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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
73/410

72 失踪2

 カチャカチャと夜の庭園に響く音は、騎士たちのプレートメイルが揺れる音だった。

 暗い道の奥から現れる。

 1人は長身の若い男。がっしりと体格がよく、鎧をまとった姿が絵になっている。

 もう1人は中肉中背の中年……いや、壮年の男。若い方と同じ鎧をまとっているが、何だか妙に影が薄い。2人並んで立っていると、一方が光、もう一方が影って感じ。


 そして、その2人を従えて歩いてくる、長身短髪、ワイルド系親父。

 前に見た時と違って、今日はマントにローブ、と一応それっぽい格好をしていた。

 ついでに、宝石のいっぱいついた腕輪やネックレスをじゃらじゃらつけている。不思議と下品な感じはしない。むしろ似合っているかも?


 3人組は、お屋敷の手前まで来て足を止めた。

「国王陛下のおなりである!」

 若い方の騎士が声を張り上げる。


 どうすればいいんだろう、これ?

 ひとまず私は、お仕えするクリア姫のもとに駆け寄った。

「姫様」

 そっと声をかけるが、返事がない。突然の父親の登場に、大きく瞳を見開いたまま硬直してしまっている。

「父様――」

 クリア姫が父親と会うのは、いったいいつ以来なのか。よほど長いこと顔を見ていなかったかのような反応である。

「やあ、クリアちゃん。久しぶり」

 そのわりに、父親の態度は極めて軽い。ひらひらと娘に手を振った後、今度は息子に向かって、「おーい、カイヤ。パパが来たよー」

「見ればわかる」

 カイヤ殿下の声は、いつもの3倍くらいそっけなかった。

「何の用だと聞きたいところだが、今は取り込んでいる。用件は後にしろ」

 そう言って、クロサイト様を引き連れ、さっさと立ち去ろうとする。

「待って待って」

 国王陛下は、意外にすばやい動きで殿下の前に回り込み、

「そう冷たくしないでよ。取り込み中なのは、こっちも同じなんだからさ」

「?」

「や、実はさ。うちのルチルちゃんが、急に居なくなっちゃったんだよね」

 その言葉に、クリア姫の体がぴくりと揺れた。


 ――居なくなった? ルチル姫が?


 それって、何。お城の中で迷子になったとか、それともまさか誘拐?


 穏やかじゃない話に、しかしカイヤ殿下は露ほども動じず、「居なくなったのなら、探せばいいだろう」とのこと。

「探してるよ、もちろん。けど、見つからないんだよね、これが」

 私はお屋敷に戻る途中で見かけた、無数の明かりを思い出した。あれはルチル姫のことを探していたのか――。

「それで?」

とカイヤ殿下。「俺に何の用だ。まさか、探すのを手伝えとでも言う気か?」

「んー、っていうかさ、カイヤ」

 王様はほりほりとあごひげをかきながら、「ぶっちゃけ、心当たりないかな?」


 クリア姫の体が、もう1度ぴくりと揺れる。大きな瞳は、じっと父親と兄殿下に向けられたまま。

「ない」

 殿下の返事は短かった。

「じゃあ、クロサイトは?」

「全くありません」

 こちらの返事も短いが、若干の補足があった。「国王陛下の仰る『心当たり』というのが、仮にどのような意味であったとしても」

 そのセリフに、王様の連れてきた騎士2人が若干色めき立った。

 どのような意味であったとしても――って。

 まさか、王様。

 カイヤ殿下が、あるいはクロサイト様が、ルチル姫をどこかにやってしまったとでも言いたいの?


 殿下も同様の解釈をしたらしく、

「親父殿は、俺がルチルを拐かしたと思っているのか」

と、別に怒った風もなく、ストレートに尋ねた。

「いや、思ってないよ。……私は」

「では、誰がそう思っている」

「誰が、っていうか……。ほら、カイヤさ。前に言ったでしょ? 『4度目はない』って。みんなの見てる前で」

 そう言って、意味ありげに自分の高い鼻をなでて見せる。


 ――4度目はない。


 それは確か、ルチル姫の妹いじめを止めようともしない王様に対して、カイヤ殿下が口にしたセリフ。

 今度クリア姫に手を出したら、娘の安全は保証しない。重鎮の集まる会議室でそう言い放ち、王様の顔を蹴り飛ばしたという。


 殿下は記憶を辿るように宙を見上げて、

「そういえば……言ったな」

 ついさっきまで、完全に忘れていたかのようにつぶやく。

「でしょ? あれ、みんな聞いてたからさ。何か関係あるんじゃないか、って疑う奴も居て」

 なるほど、とうなずくカイヤ殿下。「先日の一件の報復として、俺がルチルをどこかに埋めたと思われているのか」

 そんな落ち着き払ってていいんだろうか。要はあらぬ疑いをかけられてるってことでしょ?


