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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
74/410

73 不安な夜1

 ――王様が去った後。

 カイヤ殿下とクロサイト様は王宮に向かい、私たちはお屋敷で待つことになった。


 だいぶ遅い時刻になっていたが、クリア姫に眠る気はなさそうだった。

 父親の訪問、ルチル姫の失踪。何より、パイラのことが気がかりで仕方がないようだった。

 私も、心配だ。

 パイラはどうして帰って来ないんだろう?

 誰かに連れ去られた? だとしたらその誰かは、彼女が婚約者に会いに出かけるのを知っていたんだろうか。

 婚約者の手紙が、そもそもニセモノだった? でも、あのしっかり者のパイラが、偽の手紙なんかでだまされるとは思えない。

 まさか、婚約者もグル、なんてこと――。

 ミステリー小説寄りにずれていく思考を軌道修正。いくら何でも考えすぎだ。


「えっと、お茶でも淹れましょうか」

 私はつとめて明るく言った。

 まだパイラが行方不明になったと決まったわけじゃない。何か事情があって、帰るのが遅れているだけかもしれない。

 こういう時には、気分を落ち着かせる、あったかい紅茶なんかが1番だ。普通の紅茶だと目が冴えてしまうから、ノンカフェインのハーブティーにしよう。

 早速お湯をわかし、ティーカップを用意する。


 私がお茶を淹れている間、クリア姫は黙ってテーブルについており、ダンビュラは部屋の隅で丸まっていた。

 夜の静けさが、冷たい外気と共にひたひたと室内に満ちてくる。

 何だか寒気を覚えて、私は小さく身震いした。

 見れば、クリア姫も自分の体を両手で抱くようにしている。

 寒いのか、不安なのか。どちらにせよ、早く温かいお茶を飲んでもらおう。


 薄い琥珀色の液体をティーカップにそそぎ、角砂糖をふたつ入れて、クリア姫の前に置く。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 クリア姫はカップを手に取り、一口飲んで「おいしい」とつぶやいた。

 私もテーブルにつき、カップを口に運んだ。ミントとレモングラスのさわやかな香りに癒される。


 落ち着いたところで、あらためて考えてみる。

 ルチル姫と同じタイミングで、姿を消したパイラ。これは果たして偶然なんだろうか?

 パイラは街に出ていたわけじゃない。お城の中で、ほんの少し恋人に会いに行っただけ。

 彼女に危害を加えられるとしたら、お城の人間以外ありえない。

 クリア姫のメイドを誘拐? するなんて、ルチル姫か、その取り巻き以外やりそうもないと思うけど。

 そのルチル姫が行方不明だという。

 いったい何が起きているのか――。


「今頃カイヤ兄様は、パイラの婚約者と会っているだろうか」

 ぽつりと、クリア姫がつぶやく。

 1人で考え込んでる場合じゃなかった。姫様だって不安なのだ。

 何か、言ってあげないと。何でもいい、少しでも安心できるようなこと。


 焦ると、気の利いたセリフが浮かばないものだ。

 私が言葉につまっていると、クリア姫がまたぽつりと言った。

「父様は――」

 今度はパイラのことではなく、王様の話だった。

「父様は、いつもああいう感じなのだ」

 そう言って、大人びた嘆息をもらす。

「大事な話のはずでも、ふざけていて……いや、ふざけているように見えて。父様が何を考えているのか、私にはよくわからない」


 姫様、あんなおっさんのことなんか気にしないで。

 ……っていうわけにもいかないよなあ。クリア姫にとっては、あれが実の父親なわけで。いくら大人びていても12歳、親の存在はまだそれなりに大きいはずだ。

 だったらいっそ、クリア姫に自分の気持ちを吐き出してもらった方がいいかも。そう思い、私は椅子に座り直して、話を聞く体勢を作った。


「嫌な思いをしたのではないだろうか。エルも、ダンも」

 私が答えようとすると、部屋の隅で丸まっていたダンビュラが顔を上げ、「別に、いつものことだろ」と言った。

「殿下や嬢ちゃんに比べりゃ、どうってことねえよ」

「ええと……。はい、そうですね。私もそう思います」

 とりあえず調子を合わせておく。

「2人とも、優しいな」

 クリア姫が笑う。……どう見ても無理をしている笑い方だったので、私は思わずテーブルの上に身を乗り出した。

「姫様、あの。……だいじょうぶですか」

 ああ、なんて芸のないセリフだ。

 無理をせず、嫌なことがあったら、泣いたり怒ったりしていい。そう伝えたいのに。

「…………」

 クリア姫は黙ってティーカップを見つめた。彼女の小さな手の中で、琥珀色の液体がかすかに揺れている。

「私は――」

 やがてゆっくりと話し出す。


 自分は、父親と暮らしたことがない。

 生まれたのは母親の離宮で、王宮に来てからはずっとこの庭園に居た。

 王様とは、たまに顔を合わせるだけ。共に食事をしたことすら数えるほどだそうだ。


「だから、あの人は父様なのだと頭ではわかっていても、気持ちが、心が、そういう風に感じてくれないというか」


 共に過ごす時間が、親子の情を育てる。

 当たり前のことだと思う。離れている時間が恋しさを募らせる場合もあるかもしれないが、それも仲のいい親子に限った話だろう。

 クリア姫の場合は、どうだったのか。


「私は、父様に会えないのを寂しいと感じたことはないのだ。……兄様が居てくれたから」

 それが答え、か。

 クリア姫は、父親のことを別に必要としていない――そう断言してしまったら言い過ぎになるかもしれないが、少なくとも、切実に恋しがっているわけではなさそうだ。


「……こんなことを言ったら、薄情な娘だと思われるかもしれないな」

 クリア姫はやや決まり悪そうに付け加えた。

 薄情なのは父親の方であって、断じてクリア姫ではない。

 そんなことないですよ、と言おうとしたら、またしてもダンビュラに先を越されてしまった。

「んなことねえよ。むしろ当たり前の話だ」

 それから、かなり汚い口調で、国王陛下の「ダメ親父」っぷりを罵った。

 できればもうちょっと言葉を選んでほしい気もしたが、一応、クリア姫のことを元気づけようとしているんだろうし、口は挟まずにおく。

 クリア姫も少し困ったように笑って、それからだいぶ冷めてしまったハーブティーに口をつけた。


 時刻は真夜中に近づきつつあった。

 殿下がクロサイト様と王宮に向かってから、1時間以上たつ。パイラの婚約者とはとっくに話せたはずだし、そろそろ何か、知らせがあってもいい頃だ。

 しかし、お屋敷の外からは何の物音もしない――。

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― 新着の感想 ―
[一言] 推理〔文芸〕の定義は『事件などを推理し、謎解きを行なう過程を主体とした小説』とありますので、王宮事件簿というタイトルとそれにそぐわない内容だと思いますので、変更はありだと思います。 250…
[気になる点] 推理〔文芸〕のカテゴリのほうが読者層的に合っているのでは? ハイファンタジーに埋もれているのは勿体無いと思いました!
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