殿下は、とクロムは続けた。

 世慣れているかと思えば世間知らずで、知識は豊富だが経験は乏しく、たまに大人が思いもよらない発想をする一方、基本的な常識が足りず。

 頭はいいのに、どこかちぐはぐだった。


「今も大して変わらねえだろ」

 ダンビュラがつっこむ。

 クロムはちらりと彼を見下ろし、「なんだ、起きてたのかよ。妙に静かだから寝てんのかと思ったぜ」と、あまり力のない声で毒づいた。

「私は、その頃の兄様と似ているのか……?」

とクリア姫。

 しかしクロムは、「いえ、別に似てはないです」とあっさり否定した。

 おい。だったら、今の話は何だったんだ。

「ただ、姫様がちょっとズレたこと言うの聞いて、思い出しただけで」

「…………」

 兄と似ていないと言われたクリア姫は、何だか残念そうな顔で下を向いてしまった。

 この失礼な近衛、よろけたふりをして足でも踏んでやろうか。

「殿下は誰とも似てないですよ」

 当のクロムは、ちょっと遠い目をしてつぶやいている。

「親父とも、兄貴とも、似てやしねえ」

 そうだろうか。王様はともかく、ハウライト殿下やクリア姫とは似ているところもあると思うが。


 ほっとけよ、とダンビュラが私にささやいてきた。

「こいつは、あれだ。とにかくカイヤ殿下のことが好きで仕方ないっていう、殿下の信者みたいな奴だからさ」

「何か言ったか、クソ猫」

 じろりとダンビュラをにらむクロム。

 ダンビュラは意地悪く笑って、「言ったよ。おまえが面食いのロリコン野郎だって」

「何だと?」

「要するにあれだろ? おまえ、殿下のキレイな顔が大好きなんだろうが。で、ガキの頃の殿下は可愛かったなあ、とか思い出してたんだろ。あー、気色わりい。吐く」

「…………」

 無言で武器に手をかけるクロム。

 ダンビュラの瞳が殺気立つ。ウウウ、と狼みたいな唸り声を上げて牙をむき。

 私は再び2人の頭にお盆を振り下ろすハメになったが、それでも収まらなかったので、しまいには水をぶっかけてやった。

 まったく。

 相性の悪い人間というのは、どこにでも居るものだけど。この2人の場合は、性格が似ている分、互いの言動にイラ立つ――いわゆる同族嫌悪、ってやつだと思う。


 ずぶぬれになった頭をタオルで拭きながら、「自分は捜索に戻ります」とクロムがクリア姫に言った。「何か、殿下にお伝えすることはありますか」

 同じくずぶぬれになったダンビュラをごしごし拭いてあげていたクリア姫は、クロムの問いに少し考え、結局「何も……」と首を振った。


 本当は、無理をしないで少しは休んでほしいとか、パイラのことをお願いしますとか、色々あるんだろう。

 でも、自分はここで待つことしかできないから、何も言えないんだよね。

 とっても頭のいい姫様だけど、この子の場合、その聡明さがアダになってしまっていることが多い気がする。

「兄様のことを頼む」

 小さく頭を下げるクリア姫。

 クロムは「はいはい」と適当に答えただけで出て行こうとしたが、途中でなぜか私の方を振り向いた。「そうだ、あんた」

「はい?」

「メシ、うまかったよ。どうもな」

 そう言って、今度は振り向かずに出て行ってしまう。


 ……よくわからない人だな。


 口が悪くて態度が悪くてデリカシーもなくて、でも一応、お礼くらいは言えると。

「かっこつけが」と毒づくダンビュラ。「だまされんなよ。あんたが女だから、とりあえずコナかけとこうってだけだぞ」

「……私はあの人のタイプじゃないそうですよ」

 色気がどうのと本人も言ってたし、ダンビュラの言葉が正しいなら、彼は美形好きなんだろう。どっちにしたって、私は対象外のはず。

 そうかい? とダンビュラ。「あんたはいい女なのにな」

 無愛想でそっけない、独り言みたいな言い方がさっきのクロムとかぶる。


 ……ああ、こいつら、本気で似た者同士だ。


 けっこう真面目に頭が痛くなった私は、軽くこめかみの辺りに手をあてた。

 こんなくだらないこと言ってる場合じゃないのに。

 今もお城では、大勢の兵士たちが寝ずに働いているはずだ。

 お城だけじゃない、城下の街でも。

 たくさんの人が、居なくなったルチル姫を探して――。

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