「もちろん、カイヤがそんなことするわけないのはパパわかってるし、疑う奴らにもちゃんとそう言っておいたけど」

 微妙に恩着せがましい王様のセリフに、カイヤ殿下は嫌な顔もせず、逆に感謝する素振りもなく。

 ただ、「そうだろうな」と真顔でつぶやいた。

「報復というなら、俺はまず親父殿を埋めるぞ。ルチルはその後だ」

「あっはっは。カイヤってば、冗談ばっかり」

 わざとらしく笑って見せる王様だけど、殿下は真顔のままだ。

 王様はこほん、と咳払いして、

「……で、さ。うちのルチルちゃん探すの、手伝ってくれないかな」

「…………」

「とりあえず協力してくれれば、色々言ってる奴らもおとなしくなると思うから……」

「…………」

 殿下は無言のまま、何かを考える時の顔になった。


 あらぬ疑いを晴らすため、ひとまず協力しろってこと?

 それなら、まあ……。断らない方がいい、のかな? 正直、あのルチル姫のために殿下が協力する義理はない気がするけど……。

「おーい、カイヤ? 聞いてる?」

 王様は答えを待ちきれなくなったらしく、殿下の顔の前でひらひら手を振った。

「聞いている。……だが、腑に落ちないな」

 その手を払いのけ、殿下はまっすぐに王様の目を見すえた。

「今の親父殿の話だと、『俺自身の疑いを晴らすため』、ルチルの捜索に協力しろ、とそう言っているように聞こえる」

「……えっと、実際そうだけど……?」

 戸惑い顔の王様に、「やけに親切だな」と殿下は言った。さらに、「目的は何だ?」と続ける。

「いやあの、目的って?」

「とぼけるな。何の得も見返りもなく、ただ俺の疑いを晴らすためだけに、親父殿がこんな場所までわざわざ来るものか」

 王様は軽くパンチでもくらったみたいに目を瞬いた。

「ちょ、カイヤ。パパ、傷ついたんだけど……」

「そうか。だが、事実だろう」

「…………」

 今度は王様の方が無言になった。

 再び話し出すまで、殿下が待つことはなかった。「別に、親父殿の目的が何であろうと構わんが――先程も言った通り、こちらも取り込んでいる」

 協力は断る、ときっぱり。


「それでよろしいのか」

 口をひらいたのは、王様についてきた2人の騎士のうち、若くて体格のいい方だった。

 自分にかけられた疑いを晴らさなくていいのか、って意味で聞いたんだろうけど、殿下は「別に構わない」とあっさり。

「こちらには後ろ暗いことなど何ひとつないからな」

 絶句する騎士に構わず、カイヤ殿下は背後の近衛副隊長を振り向いた。

「行くぞ、クロサイト」

「は」

「ちょ、待った」

 立ち去ろうとする殿下の外套を、王様の手がはっしとつかむ。

「そう言わないで、お願い。今回はちょーっとヤバそうなんだって」

 迷惑そうに振り向く殿下の顔を両手で拝み、「だからおまえの力が必要なんだ」と言いつのる。


「ルチルちゃん、今までにも夜遊びとか珍しくなかったし、一晩中、帰って来なかった時もあるんだけどさ……」

 おい。だったら、放っておいてもそのうち帰ってくるんじゃ。

「ルチルが夜遊び……?」

 殿下は別のことに引っかかったみたいだ。「まさかとは思うが。……教えたのか。ルチルに、城を出るための抜け道の場所を」

 あ、そうか。

 よく考えたら、お城に住んでるお姫様が、街娘みたいに夜遊びなんてできるはずがない。夜は城門だって閉じてしまうんだから、外に出られない。


 国王陛下は悪びれもせず、「やー、せがまれちゃって、つい」

「…………」

「あ、でも、全部じゃないよ? とりあえず、さかり場の近くに通じてる道だけ」

「…………」

 殿下はあきれて声も出ないって感じで目を閉じている。

 全く、同感だ。

 13歳の子供にせがまれるまま、お城の秘密を教え、夜遊びも放置って。保護者の責任とか、どこ行った。


「親父殿の常識について、今更どうこう言う気はないが……。つまり、ルチルが姿を消すのは珍しいことではないのだろう? なぜ今回に限って、俺の所にまで話を持ってきた」

「んー、うまく説明できないんだけど、強いて言うなら父親の勘?」

「…………」

「あ、馬鹿にしたね? パパの直感はけっこう当たるんだよ? 今までだって、そのおかげで何度もヤバイところを生き延びてきたんだから」

「親父殿の危機回避能力が高いことは知っている」

 殿下はことさら冷ややかに言った。「その勘が、ルチルが危険な目にあっている、とでも告げたのか」

 うんそう、と国王陛下は軽くうなずいて。

「だからさ、カイヤ。協力してよ。ルチルちゃんを助けるためには、おまえの力が必要なんだって」

「だから、なぜだ」

 いささかうんざりした様子の殿下に、そんな顔しないでってば、と王様。

