表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
72/410

71 失踪1

 今日の夕方のことだったそうだ。

 パイラのもとに、婚約者からの手紙が届いたのは。

 手紙の中身は、逢引の誘いだった。

 パイラの婚約者は、お城勤めの官僚である。つまり2人の職場はすぐ近くなのだが、クリア姫の庭園は、誰でも気軽に立ち入れる場所ではない。

 だからデートの時には、いつもパイラの方から婚約者に会いに行っていたそうだ。


「あんた、気づいてなかったのかい?」

 ダンビュラが意外そうに私を見る。「パイラの奴が、たまに男と会いに出かけてたこと」

 ぜんっぜん気づいてませんでしたよ、はい。

 ああ、でも――。2、3日前だっけ、「ちょっと出てくるから、お願い」って頼まれたことがあったな。2人で夕飯作ってる時に。

 何の用事とか、深く考えてなかったけど……。あれってデートだったんだ……。


「手紙っていうのは、誰が届けたんですか?」

 基本は立ち入り禁止の庭園なのに。

「下働きの者が持ってきたのだ」

 このお屋敷には、1日に2度、お城の下働きが物資を運んでくる。


 下働きが持ってきた――って聞くと、ルチル姫がワナを仕掛けてきた事件をどうしても思い出してしまうが、あの時、嘘の情報を伝えた下働きは異動になったとかで、このお屋敷に来ることはもうない。

 ルチル姫に脅されて従っただけで、悪意はなかったらしいんだけど。

 それでも、いやだからこそ、同じ仕事を続けさせるわけにはいかなかった、と殿下は話していた。

 ルチル姫が、計画がうまくいかなかった八つ当たりで下働きを罰したりしないように。今はお城から離れた場所で働いているそうだ。……つくづくタチの悪いワガママ姫である。


 話をパイラに戻すと、恋人からの手紙を受け取った彼女は、「1時間くらいで帰りますから」と言い置いて、いそいそとお屋敷を出て行った。

「夕食の支度はできてますから、遅くなるようなら先に食べててくださいね」とも言っていたそうだ。

 それから既に2時間以上が経過している、とのこと。


「別に騒ぐほどのことじゃねえだろ」

 ダンビュラは全く心配そうではない。「たまにしか男と会えないんで、ちょいと盛り上がっちまっただけじゃねえの? 今頃はきっと――」

と、おそらくは品のないセリフを続けようとしたので、虎じまのしっぽを踏んで黙らせてやった。

「いてえな、何すんだよ」

 ダンビュラは大して痛そうな顔もせず、抗議する。


「パイラの婚約者に確かめればいい」

 カイヤ殿下はいつもの即断即決で、「会ってくる」と言った。

「デート中だったらどうすんだよ?」

「その時は、無粋な真似をしてすまなかった、と詫びればいいだけのことだ」

「兄様……」

 不安そうに自分を見上げる妹姫に、「屋敷で待っていろ」とカイヤ殿下。


 変だな、と私は思った。

 ここに来るまでの騒ぎ。

 明らかに何かを探している様子だったが、その対象がパイラ、というのはありえない。

 彼女は曲者でも重要人物でもない、ただのメイドだし。

 そもそもクリア姫はこの件に関して、兄殿下以外の誰かに助けを求める暇などなかったはずだ。


 私は背後を振り向いた。

 ここから見えるのは、静かで暗い夜の庭園だけ。来る途中に見かけた、無数の明かりを目にすることはできない。

「あれ?」

 私は気づいた。暗い庭園の中を、こっちに近づいてくる光がひとつ、ふたつ。

 もしかして、パイラが帰ってきた?


「おい、誰か来るぞ」

 ダンビュラも気がついたようだ。その声に、カイヤ殿下とクロサイト様も振り返る。

「パイラだろうか!?」

 クリア姫の声が弾んだ。

「いえ、違いますね」

 冷たいほど静かな声で、断言したのはクロサイト様。

「騎士が2人。それに、あれは……国王陛下?」

 思わず私は、彼の横顔を凝視した。

 国王陛下が来る、というセリフに驚いたからではない。

 暗闇の中に揺れる明かりがふたつ。現状、私の目に見えるのはそれだけである。

 大きさからして、まだかなり遠いはずだ。なのに、クロサイト様にはわかるの?


「エル・ジェイド」

 カイヤ殿下が、足早に近づいてきた。「俺は城に行く。戻ってくるまで、クリアのことを頼む」

「は、はい。それはもちろんですけど」

 国王陛下は? どうするの?

「今は親父殿に用はない。面倒だが、追い返すことにする」

 いや、追い返すって、国王陛下を?


 唐突に、私は思い出した。

 カイヤ殿下がお城の偉い人たちの前で、父親の顔面に蹴りを入れたという逸話を。

「殿下、できれば穏便に」

 とっさに外套の端をつかむと、殿下は軽く眉をひそめた。

「別に争うつもりはない。今はあの男よりパイラの件が優先されるというだけの話――」

「殿下」

 クロサイト様の声が割って入る。「来ました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