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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第三章 新米メイドの王宮事件簿
71/410

70 事件の始まり

 警官隊を出た私とクロサイト様は、急ぎ王城に向かった。

 日が沈み、辺りは暗くなりかけている。城門が閉ざされるまで、一刻の猶予もない。

 正直、もう間に合わないんじゃないか――と思ったりもしたけど、警官隊で馬を借りられたのと、クロサイト様が王都の道を熟知していたおかげで、ギリギリセーフ。

 お城に続く緩やかな坂道を登りきった時、行く手では今まさに城門が閉ざされようとしているところで。

 警備に当たっていた兵士は、若干迷惑そうな顔をしつつも、私たちを通してくれた。


 ここから先は、馬を下りて歩きだ。背後で城門が閉ざされる重たい音を聞きながら、乗ってきた馬を厩に預けに行く。

 と、閉まったばかりの門が、再び重たい音をたてて開いた。


 私たちよりさらに遅れて、城門にやってきた人が居たのだ。

「おまえたち、今帰りか」

 カイヤ殿下だった。前にも見たことのある地味な栗毛の馬に乗っている。連れはなく、1人だった。

「本日は内勤のはずでは……」

「その予定だったが、また施療院に呼び出されてな」

 腹心の部下と短い会話を交わしてから、カイヤ殿下の目がこっちを向く。「エル・ジェイド。休日は楽しめたか?」

 ええ、それはもう、と私はにこやかにうなずいた。

「イヤになるくらい充実した1日でしたよ、ええ」

「……? そうか。充実していたなら、何よりだ」

 私のひきつったほほえみに不思議そうな顔をしつつも、一応、言葉通りに受け取ってくれたらしい。


 ――バタバタと、複数の足音が厩の横を駆け抜けていく。


 振り向けば、明かりを持った兵士が数人。たった今、私たちが通り抜けてきた城門の方に向かっていく。

 警備の兵士が「またか」という顔をしつつ、1度は巻き上げかけた跳ね橋を再び下ろすハメになっている。

 その様子を見ながら、「何かあったな」とつぶやくカイヤ殿下。

「確認して参ります」

 クロサイト様が、城門の方に向かっていく。

 ややあって戻ってくると、「騎士団の者たちでした」と報告する。


 騎士団。それは一概には言えないにしろ、殿下にとっては敵が多い派閥だ。

 たった今ここを通り過ぎていった騎士たちもあまり友好的な態度ではなかったらしく、「何事だ」というクロサイト様の問いかけに対し、「お答えできません」と突っぱねたそうだ。

 ただ、それで押し通す度胸はなかったらしく、

「我々は上の命令で動いているだけですので」

 察してくれ、とばかりにそう付け加えたという。

 上、とは騎士団のトップである騎士団長のことなのか。あるいはそれよりさらに「上」を指すのか。

「急ぐぞ」

 カイヤ殿下が言った。「まずはクリアの様子を確かめる」


 私は今更のように不安になった。

 お城で、何か良くないことが起きたのだろうか?

「エル・ジェイド。行くぞ」

「あ、はい。すみません」

 殿下はあらためて私の顔を見下ろし、「少し走るが、だいじょうぶか」と聞いてきた。

「だいじょうぶです」

 外出用に歩きやすい靴を履いてきたし、それに子供の頃から、かけっこは得意だった。

 よし、とつぶやいて、すばやく身を翻すカイヤ殿下。クロサイト様も無言で後に続く。


 2人と一緒に庭園を目指しながら、私は気づいた。

 お城の中がいつもより明るい。

 王宮内は基本、夜でも明るいが――いつもは暗く沈んでいるはずの中庭や城壁の方にも、たくさんの明かりが動いている。


 ――まるで、大勢の人が山狩りでもしているみたい。


 ここは山ではないから、山狩りと呼ぶのはおかしいか。

 大勢の人が、何かを、誰かを探している。そんな風に見えた。


 久しぶりの全力疾走は、思ったよりもキツかった。

 急な階段を上り、小さな通用口を抜け、庭園の入口であるアーチをくぐった所で、私は息が上がってしまった。

 殿下やクロサイト様は、もちろんそんなことはない。

 それどころか、殿下は庭園に着くとさらに走る速度を上げ、「先に行く。エル・ジェイドを頼む」と部下に言い残し、1人で行ってしまった。


「すみません、ちょっと息が……」

 クロサイト様は黙って私を見下ろしている。

「あの、すぐに行きますから。先に行ってください」

 息が切れて、これ以上走るとか、ちょっと無理だし。クロサイト様だって、早く殿下の後を追いかけたいはずだ。

「そうですか、わかりました」

 クロサイト様は小さくうなずくと、なぜか私の方に近づいてきた。

「?」

「失礼致します」

 そして、ふわりと羽でも持ち上げるみたいに、私を抱き上げたのである。


 ――どひええええええ!??


 乙女にあるまじき悲鳴は、幸い、口からこぼれることはなく。

 救国の英雄に抱きかかえられて夜の庭園を疾走するという、まるで物語のような状況を体験することになった。


 それは刹那の出来事だった――。

 や、庭園の広さから考えたら、そんな短い時間のはずないんだけども。

 それでも、この時の私にはそう感じられたのである。

 気がつけば、視界にお屋敷が見え、カイヤ殿下の背中と、なぜか玄関の外に出ているクリア姫とダンビュラの姿が見えた。


 クロサイト様がふわりと私の体を下ろし、殿下に近づいていく。

 人1人抱えて走ってきたというのに、全く呼吸は乱れておらず、それどころか、汗ひとつかいていない。


 ――こっちは心臓バクバクだっつーのに。


「殿下」

 腹心の部下の呼びかけに、殿下は振り返らなかった。その表情は見えないが、向かい合っているクリア姫とダンビュラの顔は見える。

 ダンビュラはいつも通りふてぶてしい。

 しかしクリア姫の方は、今にも泣き出しそうな、不安いっぱいの顔をしている。

「何かありましたか」

 クロサイト様が問いを重ねる。

 カイヤ殿下は、こちらを振り向かないまま答えた。

「パイラが姿を消したらしい」と。

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