「もしも、ルチルちゃんが誰かにさらわれていて、もしも、その誰かがおまえの知り合いだったら、穏便に説得してほしいんだってば」

 父王の言葉に、殿下はしばし沈黙した。


 ルチル姫をさらったのが、殿下の知り合いだったら、って。

 露骨に疑ってるじゃないか。さっき、殿下のこと信じてる、みたいに言ったのは何だったんだ。

「心当たりはない、と先程答えたはずだが」

 さすがにちょっと不機嫌そうに答える殿下に、王様は涼しい顔で、

「おまえやクロサイトはそうかもしれないけど、おまえの部下とかお友達にはいろんな奴が居るでしょ」

「つまり親父殿は、俺の部下が独断でルチルを拐かしたと」

「その可能性もある、って話ね。断定はしてないよ」

「どちらにせよ、不愉快だ」

「うん、わかる。悪いとも思う。今度絶対、埋め合わせはするよ。ただ、今回だけは協力してくれないかな」

 お願い、と両手を合わせて頼む国王陛下。


 殿下は、すぐには答えなかった。宙を見上げて考え込んでいる、その顔はいつも通りだけど。

 本当は怒っていたんだろうか。

 怒り、ならまだいいな。クリア姫の方は、明らかに傷ついた顔をしている。


 そりゃね。実の父親が、実の兄を疑うようなこと言ったら、傷つくに決まってる。しかもその疑いの中身は、自分をいじめた異母姉を仕返しに誘拐した、という最悪な話だ。

 さらに付け加えるなら、王様はそのいじめについて、知っていながら放置していた。

 今更助けるのに協力しろなんて、どの口が言うんだろ。あまりに勝手すぎる。

 私は右のこぶしをぎゅっと握りしめた。ああ、あのくそ親父の涼しい顔に、このげんこつを叩き込んでやりたい。


「……見返りはなんだ」

 やがて、殿下は言った。「ルチル探しに協力する見返りは」

 え。それって、王様の頼みを聞くってこと?

「んー、そうだなあ。おまえの言うこと、何でもひとつだけ聞いてあげる、っていうのは?」

 その答えに、殿下が口をひらきかける。

「あ、でも。ハウルに王位を譲るっていうのはナシだよ?」

 チッと舌打ちする殿下。……ひょっとして今、それを言いかけてた?

「命と王位と、嫁と娘以外でよろしく」

「……わかった」

 ついに、殿下はそう言った。「条件については考えておく」

「本当? ありが――」

 王様の言葉を遮り、「ただ、問題は」と殿下は続けた。「問題なのは、親父殿の『絶対』と『今回だけ』が、全くアテにならないということだ」

「えーと、念書でも書こうか?」

「そうしろ。今すぐ城に行って一筆書いてこい。こちらはその間に用件をすませることにする」

 用件というのは言わずもがな、パイラのことだろう。王様はそれについては興味もないのか、「了解」とうなずいただけだった。


 どうやら、話はついたらしい。

 結果は腑に落ちないが――かなり腑に落ちないが――緊張感をはらんだ親子の対話は、ひとまず終わった。

 王様の背後で、騎士2人が露骨に気の抜けた顔をしている。カイヤ殿下も、さすがにちょっと疲れたみたい。

 そんな中、1人元気だったのが王様である。

「ありがと、カイヤ。優しい息子を持って、パパ幸せだなあ」

「礼などいらん。それより、早く行け」

 冷たくあしらわれても機嫌よく、「愛してるよ、坊や」と息子の顔に手をのばし、ついとあごを持ち上げ、頬に唇を寄せた。

 ……えっと、つまり。殿下の顔にキスしようとした、ってことね。


「……っ!」

 猫の子みたいに毛を逆立てて、飛び退くカイヤ殿下。だからまあ、ちょっとかすったくらいですんだけど。

「この……っ!」

 黒い瞳に怒りが宿る。

 飛び退いた距離を瞬時につめると、父親のあごめがけて、見事な垂直蹴りを放つ。

 惜しい。

 間一髪、王様がよけるのが速くて、これもかすめただけ。


 誰もが唖然と見ている中で、1人冷静だったのがクロサイト様。

 殿下と王様の間にスッと割り込むと、

「斬りますか」

「…………」

 殿下は黙って考えている。うなずくか、首を振るか、迷っているみたいだった。


「ちょ、クロサイト? カイヤも。冷静になろ? 別に、ちょっとした親子のスキンシップでしょ?」

 冷や汗をかきながら、2人を交互になだめる王様。

 そんな父親を見て、殿下はゆっくりと両の目を閉じ、気を落ち着けるためか、ひとつ大きく息を吐いて。

「今すぐ、ここから消えろ」

「うん、わかった! それじゃ、ルチルちゃんの件、よろしくう!」

 したっと手を上げて、駆け足で逃げていく王様。

 騎士2人が慌ててついていく。

 3人分の足音が遠ざかり、程なく消える。後には、何とも言えない沈黙だけが残された。

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